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第12話 心地よい梅雨、悪しき夏

 梅雨入りが発表されてからまだ間もない今日、外ではしとしとと雨が降っている。


 普段はうるさい朝の教室も、心なしかまったりとしていて、イヤホンいらず。


 毎朝ずっとこうならいいのに……。


 しかし現実は非常に無情。俺が抱く淡い願望なんざ、梅雨明けと共にやってくる〝夏〟によって粉々に砕かれてしまうだろう。


 夏、それは悪しき季節。梅雨で溜まった鬱憤うっぷんを晴らすかの如く学校全体が騒々しくなる時期。夏休みを前に心が浮つく気持ちもわからんくはないが、それにしたって限度があるだろ、ってくらいやかましくなる。網戸に張り付いたせみの方がまだ可愛げがあるというもの。


 学校だけじゃない、夏がもたらす災いは他にもある。


 なんでも夏ってのは人を攻撃的にするらしく、犯罪が多くなる季節でもあるらしい。


 たとえば性犯罪、夏はなにかと肌を露出する機会が多くなりがちで、故に増える。


 たとえば住居侵入罪、夏はなにかと窓を開けがちで、故に入られる。


 少年犯罪だって増えるだろう。長期連休の解放感によって気が緩み、非行に走る……夏休み、ひいては夏の被害者と言っても過言じゃない。


 これらを根拠づけるデータは残念ながら持ち合わせていないが、あながち間違ってはいないだろう。夏の魔力とでも呼べばいいだろうか……とにかく碌なもんじゃない。


 あと単純に暑いから嫌い。


 比べて梅雨は良い。世間的には嫌われがちなこの陰鬱さも最高だ…………あれ、もしかして俺、病んでんのかな?


「――あ、お、おはよ! 両国君ッ!」


 心の病をわずらっているのでは? と一人心配になる俺の耳に、アンニュイもクソもない声が入ってきた。


 声の主は柊だ。今しがた教室に入ってきた両国の方へ体の前面を向けている。


「おはよう、柊。今日も元気だね」


「元気だよ! 元気なことしか取り柄がないけど……あは、あはは……」


「そんなことないよ。他にもたくさん良いとこがある」


「……………………」


 柊がなんて返したかは聞き取れなかったが、クネクネと身をよじらせているところからして照れているのは確かだろう。


 そんな柊との何気ない会話を、両国は笑顔で終わらせ、自席へと向かう。


 対する柊はといえば、絶賛取り巻きの連中にはやし立てられ中のよう。


 本人は否定してるようだけど、これもうクラスのほとんどのヤツが察しちゃってるよね。てか全員まであるよね、これ。


 片瀬達と出かけた日から一週間とちょっと。興味本位というか暇つぶしがてら観察していたのだが……まあ、わかりやすいことわかりやすいこと。『両国君好き好き!』があらゆる場面で見て取れた。


 それでも尚認めようとしない柊の往生際の悪さは一級品。そしてそんな彼女と親しい間柄なのにも関わらずピンときていなかった片瀬の鈍感力も一級品。


 片瀬に関しては別のクラスだから仕方ないっちゃ仕方ないけども。


 結論、柊はどうしようもなく両国のことが好きらしい。


 だからこそ俺は声を大にして言いたい――――俺と片瀬を仲良くさせようとしてる暇があるなら自分の恋にもっと集中しろよ、と。


     ***


「――花厳君、ちょっといいかな?」


 昼休み。どこでボッチ飯をたしなもうかと悩んでいる俺の前に一人の男がやってきた……両国である。


 おいおいビックリさせんなよ。こっち向いて声かけてきたからてっきり俺に用があんのかと思っちゃったじゃねーかよ、ったく紛らわしい……〝花厳君〟ね、〝花厳君〟に用があるのね、じゃあ俺はいいね、ハイさいなら~。

 危うく反応しちゃうとこだったぜと安堵しつつ、俺は弁当箱片手に席を立った。


 …………あれ? 〝花厳〟って俺じゃね?


 数歩進んだとこで俺は足を止めた。


 両国に話しかけられるわけないと脳内変換してしまったが、このクラスで〝花厳〟は俺しかいなかった。ということはつまり、両国は俺に用があると。


 ゆっくり振り返るとニコニコしている両国と目が合った。


 念のために俺は自分を指差す。コクリと頷く両国。


「あ、えっと……なんの用?」


「うん、少しいいかな?」


 いやちょっと言い方変わっただけ! なにするか言ってお願いだから!


 これがサシだったら問答無用で断っていた。がしかし、クラスの視線が集中している今、それはできない。


『なにアイツ感じわる』


『調子乗ってんじゃねーよ』


 とかなんとか言われ、顰蹙ひんしゅくを買ってしまう恐れがあるから。


 こびを売るってわけじゃないが……平和な学校生活を送るためには従う他ない。


「お、おう」


 俺が応えると両国は「ありがとう」とだけ返し、教室を出て行こうとする。ついてこいってことだろう。


 俺は自分に寄せられる視線から逃げるべく、両国の後を早足で追いかけた。


 教室を出る際、慌ただしく立ち上がった〝柊〟を視界に捉えたが、だからといって

俺は歩調を緩めはしなかった。

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