第17話 謎は謎のままでいい
メッセージが届いてからちょうど一週間が経った。あれ以降、柊とは言葉を交わしていない。
前まではそれで良かった。だが今は違う。やはり、どうしても気になってしまう。
『……まあでも、今はいい。この話の続きをする機会はすぐに訪れるだろうし、その時はきっと、もっとあんたの気持ちに寄り添える私になってると思うから、今はいい』
モヤモヤする。話の続きをしたい自分と、したくない自分。前進を望む自分と、停滞を望む自分。相容れない二つが互いにぶつかり合い、その余波で心が陰る……そんな悶々《もんもん》とした日々。
一方柊は、思いのほか元気だった。クラスの連中と仲良しよろしくやっているし、なんなら両国とも喋っていた。
ただ、空気というか、クラス全体が柊を気遣っているように感じられる。
柊のことだ、『両国君に振られちゃった!』なんて笑いながら親しい友人に打ち明けたのだろう。
もしくは柊の様子から悟ったか。それも可能性としてはある。彼女は良くも悪くもわかりやすいから。
強がっているのか、純粋に強いのか、どちらにせよ柊は凄い。拗ねるばかりの俺とは比べものにならないくらいに。
彼女のような人はきっと、失恋をも青春として昇華してみせるだろう。いつまでも引きずらず、経験として次に活かすだろう。
……そんな風に俺もなれるのだろうか?
授業そっちのけで考える。
そんなサボり野郎の俺を注意するかのように、ポケットに入ったスマホが短く振動した。
……………………。
先生の目を盗んで俺は確認する。
『今日の放課後、時間ある?』
柊からのメッセージ。こっちからだと真面目に授業を受けてるように見えるのだが、彼女も中々のサボラーのようだ。
……彼女のようになれるか、なれないかでいったら……なれる自信はない。
でも、ここで逃げるのは、ちょっと違う気がする。
『ある』俺はそれだけ打ち込んで送信した。
***
帰り道にある公園。そこが待ち合わせ場所だ。
雨降る公園に人の姿はなく、この場所だけ世界から忘れ去られている、そんな錯覚に陥る。
「予報だとこの時間はとっくに止んでるはずだったのになぁ……まるで止む気配だないぞこれ」
ボソッと零しながら俺は雨露をしのげる東屋へと足を進める。
まあ、景色は素晴らしく良いんですけどね。この感じ、大好きです。
ベンチに腰を下ろし、ボーっと眺める。柊はまだきていない。俺の方が教室を出たのが早かったから当然ちゃあ当然なのだが。
「定年を迎えたおじいちゃんみたいね」
しばらくして柊がやってきた。開いた傘からニタニタした顔を覗かせ、こちらに近づいてくる。普通にお待たせが言えないのかしら? このお嬢さんは。
「ほれ」
人一人分のスペースをあけて隣に座った柊に、俺は予め買っておいたカフェオレを差し出した。
が、柊は訝しげな表情をするだけで受け取ろうとしない。
「……なにこれ?」
「ご愁傷様」
「いや死んでないしッ⁉ 勝手に人死なせないでよッ!」
「同じようなもんだろ……ほれ、人の善意に遠慮は失礼だぞ?」
手をクイと動かしてカフェオレを主張する。それでも柊は手を伸ばそうとしない。
「……ひょっとして、あわよくばみたいな下衆なこと考えてる? 傷心を狙う的な」
「馬鹿かお前」
俺が真顔で返すと、柊は奪い取るようにしてカフェオレを手に取った。
「ギャグで言ったの! ギャ、グ、でッ!」
プルタブを引き、嫌なことがあった日の夜のOLみたいにカフェオレを呷る柊。
なかなか様になってんな。そんな感想を抱きながら、俺もチビチビとコーヒーを飲む。
うるさいヤツは嫌いなんだけどなぁ…………どうしてこうも居心地が良いのだろうか。
謎である。だが、今は謎のままでいいと思う。なにしろ思考を割く余裕がないもんで。
「もう伝えてあるけど改めて――――私、両国君に振られちゃった」
明るい調子で言ってきた柊に、俺は「ああ」と短く返し、そっと缶を置いた。