第18話 振られた話
「もう伝えてあるけど改めて――――私、両国君に振られちゃった」
明るい調子で言ってきた柊に、俺は「ああ」と短く返し、そっと缶を置いた。
「終わりにするって言い切っておきながら、ちょっぴり期待してたんだけどね……ダメだった」
「ああ」
「というか、顔合わせた瞬間に答えがわかっちゃってたんだけどね。あ、振られるな……って」
柊の声は波が引くように小さくなっていった。それでも笑みだけは崩さないでいる。
「そうなのか?」
「うん。両国君さ、諦めたように笑ってたんだよね。あんな表情されたらさ、嫌でもわかっちゃうよ……迷惑かけちゃうんだなって」
彼女の口にした迷惑というのは、振る側の立場になって考え、出た言葉だろう。
「強いんだな。柊は」
「え?」
「ああいや、自分が振られるとわかっていながら相手の心情を汲む……それって中々できることじゃないだろ?」
「……そんなんじゃない」
ゆるゆると首を横に振った柊は、自分の膝頭に視線を落とし、独り言のように言う。
「伝えたくなかった。気持ちを伝えないで心の奥底に仕舞っておきたかった……逃げたかった」
「ああ」
震える声。震える拳。今なお残る両国への想いが、彼女をそうさせているのかもしれない。
クラスでは平然を装っていただけ、強がっていただけ。彼女はまだ立ち直れていない。
当たり前だ。想いが強ければ強いほど、反動は大きい。
自分の中で整理できていない状態。振られたことなんて、本当は語りたくないはず
だ。
なのに柊はこうして俺と会う機会を設け、顛末を振り絞るようにして話してくれている。
俺と彼女の違いをまざまざと見せつけられているようで、どうにも胸が締めつけられる感情になる。
「でも、逃げなかった。ちゃんと伝えてきた」
「……偉いな」
「偉くはないよ」
寂しいそうに笑って言った柊。
なんて返せばいいのだろう。そう俺が悩んでいると、彼女はおもむろに空を見上げる。
「友達を利用した私には、この苦しみが必要。ううん、これじゃ足りないかもしれない。それだけのことを私はしたんだから」
「あんま、自分を責めすぎんなよ」
「いつもどうしようもないことばっか言ってんのに、今日はやけに優しいじゃん」
「ご所望とあらば捻くれますけど?」
「ふふ、なにそれ。もうその発言自体がいかにも捻くれ者って感じ……せっかくだから一つだけお願いしよっかな」
「それじゃあ遠慮なく――――この苦しみが必要とか仰ってたけど、初っ端ちょっぴり期待してたとも言ってましたよね? この矛盾、どう説明してくれるんですかねぇ?」
「……ははは、ほんとだ、矛盾しちゃってる」
俺からの皮肉に柊はクスクスと笑う。
彼女につられ、俺も口元を緩める。
「やっぱいいもんじゃねーな。傷心相手に揚げ足を取るのは」
「そう? 私は逆かな。変に気を遣われるよりかは普段どおりがいい」
それは俺にも、そしてクラスの連中にも言っているように聞こえた。
「別に、気を遣ってるわけじゃない。純粋に心配してんだよ」
「え――」
片思いの辛さを知っているからこそ出た言葉。経験があるが故に、心が不安定になっている彼女が心配になった。
時間が止まったみたいに面食らった表情をしている柊。やがて秒針が動き出したか、まごついた様子で早口気味に返してきた。
「ちょ、やめてやめてそういうの、ほんと調子狂うから、よくないから、ダメ絶対!」
「いやマジで。辛いなら無理しなくてもいい」
「ストップ、スト――ップッ! 大丈夫、私は大丈夫だから! はい、私の話はこれで終わり! 本題に入ります!」
そうおどけたように言った柊。やせ我慢しているのは明らかだ。しかしその態度が彼女なりの答えなのもまた、確かだ。
ならもう野暮なことは言うまい。俺は口を噤んで彼女が口にした本題を待つ。
前進か停滞か、依然として葛藤する心の内。それでも僅かに残っていた逃げたいという気持ちは完全になくなった。彼女に感化されたのかもしれない。
「…………もうとっくに気付いてると思うけど、全部全部ほんとのことなの――――ドッキリなんかじゃないの」