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卒業記念祭、当日

 

 気が付けば卒業式も終わる時刻になり。ホールの扉が開かれ、卒業生たちが一斉に飛び出してきたわ! 皆さま四角のノートを置いたような独特な形の黒い帽子を被っているわ。一房垂れている黄色のタッセルが揺れて素敵ね。

 中庭の大舞台前に勢揃いしたのは騎士科の3年生。その内の一人が舞台上に上がる。


「粛に! 自分は騎士科3年、マイラート・フォン・ゴルトベルガー! 自分は卒業後、王都騎兵隊に入隊する! 後輩諸君! 我と思わん者は自分に続け! 以上!」


 大声での宣誓と割れんばかりの拍手喝采。彼が舞台を降りると次の騎士科卒業生が登場する。舞台前には卒業生だけでなく、騎士科の1,2年生たちも集まって来たわ。


「粛に! ……自分は、同じく3年、オリヴァー・フォン・シュタールベルクである! 自分は、ファルケ辺境警備隊に配属が決定している。自分と(こころざし)を同じくする後輩諸君! 続けーーー!」


 おおーーーーっ! と騎士科1、2年生の喚声が続く。

 び、びっくりしたわ。これって『(とき)の声』っていうのではなくて? 戦場で士気を鼓舞する為に上げたり、勝利が決定的になった時に兵士たちが出す声よ。一斉に出すのがポイントよね。何と言っても迫力が増すもの。

 これは騎士科の学生たちがやりたいと言っていた『卒業出陣式』。3年生が自分の卒業後の進路を後輩たちに大声で宣言するもの。まさか、こんな掛け声の応酬があるなんて思わなかったわ。周りでそれを見ている爵位持ちの方々(多分、親御さんね)も満足そうに見ているわ。


「ローゼ、こっち」


 大勢の男子学生たちの声に驚いていたら、側にいたレオニーがわたくしの手を取って、連れてかれたのは噴水広場。こちらは噴水の周りをぐるりと取り囲んでテントが張られている。そのひとつひとつのテントの下では、出店でいろいろな物が売られていたわ。


「冬祭りでも、こんな風に出店があって、いろんなお菓子や玩具が売られたり、ゲームコーナーがあったりするのよ」


 レオニーが説明してくれる。一番手前のブースで売られているのは……え? なぁに? これ。


「ブルスト?」

「あ! アンネローゼさま! 持って行ってください! うちの領地の自慢のブルストです!」


 そう言ったのは専科2年の男子学生。


「これ、本当にブルストなの?」


 豚の腸にひき肉を詰めて燻製するブルスト……わたくしの知る形ではないわ。これ蛇のようにトグロを捲いているわ。まるで大きな手の平サイズのお皿のようよ。それを長い串で固定させて……こういう形のキャンディなら見た事あるのだけど。


「話題になるものを作ろうって、こんな形にしちゃったんです! 面白いでしょう?」


 笑顔でわたくしにひと串渡してくれる。あら、鉄板も用意したのね。これで表面を炙っているのね。美味しそうだわ。


「食べ辛いのが難点ですね。これもどうぞ」


 一緒に木のお皿も渡してくれたわ。


「代金はどう設定したの?」

「今日は卒業記念サービスデーで、無料で配っています。但し、一人一本って事で。領地のPRを兼ねているんで大奮発です!」


 なるほど。

 金銭の授受方法も今後色々変えた方がいいかも。課題ね。


「学生だけでなく、来場した親族の方々に向けてるって訳ね。式は終わったから、そろそろ来るわよ。気合入れていきましょう!」

「はい!」


 言っているそばから、ぞろぞろと爵位持ちの方々が物珍し気にやって来たわ。侍従や侍女たちに案内されて。あら。みんな笑顔で案内しているわ。良かった。


 わたくしはレオニーと一緒に場所を移動して、様々な屋台を見て回った。

 みんな、工夫して独自性を出そうと頑張っている。中には椅子や机を用意して簡易お茶会みたいなブースもあったわ。素敵。


 学生たちが研究発表の場にしているブースは、特に興味深かったわ。

 中でも生物部よ。部室で飼育しているカエル! カエルが捕食する場を初めて見たわ。舌が凄く伸びるのね! わたくしとレオニ―がじっくり見学していたら、『女子でこれをマジマジと見てくれる人がいるなんて』と感激されてしまったわ。


 レオニーは凄いのよ。『この時期カエルが活動するのですか? 冬眠明け? まさか無理矢理起こしたりしていないでしょうね?』なんて質問しているのだもの! 無理矢理冬眠から起こした訳ではないと聞いてホッとしたわ。けど、冬眠明けで食欲旺盛だからこそ、捕食シーンも見れたのね。


「このカエルは、異物を喰らった場合、胃ごと吐き出してそれを回避するんですよ」


 という説明にはびっくりしてしまったけど。胃ごと? 胃を吐くの? 凄いわ。


「流石に、冬眠から覚めたばかりの子たちに異物を与えたくないし、いつ吐くかも解らないのでお見せ出来ませんが」


 そう言って頭をかく生物部の部長さん。……あら?


「貴方、3年生の生物部、部長さんよね? 確か、名前は……カーン様? 卒業生がここにいるの?」

「あぁ、名前、憶えてくださったんですね。ありがとうございます! 俺、留年するんで、今日の卒業式には出ませんでした!」


 え。

 レオニーとふたりで固まってしまったわ。だってとっても明るく言うのだもの。


「ラットの世話してたら子どもが生まれたんで、そいつらを残して卒業できませんよ!」


 ……本人がそれで納得していても、ご両親はどう思っているのかしら。


「先輩は俺たちと一緒に卒業するんで、大丈夫です!」「そうなんですー♪」


 背後から生物部の2年生たちが言う。


 ……うん、よく解らないけど、解ったわ。わたくしが口を出す問題ではないという事が。


「ローゼ。これもアレね。彼らには彼らの世界があって、私たちが介入する問題ではない、という事ね。私たちは私たちの為すべき事を為す。それだけよね」

「そうね、それだけだわ」


 この問題は彼と、彼の両親と、先生方が処理する問題だものね!

 わたくし達は他のブースを見るべくその場を立ち去ったのでした。





 時折聞こえる騎士科学生たちの鬨の声が響き渡る中、わたくしはじっくりと各ブースを見て回る事ができたわ。

 ゲームコーナーでは、遠くに景品を置いて、それを弓矢(勿論、矢じり無しの安全な矢よ)で撃ち落とすものや、輪投げ、千本吊り(と言っていたけど、あれ50本くらいだわね)(長い糸の先に景品をつけて、どれか一つを引くの。どれが当たるか判らないように途中を隠してね)、あとは瓜割りが見ていて面白かったわ。目隠しした人が棒を持って、10歩程さきに置いてある大きな瓜を割る、なんとも単純な競技だけど、周りが色々声を掛けて目隠しした人を誘導するから違う所へ行ったりして、見ていて可笑しかったの。


 そんな風に出店ブースを見ていたら中庭舞台担当の子がわたくし達を呼びに来たわ。


「こちらにいらしたのですね、そろそろ舞台演目が始まります!」


 舞台を使用していた騎士科学生たちの『卒業出陣式』が終わったのね。

 中庭の舞台の前には食堂で使っている長いベンチを移動させて、即席の客席を用意したけど、卒業生とその親族の爵位持ちの方々でほぼ埋まってしまったわね。学生会の子たちが拡声器(最近開発された道具よ。これをルークお兄様が開発したって秘密なのよ)を片手に舞台で行われる催し物のアナウンスをしている。そして出店ブースの子たちに片付けを指示している。

 取り合えず、火の始末と貴重品の持ち出しを指示。本格的な片付けは舞台演目が終わってから、と言っていたけど、ブース出展組のみんなはどうしたかしら。わたくしはレオニーに連れ去られるように中庭の舞台へと向かわされてしまったからその後の彼らを知らないのよね。


 中庭に舞台を設置した理由は、その場所ゆえに、よ。

 校舎が三方を囲んでいるから校舎の壁を使って、音響効果が上がるの。席に座れなかった学生は、講義室の窓から見る事も出来るしね。

 ……って、あら? お兄様ったら、ちゃっかり3階講義室の窓から見ているわ。確かにそこなら警備面でも安心出来るし、上部からすべてを観察出来るわね。あら、わたくしの視線に気が付いて手を振ってくれたわ。それに気が付いた女生徒たちが歓声を上げる。まぁお兄様ったら、余所行きの笑顔でサービスしてますねぇ。彼女たちにも手を振ってる。お義姉様に言いつけるわよ?


 なんて事を考えている間に、舞台は整ったみたい。ヴァイオリンの四重奏から始まったわ。青空の下で聴く演奏もいいわね。


 わたくしは今、いわゆる舞台袖にいるのだけど、舞台裏は戦場だわ。次の演目の演者が出番を待っている後ろで、学生会の皆がコソコソと動き回っているの。何しているのかしら。事故とか不審火が出た訳じゃあ、ないわよね? 不安になるわ。真剣な顔をしているけど、切羽詰まったような深刻さはないから大丈夫なのでしょう、と思うのだけど。


 舞台では、四重奏の次のヴァイオリンにピアノを加えた演奏が終わったわ。大きな拍手に袖に降りてくる演者が嬉しそう。次は歌ね。コーラス部が勢揃い。いつも練習していた曲を披露してくれたわ。うん、何度か音漏れしているのを聴いていたけど、今日が一番の出来だったのではないかしら。

 コーラス部の次は手品で場が盛り上がったわ。圧巻だったのは、どういう仕掛けが解らないけれど、人の胴体が二つに別れて見えた事ね。真っ二つなのに、ケロリとして手を振っていたわ。そんな事ってある? あとは、何も無い所からお花がぽろぽろ出てきたり、白い鳩を飛ばしたりもしたわね。みんな、多芸だわねぇ。

 その次に、特別ゲストで騎士団から近衛の女性騎士が参加してくれたわ。壇上で剣を使った演舞を見せてくれたの。美しさの中に強さも垣間見えて素晴らしいわ。


「ローゼ。学生会会長として、最後に閉会の挨拶をして貰うから、舞台袖(ここ)で待っていて貰わなきゃならないけど、良い?」


 女性騎士の演舞の最中に、わたくしにこっそりと話しかけるレオニー。


「あら。名誉総裁(おにいさま)にお願いしようかと思っていたけど。わたくしで良いの?」

「ローゼが良いのよ! いいえ、ローゼでないと困るの。こちらにも計画があるから」

「計画? この後、まだ演目があったかしら?」


 もう終わりだったと思ったけど。そう思ったらレオニーがにっこり笑顔になって言ったわ。


「我ら学生会から、お礼とお詫びの仕掛けがもう一つ、あるのよ」


 え?

 何を企んでいるの? わたくし、聞いてないわよ?


「おおっ! 来たぞ! やっと来た!」「ああっ! 良かった!」「遅いですよ、アスラーン様!」「アスラーンさま、こちらです」


 舞台裏に、制服姿のアスラーンが来たわ。学生会のみんなが彼を歓迎している。

 なにごと? 一体何が始まると言うの?




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