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3-12 耳なしウサギと硝煙と彼女の夢が覚めないうちに

 ノアはおじさんのことが大好きです。


 だっておじさんは、ツラかったあの場所からノアのことを連れ出してくれたから!

 素敵なお洋服や、美味しいお菓子も買ってくれて、ふかふかのベッドで寝られて、痛い注射も苦いお薬もなくて、いつでも広いお空を見られて、何よりおじさんが一緒に居てくれる。


 たまに一人で出掛けてしまうのは少し寂しいけど、ワガママをいうのは悪いことなので、ちゃんといい子で待つようにしています。


 それがとても幸せだから、これからもそんな毎日が続くと、ノアはとっても嬉しいです。

 淡い月明かりの差し込む宿屋の一室。

 一人窓際に座って夜空を眺める、幼い少女がいた。長い黒髪をツインテールに結び、年の頃は十歳前後と見えるその少女は眠たげで、ぬいぐるみを抱きしめながら、アイスブルーの目をこすりつつ、どうにか眠気をこらえている様子だった。


 それはもう何度目か分からない、少女の意識が落ちかけて目が閉じられたとき、部屋の扉がゆっくりと開いた。

 その気配を即座に察知した少女は、はっとして立ち上がり、すぐさま開いた扉の前まで小走りに駆けていくと、部屋に入ってきたその人物へと飛びついた。


「おじさん、お帰りなさい!!」


 そんな少女をサッと受け止めると、その男は彼女の頭を優しく撫でながら言う。


「まだ起きていたのかノア」

「うん、お星さまが綺麗だから、それを見ながらおじさんを待ってたの」

「そうか……」


 ノアと呼ばれた少女は、男にひしと抱きついて、その外套に顔をうずめると満足気に笑った。


「えへへ、おじさんの匂いがする」

「外から帰ってきて汚いから、あまりくっつくのは止めたほうがいい」

「やー、だってこの匂いが好きなんだもん」

「……仕方ない子だ」


 彼はやれやれと首を振りながら、抱きついた少女のことはそのままに、目深に被っていた帽子を脱ぐ。すると男の短く切りそろえられた灰色の髪と、鋭い切れ長の目があらわになった。見慣れぬ者であれば、やや腰が引けるような雰囲気を持つそれを、ノアは一切気にした様子もなく、ずっと男に抱きつき続けていた。


 今日のように男が一人で出かけて、夜更けに帰ってきた時には、いつも微かだが同じ匂いをまとっているのをノアは知っていた。少し何かが焦げたようなツンとした甘い匂い……彼女はその匂いが大好きで、その日は必ず眠るのを我慢して、男の帰りを待つようにしていたのだった。


『あの日おじさんが、ノアを助け出してくれた時と同じ匂い』


 彼女は心の中だけでそう思うと、より一層ぎゅっと大好きなおじさんにしがみついた。


「ほら、もう夜も遅いしちゃんと寝なさい。でないと明日、買い物には連れて行かないぞ」

「!? やだ!!」

「ならば、もう寝るんだ」


 もっと沢山おじさんに抱きついて、できればお喋りもしたいノアは、それでも眠くて仕方ないことと、脅しに悩んだ末、おずおずと顔をあげると上目遣いにこう言った。


「じゃあ、もう寝る代わりに、おじさんが抱っこしてベッドまで連れて行って?」


 ノアの控えめなおねだりに、小さくため息を付きながらも、男は彼女を軽々抱き上げた。その瞬間、嬉しそうに顔をほころばせるノアに、男は目を細めながらベッドまで連れて行くと、優しく毛布を被せたのだった。


「これでいいか」

「えへへ、うん、ありがとうおじさん大好き」


 そうやってニコニコと笑うノアの頭をまた優しく撫でると、男は静かに言った。


「くれぐれも寝坊しないようにな」

「うん、ノアね、本当に明日が楽しみで……楽しみで……」


 横になった途端一気に眠気が襲ってきたのか、ノアはもう半分眠っているような状態でふわふわと喋る。


「ほら、もう眠いのだろう。無理せずおやすみ」

「うん……おやすみなさい……」


 その言葉に小さく頷いたのを最後に、ノアはすーすーと寝息を立て始めた。

 それに安堵した男は、最後にもう一度だけ彼女の頭を優しく撫でると、自身も着替えを済ませて隣のベッドで眠りに付いたのだった。



 ▼△▼△▼△



「わぁー素敵」


 胸元に大きなリボンが付いたワンピースと、揃いのリボンが付いた帽子をかぶったノアが、嬉しそうにくるりと回った。するとスカートの裾がふんわりと広がり、その笑顔とあいまってさながら可愛らしい花が咲いたように思えた。


 ここは子供用の服を専門に取り扱ったブティックで、ノアが着ているものの他にも可愛らしい子供服が沢山並んでいた。


「おじさん、本当にこんなに可愛いお洋服を買ってもらってもいいの?」

「ああ、今日はそのために買い物に来たんだからな。それだけでは足らないだろうから、あと数着は買おう」

「えっこれの他にも!?」


 驚く少女に対し、男は淡々と答える。


「ノアはちゃんとした服をあまり持っていないからな、そのくらいは必要だろう」

「でも私、今持っている、おじさんから貰った服も好きだから、それだけでも大丈夫だよ?」

「気に入って貰えたのはよかったが、アレは間に合わせだからな。ちゃんと着替えはいくつか持っておきなさい」

「服っていくつも必要なの?」

「……ああ、そうだ」

「うん、なら分かった!」


 ノアが元気よく返事をすると、男はそっと胸を撫でおろし、他にも数点彼女に洋服を試着させて、購入することとなった。



「次はおもちゃ屋さんにでも行くか?」

「おもちゃ屋さん!?」


 ブティックを後にした二人は大通りを歩きながら会話をする。

 好感触なノアの反応に気をよくした男は、更にこう言葉を続けた。


「ほらノアがずっと持っている、そのボロボロなぬいぐるみを買い換えよう。見た目も汚いし捨てたほうがいい、ノアも新しいものが欲しいだろう?」


 男がそこまで言うと、ノアは急にうつむいて立ち止まった。ちょうど今、話題にあがったぬいぐるみをギュッと抱きしめたまま。


「ノア?」

「だめ……」


 それに気付いた男が同じく足を止めたところで、ぱっと顔を上げたノアは大きな声で言った。


「このウサギさんのぬいぐるみだけは、絶対に捨てちゃだめ!!」


 そのぬいぐるみは、ウサギならばあるはずの長い耳がちぎれてなく、とてもウサギに見えるシロモノではなかった。それでもノアはそのぬいぐるみを大事そうに、今にも泣き出しそうな顔で震えながら抱きしめて、絞り出すように言う。


「この子はね、何もなかったノアがずっと昔からたった一つだけ、無くさずにいられた大切なものなの……だから絶対に捨てるなんて……」


 そこまで言ってそれ以上は喋れなくなったノアを、男は膝をついて優しく抱きしめる。


「すまない、そんなに大事なものを捨てようなんて言って……ではおもちゃ屋さんはやめて、お菓子でも買って帰ろうか?」

「うん……」


 ノアが落ち着くまで背中をさすると、男は少女に気を使いながらゆっくりと歩き出した。そうして少し歩いたところで、またノアが小さな声でこんなことを言い出した。


「おじさん……」

「なんだ」

「ワガママを言ってしまって、ごめんなさい」

「今のは別にワガママじゃないから気にするな、何よりおじさんが悪かった」


 男の言葉にノアはふるふると首を横に振る。


「ねぇおじさん……」

「なんだ」

「ノアのこと嫌いにならない?」


 深刻そうな声音で目を合わせないまま、彼女はそう問いかけた。驚いた男はやや間を開けて答える。


「ならない、絶対にならない」

「本当に?」

「むしろノアの方こそおじさんが嫌なことを言ってしまって、嫌いになってないか心配だ」

「っ!? そんなの絶対にならないよ!!」


 男の言葉によほど驚いたのか、ノアは先程とは別の意味で必死に答えた。


「だっておじさんがノアのことを助けてくれたんだもん。ノアね、おじさんに会ってから毎日がとても楽しいの……」

「そうか……」

「だからおじさん、ずっと一緒に居てノアのことを一人にしないでね」


 少女の弱弱しい懇願に、男はそれだけは迷わず頷く。


「ああ、それだけは約束する。ノアのことは絶対に一人にはしない」

「本当!? じゃあ、ずっとずっと一緒に居てね、おじさん」


 そうして喜んで男に抱きついた少女に対し、今度は何も答えずただ優しく頭を撫でるだけだった。



 ▼△▼△▼△



「よう久しぶり、それでどうだ? お嬢ちゃんとの暮らしは」

「別にどうということもない」


 薄暗い店内でカウンター越しに、男は相手の顔も見ることもなく会話をする。


「いやいや、そんなことはないだろう。せっかく探すのを手伝ってやったんだから少しくらい教えてくれてもいいだろう?」

「……新しい服を買ってやった」

「おっいいね、実に父親っぽくて」


 相手が茶化すようにいうと、男はため息交じりに答えた。


「俺があの子の父親をやるつもりはない」

「実の娘に対して、それは流石に薄情じゃないか?」

「そもそも、あの子に自分が父親だと伝えてすらいないからな」

「は? 攫われてからずっと探してたのに何言ってるんだ」

「あの子を手元に置いてるのは、あくまで一時的に保護するためだ。時が来たら信頼できる者に預けて俺は姿を消す」

「それは……あまりにあの子が可哀想だろ」

「俺みたいな奴があの子にずっと関わる方が可哀想だ」


 会話を初めてから今まで、一度も相手と目を合わせなかった男が、元より鋭いアイスブルーの目を更に鋭く向けながら、あくまで静かに語る。


「あの子は今、夢を見ているようなものだ。長い間悪夢が続いたが、今はようやく幸せな夢を見ている……だからその幸せな夢が覚めないうちに、悪夢のタネは一つ残らず消しておかなくてはいけない、俺を含めてな」


 そこまで言うと男はカウンターに置かれてた紙を懐に入れつつ立ち上がり、相手に背を向けた。


「何より俺は一度、あの子もあの子の母親も守れなかった……だからずっと側にいる資格などない」


 最後にぽつりとそんなことを漏らしながら、立ち去る男を見送って彼はやれやれと頭を振った。


「はぁ、つくづく難儀な性格なことで」

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