第20話 理由のない好きは好きの内に入らない?
「……どうしてそう、悪い方に考えるのよ」
すべてを聞き終えた柊の第一声は、俺が想像していたよりも落ち着いていた。もっとこう、『どうしてそう悪い方へと考えるんだよこのアホッ! バカッ! ボッチ!』ってな勢いで罵ってくるもんだとばかり思っていたが。
いや、ある意味罵られるより悪いかもしれない。怒りを通り越して呆れる、今の柊がまさにそれだ。
幻滅されたに違いない。それでも俺は保身を口にしてしまう。
「片瀬が俺を好きになる理由がない。今でこそ細い繋がりはあるが、ラブレターをもらった時は会話したことすらなかったんだ。好きになる瞬間なんてなかったはず、だから……」
「――信じられない?」
「……ああ」
最後の言葉を彼女が口にし、俺は頷いた。
「花厳の言う理由って、なに? ドラマとか小説みたいな感じ?」
「いや、そんな大層なもんじゃねーけど」
「じゃあ私みたいに理由と呼べる理由がなかった恋は、花厳からしてみれば恋でもなんでもない……そう言いたいの?」
「そ、それは……」
「――好きになるのに、理由がないとダメなの?」
「……………………」
なにも言えなかった。言えるはずがなかった。なにせ俺自身が理由のない恋を経験しているから。
とどのつまり、片瀬を信じられないのは自分が傷つきたくないからだ。
慣れとは怖いもので、いつの間にか自分の身を守るのが最優先になっていた。
自分の身は自分で守る。自己保身は悪いことじゃない。誰だって可愛い我が身を傷つけられるのは嫌なのだから。けれど、常に保身に走っているのは……多分、良くない。
それがわかっていながらも、俺は自分を守るための言葉を発してしまう。
つくづく嫌になる……弱い自分が。
いつからだろうか。自己保身が自己嫌悪を生みだすようになったのは。
自分を守っているようでその実、自分で自分を傷つけている。
俺は一体なにがしたいんだろうか。
「花厳は、私の恋を否定するんだね」
「そうじゃない」
「そうじゃない? 私にはそうとしか聞こえなかったけど?」
「……片瀬が、俺なんかを好きになるわけがないだろ」
「そうやって、卑下して相手の気持ちを否定するのやめて。沙世に――好きになった側に失礼だから」
彼女の揺るぎない瞳が、俺を苛んでいるようで、居心地がますます悪くなる。
俺からの返答がないと判断したか、柊は真剣な表情を維持したまま訊いてくる。
「過去の失恋が原因なんでしょ? あんたがそういう風に考えちゃうのって」
「いや、そんなこと一言も口にした覚えないんだけど」
「この期に及んで誤魔化すのはなし……聞かせてよ、その話」
あるもんだと決めてかかっている柊。しかもそれが当たっているから困る。
ないの一点張りはまず通用しないだろうし、即興で話を作っても見抜かれそうな雰囲気だ。
「……仮にだ、お前の言う過去の失恋が俺にあったとして、それを打ち明けることに意味があるのか?」
「少しでも気が楽になるでしょ? 一人で抱え込むよりかはさ」
「そういうもんなのか?」
「そういうもんよ」
柊の言が確かなら、それは素晴らしいことだろう。たったそれだけで心が軽くなるのなら、実に魅力的な提案だ。
言わないのも、はぐらかすのも、どうせダメ……なら、試してみるのもありかもしれない。
「……笑うのはなしだからな?」
「笑わないわよ」
「そうか……それじゃ――――」
俺は柊に語って聞かせる……自分を自分たらしめるものってやつを。