ある勇者の最期
ある日のこと、俺は異世界に勇者として召喚された。
勇者として膨大な魔力と魔法適性、スキルと呼ばれる様々な不思議な能力を与えられ、そして戦いの日々が始まった。
勇者を召喚した理由は、人類を滅ぼさんと攻め立てる邪悪な魔王を倒して欲しい。そう説明された。
俺は戦った。
戦って、戦って、勇者の能力を全開にして、ひたすら戦った。
そして今、俺は追い詰められていた。
この世界の人間をはるかに超える魔力はすでに底を尽き、勇者のスキルを封じる特殊な結界によって能力も使えなくなっていた。
魔王率いる魔族の軍勢に、ではない。
「勇者……いいえ、異世界からの侵略者よ! 貴方の命運もここまでです!」
俺を召喚し、魔王と戦うように仕向けた連中によって、だ。
目の前の女は、この国の王女。俺を召喚した張本人だ。俺は拒否権もなく勇者に仕立て上げられ、魔王やその配下と戦わされた。
初めからおかしいとは思っていた。
邪悪な魔王配下の魔族に侵略を受けて困っている、と助けを求める風を装って、その実かなり強引に有無を言わせずに戦場へ放り込まれた。
しばらく戦っていれば嫌でも分かる。人類側だって単なる防衛線だけではなく、積極的な侵略戦争も行っている。魔族の非戦闘員の虐殺なんかも当然のように行っていた。
もっとも、だからと言って魔族の方が正しくて被害者だなどということはない。
魔王や魔族の連中もたいがいだ。自分たちこそが最も優れた種族であり、他の生命は全て自由にしていい。人類は生意気だから滅ぼしてしまえ。
そんな思想が上は魔王から、下は一兵卒どころか非戦闘員の民間人まで蔓延していた。
だから、魔王を倒したことに関しては何の後悔もない。
ただ、その魔王と戦っていた人類も同類なのだから救いがない。
魔王が倒れて混乱している気に乗じて、人類は魔族を皆殺しにしてしまった。
「魔王の侵略に苦しむ私達の苦難につけ込み、貴方は勇者を名乗り好き放題しました。そして必要以上に戦火を拡大し、私達を苦しめました。」
ちょっとした機会があって、この世界の歴史を調べてみたことがある。
この世界には、かつてはもっと多くの種族がいたらしい。
千年ほど前には十を超える知的な種族が存在し、種族ごとに国を作って暮らしていた。その中でも最大勢力を誇り、全ての種族の上に君臨していたのが神の末裔と自称していた天人族だと云われている。
その天人族の絶対支配から逃れるため、他の全ての種族が同盟を結成して戦いを挑んだ。
長い戦いの末、天人族は敗れ、天人族の圧政は終わりを告げた。
しかし、平和は束の間だった。
天人族の支配から解放された各種族は、次は天人族に成り代わり世界を支配しようと互いに争い始めた。
それは長く続く戦乱の時代の始まりだった。
長く激しい戦乱の中で、独自の文化と歴史を持った知的種族が一種族、また一種族と滅びて行った。
そして最後に残った魔族を滅ぼし、人類はこの世界唯一の知的種族となった。
この戦いに正義は無い。
ただただ、互いに殺し合い滅ぼし合うことだけが目的の種族間の戦争だ。
巻き込まれた俺は、いい迷惑だ。
それでも俺が従い戦っていたのは、元の世界に帰るためだった。
魔王を倒さなければ元の世界に帰さないと言われれば、従うしかなかった。
「貴方が秘かに通じていた魔族も、貴方の手下となって動いていた者も、全て滅びました。貴方を助ける者はもうどこにもいません。」
この世界で、真に俺の味方と呼べる者は存在しなかった。
敵対していた魔族は論外。人類にも魔族にも異種族と共存する考えを持つ者はいなかった。
人類側で俺にすり寄ってきた奴らも、結局は俺を利用して政敵を蹴落とし、自分の立場を強くしようとしていただけだった。
信じられるかい? 種の存亡をかけて魔族と戦っている最中に、水面下では仲間同士で足の引っ張り合いをしていたんだぜ。
それが魔族が滅びたとたんに表面化した。
せっかく魔族のと戦いが終わったというのに、今度は人間同士で戦いを始めやがったんだ。
同じ人間同士で二つの陣営に分かれ、それぞれが正義を主張し、互いに相手を非難し合った。
どちらも譲らず、全面戦争になった。
魔王を倒せば元の世界に帰してくれるという約束は忘れ去られた。
だが俺のことは忘れられてはいなかった。
様々な派閥から協力しろという要請やら命令やらが来た。
様々な派閥、だ。どちらの陣営も一枚岩ではなかった。
さすがに人間同士に戦いにまで関わる気もなかったのですべて断ったら、今度は刺客がやって来た。全部返り討ちにしたが。
俺が巻き込まれないように逃げ隠れしているうちに、片方の陣営が勝利して戦争は終わった。
目の前にいる王女は、もちろん勝利した側の陣営だ。敗北した側の主要な人物は皆殺しにされたらしい。
もしかすると、この世界の人間は戦うことを止められなくなっているのかもしれない。
何百年も続いた戦いの歴史の中で、この世界の社会も経済も産業も戦争を前提に回っている。平和な世の中は忘れ去れているかのようだ。
魔族を滅ぼし、人間同士の戦争も終わったと思ったら、また新しい敵を作り出した。
俺だ。
あの王女は、なんだかんだと理由を付けて、俺の討伐を命じた。
逮捕とか裁判とか全部すっ飛ばして討伐だ。
そんなに俺が目障りならば、さっさと元の世界に帰してくれればいいものを。もしかすると、最初からそんな方法はなかったのかもしれない。
俺の首には賞金が欠けられ、行く先々で襲われた。
これでも俺は魔王を倒した勇者だ。簡単にはやられない。
ときには賞金稼ぎを返り討ちにし、包囲を破って脱出、追っ手を振り切って逃げまわった。
だが敵は俺の能力もしっかりと把握していた。
俺一人に軍を動員して数で押し、民間人も利用して俺の行方を追跡し、全人類による包囲網を構築した。
そして今、俺は追い詰められた。もう逃げることもできない。
俺はただ、帰りたかっただけなのに。
……そう言えば、どうしてそこまでして帰りたかったんだっけ?
元の世界でも、俺はあまり幸せな人生だったとは言えなかった。
学生時代まではごく普通の暮らしをしていたと言える。
だが、内定も貰い春からは社会人になるという冬の日に悲劇は起きた。
俺の家族は全員惨殺、ただ一人生き残った俺は気絶している間に知らない場所に連れてこられていた。
組織的な犯行だった。
悪の秘密結社とか言うふざけた連中だ。
頭のいかれた連中に誘拐された俺を待っていたのは、人体実験だった。
人間を改造して、常人の何倍もの力を持つ強化兵を作ろうとしていたらしい。
幸か不幸か、実験は成功した。
連中にとっても予想以上の成功だったらしい。その力を使って俺は脱出に成功した。
しかし生還を果たした後も、待っていたのは厳しい現実だった。
俺は一家惨殺事件の重要参考人として警察の取り調べを受けた。
家族が皆殺しにされた中、ただ一人行方不明だった俺のことを、世間では犯人だと決めつけていた。
内定は当然取り消しで、学校も中退扱い。たとえ釈放されてもまともな社会生活に復帰することは難しい。
犯人扱いで厳しい取り調べを受ける中、状況が変わったのは数日後だった。
取り調べの担当が変わり、それまで世迷言扱いだった襲撃犯と俺をさらった組織について詳しく聞かれるようになった。
警察の中にも謎の犯罪組織の存在に気付き、その正体に迫ろうとしている人たちがいたのだ。
俺は彼らと協力し、俺から全てを奪った組織と戦うことを決意した。
途中、俺の身体には爆弾が仕掛けられていることが判り、組織の連中からは「爆破されたくなければ従え」と脅されたりもした。
だが俺に仕掛けられた爆弾は威力が大き過ぎて、組織の連中もおいそれとは爆発させられないことが判明。ならばと俺は突き止めたばかりの敵の本部に乗りこみ、組織を壊滅させることに成功した。
悪は滅びた。
しかし、俺は平穏な日常には戻れなかった。
敵を倒しても犠牲者は蘇らない。父も母も妹も二度と帰ってくることはない。
そして違法で非人道的な改造手術を受けた俺の体も元には戻らない。
内臓をいくつか取り去り、代わりに幾つもの機械を埋め込まれた俺の身体は、人間の身体の持つ機能の一部を失っている。
定期的な投薬とメンテナンスを行わなければ、俺の身体はゆっくりと壊れて行く。
それに薬やメンテナンスでは現状維持が精一杯で、年を取って体力が落ちれば一気に悪化する恐れがあった。
強い力の代償は寿命だったわけだ。
それから、一番の問題は俺の体に埋め込まれた爆弾だ。
摘出は不可能。体外に取り出した瞬間に爆発する仕掛けになっていた。
爆弾を爆発させるコントローラーは破壊したが、俺が死んでも爆発するらしい。俺は人間爆弾になってしまった。
そしてその威力は地球を丸ごと破壊するという、反陽子爆弾。
組織の連中も最後まで俺を爆破することはできなかった。全く何のためにこんなものを作ったのやら。
組織に捕まって強制的に働かされていた科学者が、救出された後極秘裏に俺の体内の反陽子爆弾を無効化する方法を研究しているが、目途は立っていない。
俺としてはもう一つの計画に期待していた。
俺をロケットに乗せて地球の外へ放り出そうという計画だ。バンアレン帯の外まで行けば反陽子爆弾が爆発しても地球への影響は最小限で済むらしい。
非人道的だと反対してくれる人もいたが、そういう人を守るためにも俺は宇宙に出ようと決めていた。
いずれにしても、俺の抱えた爆弾をどうにかするまでは、俺は死ぬことも許されなかった。
俺は人里離れた施設に隔離され、静かに生きていた。
そんな時だった、俺がこの世界に召喚されたのは。
ああ、思い出した。
俺は生きて帰ってロケットにならなければならなかったんだ。宇宙で死ぬために。
地上で死んで、関係ないこの世界の人々を巻き込んではいけない。
そう思って、必死になって帰ろうとしていたんだ。
目の前では王女が俺の罪を並べ立てている。
身に覚えのないものばかり、だが見当は付く。
自分たちの行った悪逆非道を全て俺に押し付けているのだ。
わざとらしい台詞で丁寧に解説しているのは、この光景を多くの一般大衆が見ているからだ。
この世界にテレビ中継は無いが、魔法を使った装置で似たようなことを行うことができた。天人族の遺産らしい。
今この光景をこの世界のほとんどの人間が見ているだろう。
これは公開裁判であり、公開処刑であり、……民衆の娯楽だった。
三文芝居だ。
民衆だってバカではない。王女や権力者たちが自分たちに都合のいいことしか言わないことをちゃんと分っている。
分かったうえで残忍な殺戮ショーを楽しんでいるのだ。
俺以前にも、先の戦争で負けた者達の公開処刑や、捕虜にした魔族を嬲り殺しにするさまを見て熱狂する様子を幾度も見かけた。
民衆はバカではないが愚かだった。自分がいつ嬲り殺される側になるかも知れないことに、目を背け続けた。
「フ、フフフフフ……」
「?」
思わず苦笑が漏れる。
王女が訝しげな眼で見るが、無視だ。
この世界に俺が守るべき人は誰一人いない。
王女や貴族だけではなく、一般の庶民に至るまで、俺を便利な道具としてしか見ていなかった。
この世界で友人と呼べる者は一人もいなかった。誰も彼もが勇者である俺を利用しようとした。
最初から俺を利用し尽くすつもりで召喚した王侯貴族や、勇者を戦略兵器扱いしていた軍の上層部だけではない。
末端の兵卒も勇者を支援するという意識はなく、危険な仕事を遠慮なく俺に押し付けた。
非戦闘員の民間人も、勇者なのだから当然と無茶な要求を上げ続けた。
だったら俺だってこの世界を利用していいよな?
「ハハハハハハハ!」
「恐怖に気がふれましたか? だとしても、貴方の罪に酌量の余地はありませんよ。」
俺は大切なことを忘れていた。
俺が本当に守りたかった人は、全て地球にいる。
もちろんあっちにだって俺の家族を殺したようないかれたやつもいたし、俺の無実が公表された後も無責任に俺のことを人殺しと言うやつもいる。
だが、そんな俺に親身になって助けてくれた人もいたし、俺をどうにか生き長らえさせようと研究を続ける人もいる。
そんな人たちを守るためには、俺は帰らない方がいい。
大気圏外で爆発しても、地球に近いと放射線が降り注いだり、通信障害や電子機器に影響が出ることもあり得るらしい。
この世界には、命をかけて守りたい人などいないのだから。
「アーッ、ハッハッハッハッ!」
「うっ……、もういいです。処刑を始めます!」
笑いが止まらない。こんなに晴れ晴れとした気分は、この世界に来てから初めてだ。
王女が気味悪がって処刑を早めたが、もうどうでもいい。
どうせ俺の体は長く持たない。
こちらの世界に来てからは必要な投薬もメンテナンスも行っていない。俺の寿命はかなり削られたはずだ。
そして勇者として戦い続けてきたことで、見た目以上に体の中はボロボロだ。勇者として与えられた能力だけでは戦いを生き延びられず、改造手術で得た力まで使って体を酷使してきた。
今から帰れたとしても、ロケットに乗って宇宙に出るまで持たないかもしれない。
そもそも、今の俺にできることはもう何もない。
反撃も逃走も完全に封じられて、殺されるのを待つだけだ。
今更俺が死ねば世界が滅びると言っても信じないだろう。というか、これまで何度も警告したが誰も聞く耳を持たなかった。
俺をこの世界に召喚し、元の世界に戻さずに殺す。全てはこの世界の人間の選択した結果だ。
俺はもう知らん!
どうせここで滅びなくても、また人間同士で戦争を始めるんだろう。その兆しは既に見えている。
滅びるのが早いか遅いかの違いしかないだろう。
笑い続ける俺に向けて、兵士達が槍を向け、剣を構え、弓に矢を番え、呪文を唱える。
せいぜい頑張れよー。
俺が死ぬ前に上手く反陽子爆弾を破壊できたら爆発しなくて済むかもしれない。
まあ反物質が漏れ出したら終わりだろうけどな。
王女の合図とともに、今、俺への攻撃が始まった。
これで、やっと……
……死ねる。
主人公が裏切られ殺されそうになった後、復讐を始める物語がありますが、裏切られた時点で相手を全員殺してしまえる力を隠し持っていら話はそこで終わっちゃうよね。
というコンセプトの下、昭和の「仮面ライダー」(ただし変身はしない)と「マーズ」(六神合体しない原作のラスト)をブレンドしてみました。
「マーズ」の代わりに「ドラえもん」を混ぜると「反陽子爆弾」が「地球破壊爆弾」に、主人公を追い詰めるのがネズミ型の種族に変わります。
いくら反物質爆弾と言っても、人体に埋め込めるほどの小型のもので地球を吹っ飛ばせるのかと言うと自信はありませんが、特に検証はしていません。




