第22話 人はそう簡単に変われない
「……酷すぎでしょ、それ」
「ああ。それはもう……酷かったよ」
俺は視線を雨降る公園に固定したまま、柊の憐れむような声に溜息交じりで返した。
「多分、私がその立場に立っていたら、耐えられなかったと思う。絶対しんどいもん」
「しんどかったな……でも、だからこそ今の環境に満足している。周りからしたらボッチで可哀そうなヤツと映っているかもしれないけど、全然そんなことはない。悪意に晒されない日々は、とても快適だ」
「そっか…………でもさ、明かしたことでちょっとはスッキリしたんじゃない?」
「スッキリかどうかは正直微妙なとこだが……話して良かったとは思ってる」
「それじゃあ――」
「ああ、認めるよ。片瀬の気持ちを」
俺は立ち上がって柊を見下ろし、続きを口にする。
「認めた上で、断らせてもらう」
「ちょ、ちょっと待って! それっておかしいでしょ」
「おかしくはないだろ。お前が散々言ってた見て見ぬ振りはしてないんだから」
「そうだけど……判断が早すぎというか……」
「遅ければ良いってもんでもない。それに、この手の話は個人の自由であって、他人にとやかく言われたから仕方なくってのは間違ってる。そうだろ?」
「それは……」
「柊は、俺の気持ちも尊重してくれるんだろ? あの言葉は嘘だったのか?」
「……………………」
語った過去をチラつかせ、同情を誘う。我ながら卑怯だと思った。でもこれがもっとも効果的だとも思った。だから言った。
複雑そうな表情を浮かべ、俺を見上げる柊。彼女は今、なにを考えているのだろう。自分が述べたことを後悔しているのか、大切な友人の力になれなかったことを嘆いているのか。
どちらにせよ、この件に関して彼女はもうなにもできまい。
悪いな柊。前に進みたい気持ちも確かにあったんだが……やっぱり俺はお前のように強くはなれない。どこまでもつき纏ってくる過去を、振り払うことができない。
「それじゃ、俺はこれで」
もうこの場に残る意味もない。俺は傘を広げ、東屋を出る。
「――沙世は! ……沙世は、あんたがされたようなことを絶対にしない」
柊は、俺の予想を裏切ってきた。
俺は足を止め、振り返らずに言う。
「そうだな。少なくとも悪いヤツには見えないな。けど、腹の中はわからない。だから、信じられない。それは柊、お前にも言えることだ」
「……所詮、話を聞いただけの私には、あんたが味わった辛さを完全に理解はできないよ。けど! それを理由に沙世を拒絶するのは間違ってる! 自分勝手すぎる!」
「そもそも恋愛っつーのは勝手から始まるもんだろ。好きになるのも勝手、嫌いになるのも勝手、勝手と勝手が偶然合致して恋人っていう形になる。その考えに則れば、俺も一つの勝手な選択をしたってことで、なにも間違っちゃいない」
「屁理屈はやめて、こっちは真剣に話してるの」
「――ならこっちも言わせてもらうが」
俺は肩越しに振り返り、いつの間にかベンチから立っていた柊に対して突き放すように言葉をぶつける。
「お前の贖罪に俺を巻き込むんじゃねえよ。そういうの、すごい迷惑だから」
「……………………」
見る見るうちに死んでいく柊の表情に胸が抉られる。それでも俺は彼女を睨み続けた。
「……贖うのもお前の勝手だが、やるなら違う形でやってくれ」
俺はそれだけ言い残し、柊を置いて公園を後にした。
これでいい、これでいいんだ。
そう自分に言い聞かせて歩む帰り道は、どこか虚しかった。