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サラお義姉様とわたくし

アンネローゼ視点に戻ります。

 

「こんな姿で、申し訳、ありません…」


 未だ夜着のまま、髪も梳かしていないわたくしの姿に詫びをいれます。当然です。お義姉様に対し奉り無礼な態度ですもの。


「ローゼちゃん……いったいどうしたの? お義父さまもお義母さまも、勿論ヘルさまやヨハンさまもローゼちゃんを心配していてよ? ……こんなに(しお)れて……あんなに楽しそうに通っていた学園もお休みしているのですって? ……まさか、誰かに、いじめられたの?」


 お義姉様はわたくしと長椅子に並んで座って下さいました。心配そうな瞳でわたくしを見詰めます。


「わたくし、悪い病気になってしまったのです……」

「病気?」

「はい……侍医のマイセン先生にも見つけられない、難病なのです……」


 辛くて、悲しくて、涙がこぼれてしまいます。

 お義姉様は、わたくしの肩を抱いてくださいます。


「ローゼちゃん。マイセン先生は、身体に異常はないと仰っているわ。どちらかというと、心が深く傷ついていると。私を信じて、全部話して欲しいの。誰にも言わないから。一体、何があったの?年末のパーティまでは、なんともなかったわよね? その後、学園へ行ってから様子が変わったと……」


 肩を抱き、手を握ってくれるお義姉様。

 お義姉様の温かい体温に、わたくしの心が慰められます。もう辛くて辛くて、どうしたらいいか判らなくなったわたくしは、この症状の事を話しました。


 どんな時に発症するのか。

 いつからなのか。

 そして……年末のパーティーの後にアスラーンがこの部屋を訪ねてきた事も……。


 お義姉様は、行きつ戻りつするわたくしの拙い説明を、頷きながら聞いて下さいました。お義姉様は昔からこうです。わたくしが幼い頃、上手くお話が出来なくても辛抱強く付き合って、最後まで聞いて下さるのです。聞き上手っていうのでしょうか。


 長い時間をかけて、わたくしは心の内をお義姉様に話しました。後ろめたいお話ではありましたが、わたくし、お義姉様に嘘は吐けないのです。正直に、話しました。王女宮を抜け出し、夜の地下水道を駆け抜けて学園大聖堂でアスラ―ンと落ち合った事も。わたくしが王女失格の理性を無くした愚か者だという事まで……。


「ローゼちゃん」


  全てを聞き終えたお義姉様は、わたくしの涙を軟らかい絹のハンカチで拭って下さいました。


「あのね、」


  そう言ったきり、お義姉様はしばらく考え込んでしまいました。


「お医者様でも草津の湯でも、って奴だものねぇ……自覚しているようでしていないって、これはどうしたらいいのかしら……」


 お義姉様が思考の海に浸かっている時は、よく独り言をいうのです。わたくしはお義姉様がわたくしの所に帰ってきてくれるのを大人しく待つのみです。


「とりあえず、ローゼちゃん、」


 あら、思ったよりも早く帰ってきてくださったわ。

 と、思ったら。

 ビンっとわたくしの額を指先で弾きました。『でこぴん』というお義姉様の技です。かなり痛いのです。


「まずは。夜、一人で出かけるなんて危ない事したお仕置きです」


 めっと睨まれてしまいました……そうして怖いお顔をしていても、お義姉様は大変美しく愛らしいのですけど。


「お父様たちには、内緒にしてください……」


 夜の学園大聖堂へ赴いたお話……お叱りはごもっともだと思います。わたくしの声は小さいです。虫のいいお願いだと自分でも解っています。


「無事に帰って来たからいいけど、万が一があったらどうするの?」

「……本当に、申し訳ありません」

「それ一度きり、よね?」

「はい。誓って、一度きりです」

「ローゼちゃん。その頃から貴女は『王女としての』冷静な判断が出来ていなかった、と言えるわね?」

「……はい」


 そうです。一人で行動するなんて、危険です。わたくしはこの国唯一の王女。守られるべき存在です。わたくし一人の為に、大勢の人間が動くハメになるのです。そんな事、重々承知しているはずなのに。


「それでも行動したのは、セルジューク様に会う為。そうよね?」

「……はい」

「そして、発熱も、動悸も、眩暈も、全部、セルジューク様に会うと現れる諸症状よね?」

「……は、い」


 お義姉様はなにを言いたいのでしょうか?


「ここに閉じ籠って、何をしていてもセルジュークさまを思い出して、胃の腑が落ち着かない、と言ってたわね? 食欲もなくて、酷く気鬱がある、と」

「お義姉さま……?」

「悪いのは、全部、セルジュークさまって事よね!」

「いいえ! 違います! 彼は悪くないのっ」


 どうしてそうなるのですか? わたくしの勝手な思いなのに!


「そう? どうして? こんなにローゼちゃんを悩ませている、悪い人よね?」

「わたくしが、勝手に悩んでいるのです! 彼のせいではありません!」

「でも夜の学園なんて、危ない所に貴女を呼び出して」

「いいえ! 呼び出したのはわたくしですっ。わたくしが無理を言ったのです!」

「年末に貴女のお部屋に忍び込んだ。悪い人だわ」


 悪い人、ですわね。でも、


「いいえ! 護衛を呼べたのに、そうしなかったわたくしの方が悪いのです! 彼だけが悪いのではありません!」


 わたくしの顔を覗き込むお義姉様。澄んだ瞳がわたくしの真意を伺います。


「帰って欲しくなかったから? だからお部屋に入れたの?」

「そうです!」

「貞操の危機だったのよ? 解っていた?」

「! ……そ、れは、考えていませんでした……」


 貞操の、危機……。

 言われてみれば、そうです。


「そうなの? 夜の寝室で年頃の男女が居たら、そうなってしまってもおかしくないのよ?」


 まぁ……確かに、仰る通りです。


「え……でも、わたくし、なんともなかった、です……」


 今、冷静になって考えればお義姉様の仰る通りなのです。夜の寝室なんて、危険極まりない場所ではないですか! あの時のわたくしは、何故、平気でいられたのでしょう。本当に考えに至らなかった……。ポンコツにも程があるわ……。


「貴女は無防備過ぎたわ。……それも、解ってて?」


 お義姉様の瞳が、どこかわたくしを揶揄(からか)うような色になっています。


「……アスラーンにも、似たような事を言われました……」


 夜の大聖堂で、確かに言われたわ。『無防備が過ぎる』っていきなり怒られたの。あの時、アスラーンはわたくしの頬に触れて……指が睫毛に触れたから何も考えずに目を瞑ってしまったんだわ……。


 え? 待って? そのシチュエーションって、この部屋でもあったわよ。あの時アスラーンは『なぜ今は目を瞑らない? ここは目を閉じる所だと思うが?』って聞いて、わたくしがアスラーンを見ていたいからって答えたら、笑って『好きなだけ見ろ』って言って……くちづけを……。


 そうか!

 くちづけをするタイミングだったのね!

 そんな気がないのに目を瞑った過去のわたくしは、なんて性悪なの?!

 無防備が過ぎるってそういう意味なのね! 突然怒ったアスラーンにびっくりしたけど、怒られて当然だわ! 過去のわたくしったら!



サラお義姉様は学園内でいじめがあったのかと心配していました。

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