3-16 さっさと死んどけクソ野郎〜探偵の口が思っていた以上に悪すぎる〜
パーティへの招待状を持った少女、シズクは呆然としていた。
「大人をからかうんじゃない」
そう追い出されたのは数分前。とある探偵事務所の前で途方に暮れていた。
「もしかして、探偵を探してたりする?」
声の方へと振り返ってみると、探偵助手を名乗る男性。差し出された名刺には「黒霧探偵事務所」の文字があった。
見たことも聞いたこともない探偵事務所の怪しい男性。普段なら警戒していただろうが、彼女は藁にも縋る思いで男性について行き……。
「よお、ビースティング」
「死にたいようだなクソナード」
扉を開けたら喧嘩勃発!
些細なことで口論開始!
仲がいいのか悪いのか、探偵のユイカと助手のソウタ。
そんなふたりとともに、3年前に兄が失踪したパーティへと向かう!
作中で出てくるような暴言はリアルで使っちゃダメだぞ!
筆者との約束だぞ!
「よお、ビースティング」
「死にたいようだなクソナード。死ぬか殺されるか、好きなのはどっちだ」
「俺ァ大事な相棒の手を汚すわけにはいかないんでな、死ぬ方を希望しようか」
「殊勝だな。私の寛大な心に免じて死に方は選ばせてやろう」
「ならでっかいパイオツに包まれて窒息死で頼む……ってハハハすまねぇ、そんな胸は無かったな」
「仕方がない。胸の代わりに代わりに縄で縛りに縛って吊るしておいてやろう、窒息死かどうかは微妙だが」
「おいおいやめてくれよ。この鳥のように自由なココロを持つ俺の身体を縄で縛るだなんて、そんな無粋なマネはやめようぜ?」
「なるほど、それもそうだ。じゃあ、飛ぼうか」
「……は?」
「お前は鳥なんだろ?」
「いや、それはただの喩」
「You are bard.」
「は? お前窓なんて開けて何を」
「You」
「Are」
「Bard.」
「OKOK俺が悪かった謝るって。……ほら、そろそろ落ち着かないと、話に全く入れていないやつがいるからよ」
「そもそも誰が最初に言い始めたのか、よく思い出しておけ」
そう言いながら、ふたりがこちらに目を向ける。
コホン、ひとつ咳払いを挟んで彼女は口を開いた。
「さて。ようこそ、黒霧探偵事務所へ。お名前は?」
探偵の口が、思ってた以上に、悪すぎる。
「なるほど、シズクちゃんというのか。いい名前だね」
「あ、りがとうございます」
部屋の中に通され、私は茶色の革製のソファに腰を掛けていた。
机を挟んで正面には女性。中学生、いや、小学生と見紛うくらいに幼い姿ではあるが、しかしその立ち居振る舞いや声色からはその見た目からは想像もつかない艶やかさが感じられる。
「私が探偵のユイカ、そこにいる陰キャが助手のソウタだ」
女性……ユイカさんがそう言うと、後ろの方から「誰が陰キャだ」というツッコミか聞こえてくる。
少しくたびれた服に身を包んだ彼は、ユイカさんとは対照的に身長が高く、大人の男性であるという印象を受ける。
「見た目からすると高校生くらいかな。そんな君がどういった要件で? ……と、しまった。客人だというのにお茶のひとつも出していなかったな。紅茶でいいかい?」
「はい、大丈……」
「もしアレだったらコーヒーもあるから、好きな方を選んでくれていいぞ」
私の声を遮るようにして言ったのはソウタさんだった。
その言葉に、ユイカさんの目つきが変わる。睨みつけるような視線を、私……ではなく、その後ろへと飛ばす。
「ああ、紅茶以外にも泥み……コーヒーもある。好きな方を選ぶといい」
今、泥水って言おうとしてなかった……?
「えっ、あっ、その、……じゃあ、紅茶を」
「そうかそうか、それはよかった」
ユイカさんはそう言うと、柔らかな笑顔をこちらに向けて、立ち上がった。
ソウタさんは少し不服そうな表情を浮かべながら、さっきまでユイカさんが座っていた隣のイスに腰掛け、足を組む。
その際、ボソッと「あんな雑草汁のなにがいいのやら」と言っていたのが、聞こえた。
選択はこれで正しかったのだろうか。そんな疑問と、少しの恐怖が湧き上がってくる。
しばらくして、カチャカチャと陶器の音と共にユイカさんがやってきた。
「さて、それでは改めて要件を聞こうか」
私の前に紅茶を差し出しながら、ユイカさんはそう聞いてくる。ふわりと、花のような香りが広がってくる。
「えっと、あの……」
言葉が口から出てこようとしたところで喉の奥へと引きこもってしまう。
「……どうしたんだい?」
ユイカさんがイスに座り、そう尋ねてくる。
さっき、別の探偵事務所に相談した際に「大人をからかうんじゃない」という言葉で一蹴されてしまったことを思い出し、少しためらってしまう。
が、言わなくては伝わらない。私は思い切って口を開いた。
「その、信じてもらえるかわからないんですが、3年前、私の兄が行方不明になりまして」
「ほう、失せ人探しかい?」
「いえ、そうではなくて。……兄が行方不明になったとき、兄はとあるパーティに行っていたんです」
そう言いながら、私はカバンから封筒を取り出す。そして、中から紙を出して広げる。
「これが、そのパーティの招待状です。……先日、私宛に来た」
「少し、見せてもらってもいいだろうか」
私は、招待状をユイカさんに渡す。ジッとそれを眺めたあと、ソウタさんにもそれを見せる。
「正直、兄が行方不明になった原因かもしれないと、気味が悪く、行きたくないと両親に伝えたんですけど」
話していると、ふとその時のことを思い出しお腹に手を当ててしまう。……まだ少しジンジンと疼く。
「その瞬間、初めて見るような表情で、狂ったように怒ってきて……」
「……待ってくれ、君の両親は君のお兄さんが行方不明になったことを気にしていないのかい?」
ユイカさんが、そう聞いてくる。
「気にしていないどころか、もしかしたら行方不明届も出していないかもしれません。そのことについて私が聞くと、いつも生返事で、ハッキリしてくれないんです」
「ふむ、なるほど。……話の腰を折ったな。元の話を続けてくれ」
「はい。それで、お父さんもお母さんも、友達をたくさん誘って行ってきなさい、と。今度は気持ちの悪いくらいに優しい声で言ってくるんです」
ソウタさんが招待状を返してくれる。私は封筒にそれをしまい、カバンに入れる。
「もちろん行きたくはないんですが、どうせ行くしかないのなら、もしかしたら兄の行方や兄に何があったのかがわかるかもしれない、と。ただ、私ひとりでそれを調べきれるとは思わなくて……」
「なるほど。つまり、依頼はそのパーティに一緒に行けばいいということかな」
そう言いながら、ユイカさんはティーカップに口をつける。
「そうです。……というか、こんなに突飛な話、信じてくれるんですか?」
「もちろん、信じようとも。こんな面白そうな話を逃すはずないだろう!」
さっきまでの真面目な面持ちから一変、見た目相応、まるで子供のようなキラキラとした笑顔で、ユイカさんは立ち上がる。
「……へ?」
「さあとにかく支度だ、招待状には来週末とあったな。場所は県外だったはずだからとりあえず旅行の準備をしなくてはな」
「えっと、あの?」
「友達を連れて行くように言われていたのなら友達が行く分には怪しまれないだろうが大人がついていくと怪しまれるかもしれないな。どういうふうに理由付けをするかだな」
ユイカさんは、陽気に部屋の中を歩きはじめ、棚などのものを物色し始める。
「おいソウタ! お前もさっさと旅行の支度をしないか!」
「うるせえ! 正式に受けたわけじゃないし、そもそも来週末だっつってんだろまだ気が早えよ! 見た目だけじゃなく、思考もガキかってんだ!」
ソウタさんの声にユイカさんは立ち止まり、そしてゆっくりとこちらを向いた。その表情は、またも真面目なものに戻っている。
「行動は早いほうがいい。お前もわかっていることだろう、当日までにいろいろとやることがあることは。しかし、ガキ……子供というのはいい案だな」
すると、ユイカさんは喉元に指先を当てがうと「あ、あー、あー」と発声をし始める。
『よし、こんなものか』
「えっ!?」
聞こえてきたのは、まるで別人……というか幼い子供の声。思わず私は声をあげてしまう。
『これでいこう。私がソウタの妹で、ソウタがシズクちゃんの同級生……少し無理があるような気がしなくもないが』
「まあ、俺みたいなイケメンが学校にいたら話題になりまくってるだろうからな」
『ぬかせ。身長や面持ちの話をしているんだ。そもそもお前は悪評で話題になるタイプだろう、陰キャのクソナードが』
「ほほう、見た目も思考も声色もガキのビースティングがなんか言ってやがる」
ふたりがまたもお互いのことを睨み始める。
マズい。また最初のときみたいになっちゃう。
「あっ、あの!」
私がそう声を出すと、ふたりがこちらを向く。あのやり取りの直後だからちょっと怖い。
「えっと、その、依頼は受けてくださるってことで、いいんでしょうか?」
「コホン……、ああ、もちろん! 猫探しや失せ物探しとかより何百倍も楽しそうだからね! 費用についてはこのあと要相談という形になるが、それでいいかい?」
元の声に戻ったユイカさんが、そう言ってくれる。
「まあ、事態の解決は確約できないけど、やれる範囲のことをやることは約束するよ」
ソウタさんも、そう言ってくれる。
「えっと、その、それじゃあ」
私は立ち上がり、頭を深く下げる。
「よろしくお願いします!」