祭りのあと
卒業式の翌日、わたくしたち1、2年生有志は卒業記念祭の後片付けの為に登園している。本来は休日なのだけど、自分たちの手で始めた事ですもの、後片づけまできちんとしなくてはね!
力自慢の騎士科学生たちが、設営時に来てくれた建築業者さんたちと和やかに解体作業に勤しんでいるのを横目に、わたくしは昨日、あの後の出来事を思い出していた。
◇
昨日はあの後、事情説明と称して近衛たち(王太子殿下に付き添って来た人たちよ)に囲まれて、無理矢理帰城させられたわ。アスラーンも一緒に。お兄様とアスラーンと共に乗る馬車が、なかなか居心地悪かったわ。
えぇとね、王族専用の、それも王太子専用の馬車は広い作りになっていてね、ドレス姿の貴婦人が3人くらい並んで座っても余裕の広さなのよ。(わたくしが日頃使う通園用の馬車は、もっとこじんまりした一人乗り専用のモノよ)
その広い馬車の中で、わたくしの隣に座りたいアスラーンと、わたくしとアスラーンを並べて座らせたくないお兄様が、まず、ひと悶着あって。妥協案として、わたくしは一人で腰かけ、お兄様とアスラーンがわたくしと向かい合わせで座ったのだけど。
わたくしの真正面に座ろうとするアスラーンと、それを邪魔したいお兄様がいて、結果男二人、肩が付きそうな程至近距離に座り、表面上は和やかに過ごす、という何とも風変りな情景にお目にかかった訳で。
馬車から降りる時、『肩寄せ合って座る様は、まるで恋人同士のようでしたわ』と告げたら、アスラーンは苦笑いだったけど、お兄様のお顔は笑顔が引き攣っていたわね。まぁ、二人とも見栄えがするからそれほど暑苦しくもなかったし。仲良くしてくれるなら、それに越したことはないしね。
王宮では、国王陛下と緊急謁見し、お兄様の口から、わたくしとアスラーンとの婚約が正式決定した旨伝え(お父様は絶望的な表情を浮かべ撤回を試みていたけど、わたくしがテュルク国からの申し出に何も返事をしていなかった理由を訊いたら、すぐに解放されたのは解せないわ)、アスラーンは客人として迎賓館に遇され。どうやらお兄様が迎賓館に泊まり込んで、二人で夜通し話し込んだのだとか。
まぁ、仲良くしてくれるなら、それに越した事はないわよね。(2回目)
今日、学園に行く前にアスラーンを誘ったら、お酒を飲み過ぎてまだ起きていないとの返事だったので、わたくし一人でさっさと登園してしまったのよね。
◇
テントが撤収された噴水広場を確認して、解体されている舞台の様子を見ていたら、通りかかる学生たちが気軽に声を掛けてくれる。みな、正式婚約おめでとうございますと言ってくれて、とても嬉しかったわ。
学生会室へ行くと、学生会メンバーがほぼ揃っていて、何やら用紙を分類? 見分? している。
何をしていたのかと問えば、卒業記念祭に対するアンケートの集計だという。学生たちはもとより、来場した卒業生の親族の方々からも取ったアンケートなんて、今後の卒業記念祭の是非を問うモノだわ。わたくし、そんな指示出してないのよね。本当に、みんな呆れるくらい優秀。そう言えば、昨日のアレもそうね。
「レオニー。『最も活躍した学生は誰だ?』なんてアンケート、本当に取ったの?」
「本当よ! 本当にアンケートしたんだから!」
「わたくし、知らなかったのだけど」
ちょっと拗ねた気分で言うと、他の子も言い出す。
「そりゃあ、アンネローゼ様の耳に入ったら止められると思ったからですよ」
「そうそう。人気投票に近いものね。ローゼ様は自分が王女だから投票されたに違いないって思うでしょう? 本当に人気なのに否定する姿が容易に想像つきましたからねぇ」
わたくし、みんなからそんなに正確に生態を把握されているの?
「隠れてこっそりは、ちょっと大変だった!」
「集計はラクだったけどな! ほぼ満場一致でローゼ様とセルジューク様だったからな!」
ほぼ?
「メルセデス様を投票した方が何人か。その内の一つの筆跡はカシムさまでしたよ!」
なるほど。
「俺もメルセデス様に投票した! だって、来年度はいらっしゃらないから!」
「そうね。わたくしも投票出来たら、メルツェ様に入れたかったわ」
わたくしがそう言ったら、みんな黙ってしまったわ。
「もう、学園では会えませんね」
しんみりとした口調でレオニーが言う。昨日まで一緒にいたのに、今日からはもう居ない。卒業って、寂しいものなのね。
「考えてみれば、不思議ですね。メルセデス様のご領地は、うちの領地とは王都を挟んで真逆の処だから絶対出会う人ではなかった。そもそも伯爵家のご令嬢と会う機会なんて、子爵家の娘の私には有り得ない。
万が一、王宮で行われる舞踏会などで擦れ違う事はあったとしても、親しくお話できるとは思えません。そんな人と、一緒に生活出来たんですものね。学園がなければ出会えなかった人と、こうして出会って知り合った……。本当に、この学園を設立して下さった王太子殿下にお礼が言いたいです」
穏やかな笑みでわたくしを見るレオニー。
レオニーの言葉に、学生会メンバーもそれぞれ思う所があるのか、しんみりとしつつ、頷いている。
そうね。学園がある意義って、それもあるのね。
お兄様の狙いもまさにソレなのね。
勿論、常識を知り、知識・教養を蓄える事も必要不可欠だけど。今までと同じ生活をしていたら出会えなかった人と出会う場。社交会とは違う『学生』という特殊身分で、同年代の者と出会う場所。やっぱり不思議な空間であることは否めないわ。
「お兄様に、しっかりと伝えておくわね」
勿論、最初に学園設立を願ったお義姉様にもね。
「レオニーナ。『ローゼ様とも』ってちゃんと伝えなきゃ、ローゼ様は分かってくれないよ?」
ん?
「そうそう! 意外と鈍いとこあるから、ちゃんと言わなきゃ伝わらないって」
なに?
「ほら! キョトンとしてるし。可愛いけど」
「ローゼさま、私たちも学園が無ければ出会えなかった者同士ですよね? 私も男爵家の娘です。王女殿下とこうして話しているなんて、良く考えれば奇跡だと思ってます」
「俺も、奇跡だって思ってる」
「うん、すっごい奇跡」
「あの、だから……出来れば、その……」
「どうした? カール?」
「お輿入れ、卒業まではしないで頂ければ、なんて、不遜にも思ってしまって……」
あぁ!
レオニー以外、みんな知らないのね。わたくしと弟との約束を。
わたくしを見詰めるみんなの瞳が、あの時のお願いモードに入ったヨハンの瞳みたいになってきたわ。
「昨日、お兄様に『ヨハンとの約束はどうなる?』って聞かれたでしょ? あれね、ヨハンとお嫁入りは学園卒業までしないって約束した事なの」
「え?」
「ということは?」
「みんなと一緒に卒業するわよ!」
「「「やったぁー!!」」」
「「良かったぁーー!」」
あと2年、一緒に研鑽を積んで、楽しみましょうね♪




