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3-07 ドヤ街からの異世界進出 ~手配師から侯爵兼副社長へ~

 異世界との交易は、今や日本の最重要産業だ。長く低迷していた経済は、劇的に回復した。

 公式な交流開始は五年前だが、それに先立つ事四半世紀。既に広域暴力団〝伊勢會〟が彼の地に進出していた事は誰もが知っている。

 日本に漂着した異世界の難民を雇用してのキャバクラ運営に始まり、魔法技術と地球のハイテクを融合した機器の密造。魔王軍との激戦が続く異世界への、傭兵派遣や軍需品の密輸出。さらには戦勝後の復興。

 ようやく日本政府が異世界の存在を把握した時、既に伊勢會は現地社会の絶大な信頼を得て多くの行政権限を握り、利権を確立していた。

 伊勢會は現在、刑事免責を受けて合法的な財閥へと変革し、莫大な利益を日本へもたらし続けている。だが、その過程を公に語る事はこれまでタブーとされていた。

 本作は、裏社会からの異世界進出に際し、当初から参画している組織幹部による、初の回想録である。

 時はバブル末期。

 当時の俺は〝手配師〟を生業にしていた。日雇い労務者が多く住む区域、いわゆる〝ドヤ街〟で人を集め、工事現場等の肉体労働に派遣する商売だ。法律で禁じられてはいた物の、いわば〝必要悪〟として、取り締まりは緩かった。

 胸を張れる様な商売じゃない。それでも、行き場がない連中に飯の種を世話しているという自負はあった。

 当時は時給の高い真っ当なバイトが幾らでもあり、〝きつい・汚い・危険〟の三K労働にはなかなか人が集まらない。

 その点、ドヤ街の住人は、訳ありでまともな職につけない奴が多い。借金で夜逃げした奴、家出した奴、刑務所帰り、不法滞在の外国人等々。日陰者に転落する理由なんていくらでもある。

 かく言う俺もその一人だ。防大を出て陸自に任官、エリート街道を進んでいた処が、嫁を寝取った同僚を半殺しにしてタマを潰してやったが為に、すっかり台無しに。

 示談が成立して不起訴になった物の、嫁はやり直しを拒んで自殺し、俺も除隊を余儀なくされた。元部下のヤクザの口利きで、どうにか手配師稼業に落ち着いたという訳だ。

 手配師は結構な稼ぎになる商売だが、決して楽ではない。何しろ必要な人数が集められなければ、自分の信用に関わるのだ。ヤクザ絡みの業界なだけに、下手を打つと指がとぶ。

 そんな因業な稼業からの転機は、唐突に訪れた。



 九月中旬、某日の正午。

 朝に集めた労務者達を送り出し、夕方に迎えに行くまで、手配師にとってはヒマな時間帯だ。ドヤ街では比較的上等な居酒屋で、俺は昼メシ代わりにジョッキを傾けていた。

 勘定を終えて店を出ようとした処で、後ろから呼び止める声がする。


「あんた、手配師かね?」


 振り向くと、作業服姿の中年男がいた。ここではありふれた服装だが、妙に真新しいのが目立つ。見かけない顔なので、ドヤ街に流れ着いたばかりだろう。

 なけなしの金で作業服を買って、何とか仕事にありつきたいという辺りか。


「今何時と思ってる? 仕事が欲しきゃ、明日の朝に来てくれよ」

「いや、私じゃなくて。まとまった人数の〝訳あり〟に、何とかヤサと飯付きの仕事をあてがってやりたいんだけど、手配を頼みたいのよ」

「おっさん、何者?」


 ツテのない手配師をいきなり捕まえて、大人数を世話してくれなんていう美味しい話を持ちかけるのは、地元の事情に明るくない余所者だろう。


「蛇頭って、聞いた事無いかね?」


 蛇頭とは、中華系の密入国斡旋業者だ。当時、不法就労の中国人が大きな社会問題となっていたのだが、その裏には彼等の手引きがあった。


「中国人か。あんたら、自分で幾らでも働き口を世話出来るって聞いてるぜ?」


 中華系の犯罪組織は独自のネットワークを持つ。不法入国者の働き口も、彼等が独自に仕切っている為、俺の様な日本側の業者が入り込む余地は乏しいと言われていた。


「面倒を見て欲しいのは、中国人じゃないのよ。イレギュラーね」


 聞くと、日本に密航者を送り届けて本国に戻る帰路、難民を乗せて漂流する木造船と遭遇したので、救助した上で急遽、日本に引き返したという。


「ボートピープルって奴か。ベトナムか、カンボジアあたりかな?」

「ちょっと違うけどね。私等、中国人にしか仕事を世話出来ないのよ。身内じゃないとね」


 当時の中国人社会は、血縁・地縁が幅を効かせる、古い慣習が根強く残っていた。身内の結束が固い一方、余所者には警戒する傾向が強い。司直の目をかすめる地下経済なら尚更だ。


「なら、難民なんて拾わずに、海へ放り出せばいいのに。サービスいいじゃないか」

「代金、もらっちゃったからね。これでも商売人だもの」

「よく金なんて持ってたな、そいつら」

「難民って、財産を金銀に替えて持ってる事多いのよ」


 難民達は、身につけていた貴金属類を蛇頭に差し出したらしい。一応は日本に送り届け、仕事や住まいをあてがってやろうとする辺りは、違法業者なりのモラルだろう。

 こちらとしては、使い物になるなら不法入国の外人でも構わない。元より、訳ありの連中を使っているのだ。


「とりあえず、直に会ってから決める。それでいいか?」

「OKよ」


 蛇頭の男に促されてハイエースに同乗し、着いた先は郊外にある廃コンテナ置き場だった。


「ここ、私等のアジトの一つ。密入国させた子を一時的に住まわせるのに使ってるよ、コンテナは偽装で、中は寝泊まり出来る様になってるね」


 蛇頭の男が廃コンテナの一つの扉を開けると、薄暗い白熱灯に照らされて、二十人程が中で雑魚寝していた。

 全員女で、身長は一五〇~一七〇センチ位と、日本人と同じ位だ。濃い褐色の肌に金髪の直毛という外観で、一目で日本人でないと解る。

 肌と髪の色のアンマッチ、そしてSFに出て来る宇宙人の様に耳先がとがっている事に違和感を感じたが、顔の造作から白人の血が入っている様にも思えた。

 服装はエスニック風の民族衣装。光沢のある青地に金糸で細かな刺繍が施され、随分と高級そうに見える。

 もちろん、女達の素性が異世界人だなんて、その時の俺は考えもしなかった。


「どう? この子等、使えそう?」

「女はなあ…… 俺はドカチン系がメインでさ」

「駄目ね?」

「まあ、水商売なら全くあてがない訳じゃないけどな。言葉が通じて客と話せないと仕事にならないんだよなあ」


 肉体労働の下働きなら、身振り手振りで最低限の事はなんとかなる。

 だが、女なら現場に送る訳に行かない。一応のツテがあるのは、無許可営業のキャバクラ辺りだ。そういう仕事は、客と楽しく会話してなんぼなので、言葉が話せなければ論外である。

 客とのコミュニケーション抜きの、いわゆる激安風俗店なら何とかなるかも知れないが、そちらはHIV絡みで官憲の手入れが厳しい。飲み屋の方がまだ、お上は甘いのだ。


「ワタシタチ、コトバワカルヨ」


 女の一人が声を挙げた。恐らく、こいつがリーダー格だろうと俺は判断した。

 

「もしかして、前にも日本にいた事があるのか?」

「チガウヨ。ユウシャサマニ、ニホンゴ、オシエテモラタネ」

「勇者様?」


 どうやら現地に日本人がいて、女達と交流があったという事らしい。それにしても〝勇者様〟とはまた豪快なあだ名だ。


「ユウシャサマ、テキカラ、ワタシタチヲニガシテ…… ニホンニイケッテ……」

「敵って、おまえ等の国は戦争でもしてたのか?」


 話を聞くと、この女達の故郷は侵略を受け、敗色濃い中、日本から来た〝勇者〟率いる部隊の活躍でどうにか持ちこたえていたという。

 だが結局はじりじりと押され、最後の拠点が陥落する時、勇者が身を挺して突破口を開き、彼女達を船で逃がしたそうだ。他にも何隻かいたというが、ちりぢりになってしまったらしい。

 勇者というのは、いわゆる傭兵の類いだろうと、その時の俺は考えた。召喚儀式で地球から呼び出された、戦闘や魔法に異常な適性を持つ特異体質者の事だと知ったのは、少し後の事だ。

 ともあれ、言葉が通じるなら話は早い。寮(といってもボロ部屋だろうが)付きの適当な店に紹介すれば、この女達も日本で衣食住が確保出来るだろう。俺は紹介料を頂き、Win-Winである。


「あんた達を助けたのが日本人って事なら、これも縁か。飲み屋のホステスでいいなら、口を利いてやるよ」

「アリガトー!」


 女達は満面の笑顔で俺に応えた。裏稼業とはいえ、仕事がスムーズに進むのは実に気分がいい。


「ところで、その〝勇者〟ってどんな奴なんだ?」

「コノヒトダヨ。トナリニイルノハ、オトウサントイッテタネ」


 差し出されたスナップ写真に写っていたのは、いかにも頭が軽そうなギャル風の若い女と、そり込みを入れた丸刈りにサングラスという強面の中年男だった。


(これは…… えらい事になったな)


 中年男はあろう事か、俺のケツ持ちをしている組の上部団体、広域暴力団〝伊勢會〟の総裁だった。〝勇者〟だという女はその一人娘で、三年前から行方不明になっている。総裁は娘を血眼になって探し続けており、杯を受けた正規の構成員では無い俺にも、回状が廻っていた。

 写真の背景は何故か鎌倉の大仏だ。失踪前に撮ったのを携帯していたのだろう。

 家業を嫌っての家出と思われていたが、よもや傭兵をしていたとはと、俺は仰天した。素人の小娘が〝勇者〟と称えられる程に短期間で成長出来たのなら、よほどの資質があったのだろうか。自衛隊時代に、こういう部下が欲しかった。

 ともかくも、晴れ晴れとした気分は一転。この話を上にあげるべきか、聞かなかった事にすべきか、俺は頭を悩ませた。

 娘の行方情報には多額の賞金がかかっている。一方、話の持って行き方次第では逆に、この女達共々にコンクリ詰めで海の底かも知れない。詐欺と思われたり、あるいは逆恨みでもされたらおしまいだ。


「その、勇者はまだ生きているのか?」

「ワカラナイ。アトカライクトイッテタケド…… デモタブン、イキテルヨ」


 リーダー格の言葉に、他の女達も頷いていた。不安を払うというより、確信に満ちている目だ。〝勇者〟を強く信頼しているのが解る。

 死亡を確認した訳ではない、つまり、生存の可能性は残っている。少なくとも情報の裏が取れるまでの間は、伊勢會からそれなりに処遇されるだろう。

 俺は腹を決め、賭けに出る事にした。回状には、行方情報提供用の電話番号が書かれていた筈だ。

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