卒業記念祭、学生会の企み
「キャサリンさん、ローゼには大役があるので、絶対逃亡阻止して下さいね」
わたくしの背後に気配を消して立つキャシーにお願いをしたレオニーは、
「じゃあね! 私、出番だから! ローゼ、そこにいるのよ!」
と言って、舞台に出てしまった。拡声器を持って。
「アスラーン様も、呼ばれたらお願いしますよ! ローゼ様、頑張って下さいね!」
そう言って同じく舞台に出て行ったのは、学生会のメンバーの一人、一年専科クラスのカール・フォン・オイゲン。彼も拡声器を持っているわね。何をしに行ったのかしら?
「アスラーン、貴方何か聞いてる?」
「いや。俺はあいつらに、この時間に来いと呼び出されていただけだ」
ふいに緊張したわ。
だって、二人きりでは? ……あ、違うわ。ちゃんとキャシーがわたくしの背後にいるもの。でもこんなに近くにいるのも久しぶりだわ。
「キャシー、貴女は何か聞いてるの?」
「いいえ。自分も先程レオニーナ様から急に言われたので、戸惑っておりますが……何やら『大役』がローゼ様にあって、それはローゼ様が逃亡を図りそうな案件だ、という事ですね」
そうよね、そういう意味に受け取らざるを得ないわよね。何? 何が始まるの?
舞台上ではレオニーとカールが拡声器を観客に向けて話し始めていた。
【さぁ! 皆さーーーん! 注目! まずは、3年生の先輩方、ご卒業、おめでとうございまーーす!】
【おめでとうございまーす!】
おおー! とか、ありがとう! とか返しがあるわ。なんか、みんなノリノリなのね。
【我々、学生自治会が主催する、『第一回卒業記念祭』、いかがだったでしょうかーー? お楽しみ、頂けましたかー?】
楽しかったぞー! とか面白かったぞー! とか、あちこちから返しが。
レオニー、貴女もしかして、司会者の才能があるのではないかしら?
【卒業生親族の皆様方におかれましては、我々学生の拙い祭りなど、お目汚しだったかも、判りません。
ですが、先輩方を賑々しく、華やかに見送りたいという我々の意を汲んでのご観覧、誠にありがとうございました。ご堪能頂けましたなら、幸いです】
カールとレオニーの綺麗なお辞儀。ふたり、息ぴったりだわ。
カールもやるわね。落ち着いた声音もいいけど、台本でも読んでる? と思わせる流れるようなアナウンス……読んでないわ。それなのに凄いわね。あら、会場から降るような拍手を貰えたわ。凄いわ。
「あいつらの意外な才能発見、だな」
「まったくだわね」
アスラーンとふたり、感心するしかないわね。
【改めまして。私はレオニーナ・フォン・シャルトッテと申します。学生自治会、略して、学生会で『卒業記念祭』の企画、運営に携わり、今回の司会を務めさせて頂きます。そして――】
【はい、同じく学生会メンバーのひとり、カール・フォン・オイゲンと申します。皆さま、あと少しのお時間、よろしくお願い致します】
二人揃って、またお辞儀。会場は温かい拍手。なに? なんか凄い事が始まりそうだわ。
【それでは! 以前より、アンケートを取っていた『今年度、もっとも活躍をした学生は誰だ!』の発表に移りまーーす!】
は? そんなアンケート取っていたかしら。会場中から拍手と、おおーーーーっという歓声が返って来たわ。わたくしは知らなかったけど、周知の事実だったって事かしら。
【楽しみですねぇ、オイゲンさま】
【そうですね、シャルトッテ嬢。では、まずは、男子学生の部から発表です!】
その声に続いて、舞台背後からドラムロールがダダダダダダダダダと聞こえ出したわ。なにこれ、凄い演出だわ! 舞台演目の中では割と早い段階で演奏が終わっていたはずのドラム、いつ片付けるのかしらと思っていたけど、まだ使用機会があったからそのまま置いてあったのね。これ、なんだか待たされている感がジリジリと煽られるわね。
その長く続いたドラムがタンっ! と派手に鳴り止んだ。
【『今年度、もっとも活躍をした学生は誰だ!』男子学生部門は、
三年連続剣術試合の優勝者、アスラーン・ミハイ・セルジュークさまです!!】
まぁ!
会場中からも、おおおおーーーーーーーっと歓声が上がったわ。
【さぁ! セルジュークさま! 壇上へお上がりください!!】
【セルジュークさまは、お隣、テュルク国からの留学生です。そして専科クラスに在籍されながら、剣術試合に参加、一年時より、その才能を発揮され、去年も今年も、見事勝利の栄冠を得、連続での優勝者になりました!】
カールの落ち着いた声での解説、見事だわ。流石にこれは台本があるのでしょう?
……え? ソラで言っているの? あの子、本当に凄くないかしら。もっとも、専科クラスで学生会メンバーに入った子は皆優秀なのだけどね。
「なるほど、そういう事か」
「え?」
「じゃ、お先。待ってるから」
そう言ってアスラーンは舞台中央へ向かって行ってしまったわ。
あらぁ……女性の歓声が凄いわ。それに手を振って応えているアスラーン。余裕あるのね。
「なるほど、そういう事ですか」
そう言ったキャシーが、がっしりとわたくしの腕を掴んだわ。え? 何事?
「この流れですと、女学生の部は間違いなくアンネローゼ様が指名されます。逃亡を阻止するようレオニーナ様から任されましたので、悪しからずご了承ください」
あ。
そういう事。
レオニーはわたくしが『王女であるが故の忖度を嫌っている』という事実を知っているわ。そして今回の『今年度、もっとも活躍をした学生は誰だ!』(これ、名付けたの誰? センス無いわね)アンケートを取ったという事だけど、これって本当に全学生の意見が反映されたのか判らない。特にわたくしは身分的にも、選ばれて当然、となる。懐疑的になるわたくしを理解した、レオニーらしい予防策でのキャシーへの逃亡阻止依頼だったのね。そしてそれを察したキャシーの拘束。
なるほど。
一理あるわ。
先程レオニーは言っていたもの。『学生会からのお礼とお詫び』だって。『お詫び』はたぶん、アスラーンへ。黒い虫とか蛇とか変態変質者とか、散々こき下ろしていたものね。
お礼は……自惚れだけど、わたくしへ、かしら。一年間、一緒に居られて楽しかったもの。一緒に講義を受けて、その内容を討論したり、一緒にテーマを絞って調べものをしたり。そして学生会を発足させてからは一緒に活動して。
本当に、楽しかったのだもの。
みんなもそう思ってくれていたのなら、わたくしはそれを素直に受け取らねばいけないわね。
それに。
いい舞台だわ。
わたくしが目論んでいた『人前で婚約者候補の“候補”をとる』
それが叶うかもしれないわ! これだけの観衆の目があれば、王太子にも反故しづらい状況になる。いいえ、そうさせるわ、絶対に!
問題が一つあるとすれば。
わたくしの心理状態が耐えられるかどうか、よ。
また変な発言をしたら、どうしましょう。どうして素直に言えないのか判らないけれど、こんなツンケンした女ではダメなのは理解しているわ。逃げ出さなくなったけれど、何故か普通の返答が出来ないわたくし。王女として恥じない態度をとらなければ、と思い過ぎているのかもしれない。思い込み過ぎて空回りして、可笑しな方向に突き進んでいるのかも。アスラーンは空回りするわたくしを温かな眼差しで見守ってくれているけれど……。
【続いて! 女子学生の部の発表です!】
あら。拡声器を通したレオニーの声と共に、ドラムロールが背後からダダダダダダダダダと鳴り響く。
いつの間にか舞台上にいるアスラーンが何か箱を持っているわ。記念品って書いてある? そんな物、貰えるのね。
ねぇ、アスラーン。わたくしが『正式な婚約者になって』ってお願いしたら、貴方は喜んでくれるわよね? それを望んでくれるわよね?
先程から続いていたドラムロールがタンっ! と派手に鳴り止んだ。
レオニーの声が高らかに響き渡る。
【『今年度、もっとも活躍をした学生は誰だ!』女子学生部門は、
本年度入学し、1年生ながらも、学生自治会を設立、この卒業記念祭を発案し、学園生全員に働きかけた、アンネローゼ・フォン・ローリンゲンさまです!!】




