決闘?
決闘とは、また物騒な。
「どうしてそんな事になったの?」
「自分が二人を呼びに向かいました所、二人は揉めていました……嫌な予感がするから行くなという赤毛と、自分を止めたいのなら決闘だと叫んだピンクブロンドの売り言葉に買い言葉、といった風情でした」
「穏やかじゃないわね」
「アンネローゼ様、お二人を止めなくてはっ!」
「メルセデス様、落ち着いて下さいませ。この学園内の規則に決闘に関しての条項はありましたか? 確か“私闘は禁じる”という旨はございましたよね?」
「あ……はい。私闘については、そうですね。決闘……に関しては、特に明記されていない、かと。騎士科には講義中の決闘を講義外に持ち越さないという不文律がございますが……」
「キャシー。ピンクブロンドからの手紙の宛名は、わたくしのフルネームが記されていた?」
「いいえ。“愛しいローゼさま”となっておりましたが、フルネームが明記されているモノは一通もございません」
フルネームが判らなかったから記さなかったのか、知っていても敢えて知らない振りでそうしたのか。判断出来ないわね。
「アンネローゼ様? 止めに行かないのですか?」
メルセデス様が心配そうなお顔でわたくしに問いかける。
最悪、この方にはここで待機していて貰いましょう。
「変じゃなくて? 直接、わたくしに話しかける事もできない、あの赤毛曰く“文句の一つも言えない大人しい”方が、いきなり決闘? 違和感ありません?」
彼はわたくしが王女だと知っていたのかしら。
それとも、知らずに『制服組』の貧乏貴族だと思っていたのかしら?
もし、知っていたとして。
王女を必死に呼び出した訳は? 3週間で12通は、なかなかの必死さを感じるわよね? 手紙なんて出しても側近に阻まれるとは承知の上のはず。実際キャシーは手紙の存在すらわたくしに知らせなかった。
親友である赤毛に相談するという体で彼に行動を起こさせて、わたくしに自分の存在を知らしめる事に成功する。それが今日の昼の出来事。まんまとわたくしと会う機会を作り出した、親友が止めるのを聞かない彼の真意は?
決闘とまで言い出して騒ぎを起こし、わたくしを誘い出す事が目的? 仲間と共謀しての暗殺? この特別室ではない、広い場所から狙う為?
わたくしをおびき寄せるのが目的なら、決闘は形だけの物。でもわたくしを殺めて利があるのは誰なのかしら。王位継承権をお持ちのお兄様なら判る。ヨハンでも。王女が居なくなったとて、誰の利にもならないでしょうに。
……いえ、利ではなくマイナス要因を作る為? もしわたくしが亡き者となったら、その理由が暗殺なら、両親・兄夫婦は怒り狂うわ。そして元凶を滅ぼす事も辞さない。どこかの勢力争いの火種になる為、というのはあり得そうね。
「キャサリン。リュメル家というのはどういう家? 調査済みなのでしょう? 教えて」
「リュメル男爵家は、10年前に爵位買いをした、新興貴族です。派閥的にも貴族派に属します。元は一商会です。手広く商売をし国外にも販路を広げております。王宮との取引実績はありませんが、なかなかの商売上手と評判は悪くありません」
「他国のスパイという線はある?」
「! ……申し訳ありません、そこまで精査しておりませんでした」
「リュメル様が、スパイ? ですか?」
「いいえ。判りませんわ。ただ、わたくしは最悪を想定しているだけ」
「止めには、行かないのですか?」
「最悪、始まっていませんわ。ゆっくりと行って、もう決着が付いている、もしくは既に始まっていて誰も止められない佳境に入っているなら、そこまで心配しなくてもいいかもしれません」
「決闘騒ぎは王女を誘き出す罠だと想定しているのですね?」
わたくしが王女だと知らないのなら。
ただ単に『若気の至り』で『売り言葉に買い言葉』なら、決闘は始まっているでしょうね。
でも、実力的には赤毛の方が上。
そして赤毛には決闘する積極的な理由はない。
二人の実力差がどのくらいあるのか、が勝敗の分かれ目でしょうか。
「キャサリン。“影”に伝令。委細は任せるわ。その決闘場所に怪しい侵入者が居ないか確認を。一般の学生の安全を確保して頂戴」
「―― 御意」
キャサリンが部屋を退出するのを黙って見詰めていたメルセデス様が、わたくしに向き合いました。
「アンネローゼ様、ここは学園内です。余程の事がない限り、怪しい者は侵入できませんわ」
「そうですね。ここは王立貴族学園。将来を背負って立つ若き貴族子弟が集う場所。万が一が起きてはならない場所です。だからこそ、お兄様、いえ、王太子殿下も万全の対策を練っております。保安部も常駐しておりますし、騎士団も騎士科の稽古と称して立ち寄るようにしております。
ですが。
それでも更に想定できる最悪の事態に対処しなければなりません。
わたくしは王女なのです。あなた達を守る立場の人間ですもの」
最悪、わたくしの暗殺を願う者がいると仮定して。
その者は実行後、どうする? 混乱に乗じて逃走を図る?
それ以上の混乱を求める?
逃亡の盾にする為に、有力貴族の娘など、ターゲットになってしまう可能性があるわね。他の子弟も同様。
騒動の芽など起きてはいけない。
他国の留学生にも髪の毛ひとすじも傷を負わせられない。国際問題に発展してしまう。
或いは、その『留学生』が最悪を自ら呼び寄せている場合も想定しなければ。そこまで緊迫した情勢ではないはずだし、彼の国も安定している。けれど、いつ彼の国の国内情勢が変化するか解らない。まったく、頭の痛い事だわ!
「最悪の事態など、無いに越した事はありませんわ。けれど、例え骨折り損のくたびれ儲けとなろうとも、何もしない侭、最悪に立ち向かうより余程マシですものね」
とりあえず、お茶を頂きましょう。
ちょっと温くなってしまったけど、まだ香りは落ちていない。わたくしの腕もなかなかだと自負できるわね。いちごのスプレッドがあれば一緒に頂きたいわ。
「ですから、メルセデス様はこのお部屋で待機していて下さいませ。こちらのお部屋は安全ですから」
「いいえ、ご一緒させて下さい」
あら、困るわね。
「いざとなれば、わたくしでも盾替わりになれますわ」
「それは、わたくしの想定している“最悪”の範疇ですね。お断りします」
「いいえ。王女殿下に万が一があって、わたくしがおめおめと生き延びてしまったら両親に勘当されてしまいますわ」
え? 国王派って仰っていたけど、そんなに?
「ですから、是が非でも、ご一緒させて頂きますわ!」
グイグイ来ますわね……
「そ、んなに仰るのなら……明日から制服着用して登校して下さいませね?」
絶対断るだろうと思って提案したのに。
「承知いたしました!」
いい笑顔で承知されてしまいました。
あれぇ?
ドレス登校にはそれなりの思い入れがあるのでは?
いいの?
「そうですね、いざとなったら同じ服でいる方が紛れますもの。木の葉を隠すなら森の中、ですわね。わたくし、他のお友だちにも制服着用するよう勧めますわ!」
違うわ。
わたくしの想定していたお返事ではないわ。
まぁ、制服仲間が増えるのは嬉しいけれど。
こんなお返事想定外よ。
あれぇ?




