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学生会の面々とアスラーンとわたくし

 

 やいのやいのと皆が騒ぐ中で、アスラーンがわたくしのところに来て訊いたの。


「ところでアンネローゼ、花は届いているか?」


 え? それは、あの梟に届けさせていた花の事かしら。アスラーンの突然の問いに、今まで賑やかだった室内がシン……と静まり返ったわ。


「……いいえ」


 お花、来ていないの。あんなに毎日来ていたのに。だからこそ、余計に部屋に閉じ籠ってメソメソしていたのだけど。


「あぁ、なるほど、ヘルムバート殿下のせいか」


 アスラーンが苦い顔で溜息を吐く。


「え、待って、あの、正式にわたくし宛てにお花を贈ってくれてたの?」


 (ふくろう)に贈らせたのではなく、普通に、宮殿に贈ってくれてたの?

 わたくしが尋ねると、アスラーンはなんとも形容しがたい顔をしたわ。そうね、笑っているのに怒ってて泣いているようにも見える顔。


「本当に、正攻法は(ことごと)く潰してくれる……」


 頭を掻きながらため息をまたひとつ。アスラーンは何をしていても絵になるわね。


「え? どういう事ですか?」


 わたくし達の会話を聞いていた学生会の面々が話に加わった。


「お前ら、聞いてくれ。俺の涙ぐましい努力を! お前らも知っての通り、俺はアンネローゼに求婚した。俺がテュルク国の民であるせいで、余計な心配もかけたようだが、あれは古い慣習で、今は流石に誘拐犯として捕まるのが現状だ。だからもう心配しなくていいからな!」


 どこかの集会で号令をかけている扇動者みたいなアスラーンだわ。


「それで、だ。俺はアンネローゼに求婚した後、シャティエル国の上層部へも婚約の申し込みをしたんだ! 正式な使者を立てて!

 だというのに、何度使者を送っても何の返事も無い。良いとも悪いとも返さない。アンネローゼのデビュタント用に我が国特産の真珠をふんだんに使ったティアラを献上した! 真珠で作られたネックレス! ピアス! ブレスレット! 髪飾り! その他、思いつく限り、ありとあらゆるお飾りを贈った!

 だというのに、シャティエルの奴ら、なんの返事もしやがらねぇ! いや、その時は返事はあった! 『確かに受け取りました、ありがとうございました』という返事だ! 俺の聞きたかった内容ではない!

 国王陛下への謁見も申し込んだが、それも梨の礫だ! 業を煮やした俺は、外務省経由でベッケンバウワー公爵にお願いして、なんとかアンネローゼがデビュタントするパーティーの招待状を手に入れる事に成功した!

 あぁ、アンネローゼ、公爵はとんでもなく黒く恐ろしい男だぞ? あれは敵に回しては駄目だ。味方なら心強いがな。

 諸君も既に知っているだろうが、そのパーティー会場でやっと、俺はやっと! アンネローゼから婚約者候補という肩書を貰う事が出来た!」


 おぉーーー!

 頑張りましたね! アスラーンさま!

 やりましたね! おめでとうございます!


 ……なぜか、ヒューヒューと口笛が鳴り、拍手が沸き上がる。みんな、ノリが良すぎるのではなくて?


「だが、相変わらずシャティエルの上層部は俺に冷たい。アンネローゼに面会出来ないか、何度俺が申請したか知っているか?」


 いいえ、知りませーんの声。


「デビュタントの翌日から毎日1回は申請していた! だから年末パーティーのその日まで30回以上だ!」


 うわぁ、根性あるぅ……の声。


「学園ではあの鉄壁エーデルシュタインのせいで碌にアンネローゼに近づく事が出来ない! やっとこの部屋に入るくらいは認可されたが、俺がどれだけ焦れた事か!

 そしてシャティエルの上層部がやっと呼んでくれた年末の年越しパーティーではアンネローゼの婚約者候補が二人も余計に居たんだぞ? 俺のショックを解ってくれ!」


 え? それは知らなかった、確かにショックだ、どこの誰が候補だったんですか? の声。みんな、知りたがるわね。


「アラゴン王国の王弟殿下とハザール・ハン国の第二王子殿下だ。この第二王子は来年度この学園に留学するかもしれないぞ」


 恋敵登場か! と騒ぐ皆。違うわよ。恋敵なんかじゃないったら。あの子はただ魔鉱石を調べたいだけよ。


「なんとかその二人は追い払ったがな! 追い払ったのはアンネローゼだがな!」


 おぉ?! と賑やかになる。拍手と共に流石(さすが)アンネローゼ様! の声もかかる。

 ……カオスだわ。


「やっと邪魔な候補どもを追い払ったと思ったら、アンネローゼは俺を見て悲鳴を上げて逃げるし、皆は俺の事を変質者呼ばわりするし、地味に傷ついていたんだぞ?

 しかも、アンネローゼに贈っていた花は、王宮では無かった事にされたらしく、本人には認知されていないし……」


 がっくりと肩を落とすアスラーン。

 なんて言えばいいのかしら。いろいろと身内が、いえ、わたくしも、ごめんなさい……。


「なんか、アスラーンさま、可哀想ですね」

「頑張っているのにね」

「すいません、黒い虫呼ばわりしてしまって」

「悪気はなかったんですが……変質者認定していました」

「本物の変質者がいたせいで、過剰に警戒してしまったんです! すいませんでした! アスラーン様は本物じゃありませんから!」

「そうですね、メルセデス様も、ちょっと、アスラーン様に厳し過ぎますよねぇ」

「うん……せめて、俺らくらいの距離なら、ローゼさまの側にいても許してもらおうよ」

「うん、アスラーン様、気の毒過ぎる……正攻法が悉く遮断されるって、どうにもなんないじゃん」

「私たちくらいは、ローゼ様とアスラーン様の応援をしてあげてもよくない?」

「うん、アスラーン様、可哀想が過ぎるもんな」


 気の良い学生会の面々が賑々しく話している陰で。

 アスラーン。

 貴方、その右手の拳、なにかしら?

『よし!』ってこっそり呟いたでしょ。わたくし聞こえていたわよ?

 なるほど、学生会(彼ら)を味方につけたのね。アスラーンが言う処の『鉄壁』メルツェ様がカシム様によって退出している現状を上手く使って。抜け目無いわね。そういうの、嫌いじゃないわ。


 そうね、せめて学園内では普通にお喋りしたいもの。

 でも。

 貴方、もうすぐ卒業してしまうのよね。そうしたら帰国するのでしょう?


 卒業まで、あとほんの二か月しかない。


『ひとつ、提案があるのだけどね。『候補』を取れば、物思いの負担がひとつ減るのでは?』


 お義姉様のお声を思い出す。


『そう。堂々と会える立場になれば、警備の隙をついて会う必要も無いでしょう? それとも、こっそりと隠れて会う事によるスリルを楽しむ恋愛をしているの? 違うでしょ? 貴女には、誰かから隠れる後ろ暗い恋なんてして欲しくないわ。誰にも後ろ指差されない、堂々とお日様の下で手を繋いで歩いて祝福される恋をして欲しい。彼が帰国しても、確かな繋がりになるわよ?』


 帰国しても、確かな繋がりになる……それが『婚約者』という立場。


 そうね。確かにそうだわ。『候補』の侭だったらどうにもならない! せめて王宮でのお茶会に呼びたいわ。一緒にお茶して、お喋りして……。


 あのお父様やお兄様が、わたくしがお願いしたくらいで言う事を聞いてくださるかしら?

 ……くれなさそうだわ。他国の使者にさえのらりくらりと返事をしないお父様なら、わたくしがお願いした処で黙殺されるのが関の山ね。


 了承して貰うにはどうしたらいいのかしら。

 アスラーンが『婚約者候補』の肩書を持つに至ったのは、デビュタントパーティーで、わたくしが大勢の人の前で宣言したから。多数の証人、それも国の重鎮を始め他国の大使が居たからこそ、取り消す事が出来なかったのだわ。あの時に『婚約者』と言ってしまえば良かったのに! わたくしのバカばか馬鹿! でもあの時はアスラーン本人が『婚約者候補にしてくれ』って言ったからなのよ? アスラーンも悪いのよ?


 またパーティーで宣言する? 丁度いい規模のパーティーが近々にあったかしら?


 ……いいえ。いい機会があるわ。


 卒業式と卒業記念祭。

 卒業生の親御さんが、地方領主たちが列席してくれる手筈になっているわ。大臣たちも。何と言っても我が国初めての王立貴族学園の記念すべき第一回卒業式ですもの。わたくしの計画した卒業記念祭も噂になっているというし。国王陛下であるお父様はどうか解らないけど、名誉総裁であるお兄様は間違いなく臨席するわ。

 その時が狙い目ね。

 みてらっしゃい。お父様やお兄様の良い様に扱われるわたくしではなくてよ!



 ◇



「なんか……ローゼが燃えてる」

「なにやら、脳内で画策してますね」

「何はともあれ、いつものアンネローゼ様に戻ったみたいで良かったな!」

「アスラーンさまは、そんなローゼさまをニコニコと見守ってらっしゃる……おふたりが尊い……」

「畜生ぉ……メルセデスさまぁ……えぐえぐ」

「諦めろ、お前の手の届く方じゃない」



 ――学生会は今日も平穏無事、と日誌には記入されたのだった。






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― 新着の感想 ―
[良い点] アスラーンの根性! [一言] この回めっちゃ笑いました! 泣くぐらい(笑)
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