ガールズトーク
日々は慌ただしく過ぎていく。
1年生と2年生には学年末最終試験が待ち構えていて。これで赤点になると留年になるのよ。試験前の勉強と、卒業記念祭の準備の掛け持ちが、なかなかのハードワークだったわ! 幾らわたくしでも教科書のおさらい位はしなければならなかったしね。
こんな時、お兄様の優秀な頭脳が羨ましいわ。一度見聞きしたモノは忘れないのだもの、凄いわよね。わたくしはお兄様ほど優秀ではないから、きちんとおさらいが必要なのよ。でも凡人には凡人の意地があるわ。天才には敵わなくとも、努力で秀才にはなれるわ! ……多分ね。
「いや! いやいやいや、ローゼ? 貴女は十二分に優秀だし、天才だと私を始め、皆思ってるわよ?」
最終試験も終えて、あとは記念祭の準備の為に学生会室で書類を片付けながらレオニーとお喋りしていたら、彼女が慰めてくれたわ。
「例えば速読なんて、私、貴女がやってるのを見てビックリしたくらいよ? なに? あれ。本をばーーーーーって捲って流し見してるようで、あれでちゃんと内容を把握してるなんて神業よ? 誰もが出来る事ではないわよ?」
「でも、わたくし、速読は日に5冊が限度だわ。目が疲れちゃうから」
「その5冊も驚異的にブ厚い本での事でしょう?」
「お兄様には限度がないの。あれを『天才』と呼ぶのよ」
「……おおぅ……上には上がいるって奴ね……それが身内なら自分がどれだけ『凄く』ても、無自覚になってしまうのは致し方ないわね」
こんな無駄話しながらの作業は、わたくしたち二人だけだから出来る事。珍しくメルツェ様が居ないの。キャシーは今、お茶のお代わりをお願いしちゃったから居ないだけで。
「ねぇ、ローゼ。学園以外でセルジューク様との接触は計れてる?」
二人きりだからかしら、レオニーがこっそり聞いてくる。わたくしは肩を竦める。
「相変わらず、彼を王宮に招待する事は難しいわね。なんだかんだ理由をつけて宮内省の許可が下りないの」
あれ以来、また梟がお花を届けてくれるようにはなったわ。あの梟がベランダの手摺りにずっと止まっている事があってビックリしたら、脚にお手紙を捲いていた事があったの。短いメッセージでも嬉しいものね。
「それで……今私たちだけだから、この際きくわね。……あの二人、どうなったのか、知ってる?」
声を潜めてレオニーが問う。
「あの二人って、メルツェ様とカシム様?」
わたくしも声を潜めて顔を寄せて、内緒話モードよ。だって、誰かに聞かれていい話題ではないもの。
「そう。お二人とも、顔に出さないじゃない? だから進捗具合が解らなくて」
そうなのよね。あれ以来、お二人は目に見えての接触をしないの。お互いわざと視線を合わせていないような不自然さ。同じお部屋にいても存在を無視しているような。
「メルセデス様、お断りしたのかなぁ?」
「わたくしにも解らないわ。何も聞いていないもの」
メルツェ様のお気持ちはカシム様に向かっていると思っていたのだけど、間違いだったのかしら。でもこれって本人に訊いても良いのかしら。
「セルジューク様はとっても判り易いよね♪ いつもローゼを見詰めてニッコニコしてるし♪」
「え? いつも?」
そうなの? そんなに判り易いもの?
「うん。気が付けばいつも、だよ。あぁ、この人、ローゼの事、本当に好きなんだなぁって思うもの。見てるだけで幸せ~♪ って雰囲気がだばだば溢れてるし。お陰で、初めて見た時と印象が変わったなぁ」
「変わった? 印象が?」
「うん。初めて見たのは、あの噴水広場でローゼに求婚した時だけど、あの時は……背が高くて、なんだか人を寄せ付けない怖い空気を醸し出してて、何を考えているのか判らない、得体の知れない人、だったな」
「……辛めな評価ね」
「その時、解った。ローゼは王女殿下だから、外国に嫁ぐ可能性が高いんだって。もしかしたら、セルジューク様の帰国に合わせて一緒にお嫁に行っちゃうのかなぁって。……だから、卒業するまで婚姻はないってはっきり言ってくれて、嬉しかった。まだ一緒にいられるんだって」
えへへと笑いながらこっそり教えてくれたレオニーが、とっても愛しくなったわ。
「そういう話を学生会の皆ともしてね、だからわざとセルジューク様の事を黒い虫とか蛇とか変質者とかって言っちゃったんだ。いずれ私たちから大切なローゼを浚っていく人だからね! それにあの人、学生の悪ノリにすると、あんまり文句言って来ないって解ったしさ」
なんともまぁ。人を良く見ていると褒めるべきか、ほどほどにしろと諫めるべきか。
微妙な処だけど、『一緒に居られて嬉しい』と言ってくれたから不問にしておきましょう。
「なるほど、そういう裏事情があって、あの時はみんなで一斉にセルジューク様を責めていたのですね」
「うわっ! びっくりしたぁ……キャサリンさん、いつの間に」
キャシー? 貴女、お部屋に入る時ノックした? 音も無く背後に立たないで欲しいわ。
「お茶のお代わりをお持ち致しました。レオニーナ様も、どうぞ」
「ありがとう」
「ありがとうございます!」
「……さきほど、校舎の陰で一緒にいるお二人を拝見致しました」
「おふたり?」
「メルセデス・フォン・エーデルシュタイン嬢とカシム・チェレビ・マクブル様です」
「え?! 本当に? どんな様子でしたか?! 何を話してるか判りましたか?」
喰いつきが早いわね、レオニー。かく言うわたくしも興味無い訳じゃないけど。むしろ、興味津々だけど!
「会話の内容は聞こえませんでしたが……。その、お二人の体勢が……」
「え? 体勢? だ、抱き合っていた、とか?」
レオニーってば、ワクワク感満載なお顔をしていてよ。
「あれは、何だったのでしょうか……求婚なら片膝立てて跪きますよね……両膝とも、地面につけて尻を踵の上に下ろして……両手は膝の上に置いて……」
「誰が?」
「マクブル様が、です」
ん? それは、もしや『正座』と言って、東洋の拷問をする時とらせる体勢ではないのかしら。膝の上に石を積み重ねるらしいわよ。
「……メルセデス様は、何をしてましたか?」
「マクブル様の前に立って……左手は自分の腰に当てて、右手で彼の頭を撫でている、ようでした……自分からは、メルセデス様の背中しか見えなかったので表情は判らなかったのですが、マクブル様はそれはそれは嬉しそうなお顔でメルセデス様を見上げて……何故か一瞬、犬の躾をしている情景を思い浮かべてしまい、何やら、マズイ現場に立ち会った気がして……取り合えず、アンネローゼ様のご指示を仰ぎたくなりこちらに参ったのですが……自分の感性はどこか可笑しくなったのでしょうか?」
……それは
……えーと
うん、キャシーは混乱していたのね。だからノックを忘れてしまったのね。いつも冷静沈着な貴女だから気が付かなかったけど、表情がどことなく引きつっているわ。
「キャシー。貴女の感性が可笑しくなった訳ではないと思うわ。でも人には誰しも趣味嗜好があって他者に理解できない部分もあると聞くわ。だから、彼らは彼らの世界を持っている事を認めなさい。貴女はその世界に入る必要はありません。他言は無用です」
これで納得できるかしら。つまりは、見て見ぬフリをしろって事だけど。
暫く待ったら、キャシーは何度か頷いていつもの冷静沈着な雰囲気に戻ったわ。でも、
「……どういう世界なの?」
レオニーの混乱が酷くなったようで、こちらはどうしたらいいのか。わたくしだって、途方に暮れているわ。
「レオニー。仕事をしましょう。まだ書類が片付いていないわ」
「え? え? ローゼ?」
「わたくし達は、わたくし達の為すべき事を為しましょう。メルツェ様は自立した大人の女性なのです。彼女の事は彼女の自主性に任せましょう」
暫く呆然としていたレオニーは、「あー、うん、わかった」と言って、自分の仕事に戻りました。
……卒業式と卒業記念祭が楽しみね!(無理矢理)
うちはうち。よそはよそ。
ラブの形はひとそれぞれ……いわゆる『そっ閉じ』




