3-04 呪われた厄災令嬢は幸運王子の【お守り】です!〜外堀陥没で溺愛ルートのできあがり〜
両親が魔女の好きな人と結ばれたからと、周囲を不幸にする呪いをかけられた侯爵令嬢エーテル。
あっという間に呪いで没落寸前の貧乏侯爵家になってしまった実家を救うため、貧困一人暮らし生活を送っていた。
そんなエーテルにある日「十八歳の誕生日に王太子の婚約者を探すため、国中の令嬢が召喚されたパーティーに招待された」と手紙が届く。
そこで出会ったのは、女神に愛され祝福を与えられた『幸運数値カンスト』の王子イングリスト。
幸運ゆえに苦労が絶えない彼にとって呪われたエーテルは“お守り”代わりになるとわかり「必ず幸せにするので、結婚してください!」と求婚されることになって——!
五女神に愛されたこの世界には、たくさんの愛の物語で溢れている。
けれど——。
「やはり! あなたなら!」
「え? あ、あの、あの?」
「エーテル嬢、お願いがあります。必ず幸せにするので、どうか自分と——結婚してください!」
「え」
魔女に呪われ、周囲の人々にまで不幸を振り撒く“厄災令嬢”の私が、女神に『幸運』の祝福を与えられた王子様に求婚される、なーんて物語は、きっと存在しないだろう。
事実は物語より奇なりなのね。
気絶する直前、私は頭の片隅でそんなことを考えていた。
すべての始まりは二日前。
あの呪われた夢から始まった。
「薬を渡せばあたしのものになるって言ったのに!」
魔女が黒い髪を振り乱しながら、赤児を抱く夫婦に怒り狂って叫ぶ。
——これは夢だ。
何度も何度も、“私”という“罪”を思い知らせるために、魔女が私に見せている。
「呪ってやる! あらゆる幸運を破壊して、寄せつけぬように! お前たちの子は生きているだけで人を不幸にする呪われた災の子だ!」
魔女はそう告げて消えていく。
夢の終わりだ。
暗い暗い、闇を抜けて光が差し込む。
「……はぁ……」
目覚めてすぐに溜息が出る。
ぼろ布を何枚も繋いだワンピースに着替えて、歯の欠けた櫛でいつ洗ったのかも思い出せない白い髪を梳かし、後ろに一つに結い上げた。
くすんだ鏡に映るオレンジの瞳。
硬いベッドでよく眠れず、朝から晩まで働いて疲れの取れていないしなびた顔……こう見えて私、エーテル・フローティアは侯爵家の令嬢だったりする。
鏡台に櫛を置いて肩かけを羽織り、昨日の夜に作った豆のスープを温め直す。
あくびが出る。寒くて最近よく眠れないからなぁ。
毛布の一枚でもあれば、もっとよく眠れるのに。
しかし私は“厄災令嬢”なので、家から送られてきた毛布は鳥のフンの大量強襲に遭い、とても使えたものではなくなった。
——『厄災令嬢』。
なぜ私がそう呼ばれるのかといえば、今日見た夢が原因だ。
私の両親は政略結婚であったが、深く愛し合っている。
結婚してすぐ母が病に罹り、父はナジェララという『峠の魔女』と取引をしてしまったのだ。
病を治す薬と引き換えに、魔女の夫となる。
そんな約束をして母のもとへ帰り、薬を飲ませて病を癒し——だというのにすぐに私を授かった。
魔女は父が提示した二年の期間を待てずに父を迎えにきて、母と私の存在を知ってしまう。
魔女は怒り狂い、生まれたばかりの私に周りにいる人間を不幸にしてしまう呪いをかけた。
侯爵家だった父の家はみるみる衰退し、没落寸前。
私は家をこれ以上傾かせたくないからと、領地の端の山の中に一軒家を建ててもらい生活することにしたのだ。
私が離れて暮らすようになってから父の仕事は軌道に乗り、新しい投資先が大当たりしたと手紙が届いた。
母が私の妹が弟をお腹に宿したとも。
家族が幸せなのなら、私も幸せだ。
その時、カランカラン——と表のベルが鳴る。
父からの仕送りだろう。
「ご苦労様です」
ドアを開けて声をかけると、十メートルほど離れた道の上に荷馬車が荷台を下ろしていく。
御者は帽子を取り、私に頭を下げるとそそくさと去っていった。
それを見送ってから、私は荷物を取りに大急ぎで坂を登る。
よし! やったわ、初めて全部の荷物を傷つけずに家の中に入れられたわ!
「まずは手紙を読もうかな」
煮立ったスープを木皿に入れて、先に手早く食べてしまう。
父からの手紙を木箱から取り出して、封蝋を開く。
母の妊娠が順調であることと、数年ぶりに豊作になりそうという報告。
よかった。離れて暮らしている甲斐があるわ。
そして、三枚目の手紙は父の文章がとても固くなった。
『秋の満月の夜にイングリスト・クレプディター第二王子の、十八歳の誕生日パーティーが行われる。
王宮よりお前宛に招待状が届いた。
必ず出席するよう、国王陛下と王妃殿下からは御璽入りの手紙もいただいている。
断るわけにはいかない』
「なん……」
私も読み終えてから手紙を床に落としてしまった。
慌てて手紙を拾い上げ、三枚目の手紙を読み返す。
何度読み返しても、内容は同じ。
「パ、パーティーって……」
呪い持ちの私は、当然のことながら社交界デビューなどしていない。
貴族学園にも通っておらず、父が王宮に事情を説明して貴族籍は持っているけれど……貴族令嬢らしい教育などほとんど受けてはいないのだ。
そんな私が、王子様の誕生日パーティーに招待されている?
それに、国王様と王妃様までお口添えを?
な、なぜ? なぜ!? 本当になぜ!?
まったく理由がわからない!
けど、逃げられないのなら行くしかない。
行きたくないけど、断れば父と母、私の首が物理的に飛ぶ。
翌日実家に帰り、その翌日に最低限の身支度だけ整えて父とともに登城した。
「フローティア侯爵家、ジルドレッド・フローティア様とエーテル・フローティア様、ご到着!」
さあ、ここからが本番。
私の名前が叫ばれた瞬間、城のダンスホールに今まで聞いたことのないざわめきが起こる。
「馬鹿な! “厄災令嬢”じゃないか!」
「冗談でしょ! 魔女に呪いを受けたというあの!?」
「ひいぃ! なぜ連れてきたのだ!」
お父様が困った顔で俯く私の手を引いて中央の奥——玉座の方へと連れていく。
そこに鎮座している金髪碧眼の美男美女ご一家。
「よく来た、フローティア侯爵。無理を言ってすまないな」
「誠でございますなぁ。いえいえ、まずはイングリスト殿下、本日はお誕生日おめでとうございます」
そう言って跪き、王家に頭を下げるお父様。
お父様に恥をかかせないように、挨拶だけはちゃんとしなければ!
「お、お誕生日おめでとうございます」
これだけ言えればいい、とお父様にも言われている。
目を閉じ、頭を下げたまま早くこの時間が終わるのを待つ。
「顔を上げてくださいませんか?」
「っ」
白い靴が近くに見えた。
甘さを含む優しい声。
恐る恐る顔を上げると、私と年の変わらなそうな青年が膝を折る。
白金髪に透明感のある青い輝き。
澄んだ川のような青い瞳。
この人がこの国の王子、イングリスト様だ。
直視できずに思わずまた俯いてしまった。
き、綺麗な人すぎない? 本当に私と同じ人間?
「イングリスト・クレプディターと申します。お会いできて光栄です、エーテル・フローティア侯爵令嬢。無理強いする形で招待してしまったこと、謝罪いたします。本当に申し訳ありませんでした」
「……!?」
顔を上げると、非常に申し訳なさそう。
そんな! ただ、私は——。
「私とてこの国の貴族に籍を置く者。王の命があれば従います。ただ、私の呪いは本物です。皆様に災いを振りまくのは本意ではございません」
「その呪いが頼りなのです」
「え?」
驚く私の手を掴み、イングリスト様は立ち上がる。
勢いのまま私も立ち上がり、本の中から出てきたような“王子様”を見上げた。
「どうですか?」
イングリスト様が聞いたのは側に控えていた魔術師だ。
魔術を使える者は、生まれつき魔力を持つ者だけだけれど歳若そうなその魔術師は、私の手を掴むイングリスト様を見上げてぱあ、と嬉しそうに頷いた。
「イングリスト様の祝福をエーテル様が阻害しております! これならばイングリスト様の祝福が周囲にもたらす影響を封じ込めることができるでしょう!」
「「おお……!」」
陛下と、お妃様。
そしてイングリスト様も瞳が輝いた。
「やはり! あなたなら!」
「え? あ、あの、あの?」
「エーテル嬢、お願いがあります。必ず幸せにするので、どうか自分と——結婚してください!」
「え」
私が入ってきた時と同じぐらいの、いえ、さっきよりも悲鳴が混じったどよめき。
けれど、その喧騒が遠くで聞こえる。
跪いた王子様。
彼に手を掴まれ、見上げられる。
なにが起きているの?
私は魔女に呪われ、周囲の人々に不幸を振り撒く“厄災令嬢”なのよ?
「この場に集まっている者たちにも説明しておきたい」
そう言って、国王陛下が立ち上がった。
「我が息子、イングリストが女神から賜った祝福は『幸運』。だがそれは、周囲の者から幸運を奪い取ってしまうものだった。一番側にいた我が妻と長子ローズレッグは幸運を吸い取られ、衰弱してしまった」
「「「!?」」」
思わず口を手で覆ってしまう。
周りの者から幸運を吸い取るって、それは祝福というより呪いじゃない!?
「このままでは、イングリストの周りの者は誰も無事で済まない。それ故に、呪われし“厄災令嬢”エーテル嬢を無理を言って招待したのだ。彼女の呪いならば、この祝福を相殺しえるのではないか、と——」
陛下が私の方を見下ろす。
そして、魔術師の方を王杖で示した。
「今、我が国最高の魔導師エルネスが[鑑定]した結果、イングリストの祝福はエーテル嬢の呪いにより効果を相殺された! よって、エーテル嬢をイングリストの婚約者に推奨したい! これは我が国の未来に関わる婚姻となるだろう! ……よいか? フローティア侯爵、エーテル嬢よ」
「「……」」
思わずお父様と顔を見合わせてしまう。
じ、実質断れないやつ。
「よいか?」って確認だもの。
「ふ、ふぅ……」
「エ、エーテルぅー!」
「エーテル嬢!?」
私が意識を保っていられたのは、ここまでだった。