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成長したわたくし

 

 真剣なお顔でメルツェ様がわたくしに問います。


「アンネローゼ様があの変態変質者誘拐未遂犯に脅されている訳ではないのですね?」


『誘拐()()()』? 先程は『誘拐犯()()』と言ってたと思うのだけど? 罪状がコロコロ変わってるわ。なぜ? どこから誘拐? 疑惑から未遂、最後は確定になるのかしら。変わらないのは『変態変質者』の部分ね。これは確定ってこと? どの辺りに変態要素があったのかしら? ナゾだわ。

『不法侵入者』とか、王女の身体に触れた『不敬罪』とか『強制わいせつ罪』とか言われたら否定出来ない気がするのだけど。

 ……取り敢えず、それらには触れないでおきましょう。



「脅されてなんていませんわ、メルツェ様。誤解です。だからアスラーンの拘束を解いて下さいな?」


 わたくしがそう言った途端、カシム様の力が抜けたのか、アスラーンが彼を振り切って、わたくしの前に走り寄った、

 と、思ったら――


「それ以上の接近を許すわけにはいかない」


 キャシー?!?!

 キャシーが抜刀して、剣先をアスラーンの喉元に向けてる……って、待ってーーー?! 仮にもアスラーンは他国の王族なのよ? 王子殿下なのよ? 傷付けたら国際問題になるのよ????


「恐れながら、貴殿は我が主の動揺を誘う存在だと認識致しました。これ以上の接近は、今後予告なく排除します」


 ひーーーーーーーーーっ!!!

 何言っているのーーー?!

 物凄い殺気を感じるわよ! キャシー?

 そういえば、貴女ってば途轍もなく強かったのだわ。剣豪揃いのファルケ辺境伯家に連なる者で、伯ご推薦の剣士だったわ! うっかり忘れていたけど!

 あくまでも、キャシーは職務を全うしているだけ。

 問題があるのはわたくしだけ。

 わたくしの振る舞い一つで国際問題発展ね! 冷や冷やしちゃうわよ?


「キャサリン・フォン・ファルケ。わたくしは大丈夫だから、その剣を納めなさい」


 慌てず騒がず、冷静な声を意識して。

 わたくしの言葉に、キャシーが、まず、殺意を消したので、ホッとしたわ~。そしてゆっくり、ゆっくり納刀する。アスラーンに視線を据えたまま。殊更ゆっくりとわたくしの後ろに控えたキャシーに、知らず安堵の溜息を吐いた。


「騒がせたわね……」


 そう言いながら見上げたアスラーンは、喉元に剣を向けられていたというのに、とても穏やかな顔をしていた。

 穏やかな、甘やかな……なに? 春の陽だまりを感じさせるこの瞳は、いったい何? 深い森の色の瞳が、春のイメージを連れてくる……。

 どこかうっとりとした表情でアスラーンが甘く言った。


「あぁ……お前は本当に愛らしいな……」


 ぽんっと音が鳴ったようにわたくしの顔に熱が集中したのが解ったわ。

 そしてわたくしの胸を渦巻いたのは『歓喜』

 だって、朝から3人もの侍女が苦労して髪型を整えてくれたのだもの! 昨夜、大騒ぎしながらお手入れして貰ったのだもの! 苦労が報われたって気がしたのだもの! あの子たちに特別手当を弾まないとダメだわっ!


 あい、愛らしいって……その言葉をこの表情のアスラーンに言われるなんて!!

 ……嬉しい!! 愛らしいとか可愛いとか、お父様を始め、身内には散々言われ慣れている言葉ではあるけれど、アスラーンにそう言って貰えるなんて、凄く、すっごく嬉しいわっ! わたくしの心の中にも春の花々が咲き乱れたような気がするもの。


 あぁ、でも、待って待ってわたくしは王女なのよ!

 これくらいで簡単に喜んではダメだわ! 王女らしく、毅然とした振る舞いをしなくては!


「べ、別に、貴方の為に装った訳ではないのですからね!」


 え?

 わたくしの口は、何を勝手にほざいてますの? アスラーンの為に装ったのよ?


「そうか? 前髪を下ろしているのもいいな。年越しのパーティーの時も良かったが、その髪型もいい。お前の愛らしさが際立つ」


 アスラーン。貴方、より一層笑みを深めたのは何故? なんなの? 先程から彼の雰囲気が温かくて柔らかくて甘いの。これ、わたくしの気のせいかしら?


「ほ、褒めても何も出ないわよ」


 わたくしも! 何故こんなにつんつんした態度をとってしまうのかしら?!


「今出す必要はない。纏めて貰うからな」


 纏めて、貰う……

 え? なに? 急にあの年末の夜のビジョンが脳裏を過ったの。

 わたくしの部屋で夜遅い時間、アスラーンの高い鼻がわたくしの頬に触れて。外気に晒されていたからか、それは冷たくて。その唇が、唇も冷たくて、わたくしのそれに触れた、あの時の……。


 ひぅっ!


 悲鳴を心の中だけに抑えたわたくしは、成長したわ! 顔は先程からずっと熱いままだけど!


「まだ貴方にその権利は無いはずだわ。せいぜい、足掻いて手に入れるのね!」


 また! わたくしの口は何を勝手な事をほざいているの?! ダメだわ、やっぱり上手く話せないのは動揺しているせいよ。でも逃げ出さないだけ進歩? したのではないかしら? 対応しているのだもの! 逃げてないもん!


 早く講義室へ行ってしまいましょう!


 とばかりに足を早めたけれど……。待って。このまま去ったらわたくし、無礼者のままだわ。前回逃げ出した無礼をきちんと詫びなければならないのよ。


 止まって振り返る。

 学園の玄関先に居る、アスラーンに向かって。


「この間は……突然逃げたりして、失礼な真似をしたわ。もう、わたくしは逃げないから! 覚悟なさいっ!」


 え?

 わたくし、ちゃんと謝ったかしら? 今ので謝った事になる? 言うだけ言って、また講義室へ向けて足を進めたけど。混乱してるわ待って待ってわたくしちゃんと謝りたかったのよ誤りを重ねたかった訳ではないのよアンネローゼ貴女ちゃんとしなさいっ覚悟しなければならないのはわたくしの方ではなくて? ああああぁぁぁっぁぁぁぁぁああぁああぁぁぁぁぁぁああああもぉう!


 早足だったのがいつの間にか駆け足になって、わたくしはいつもの講義室に飛び込んだのでした……。

 なんだかとっても、疲れたわ……。



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― 新着の感想 ―
[一言] 拗らせてツンデレになった! …ほんとポンコツ…(笑)
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