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アンネローゼの親衛隊

アンネローゼが去った後の第三者視点です

 

「あー、あれはー、つまりー」

「えぇ、つまりー」

「ローゼはー、あー、なんというか」

「つまり、セルジューク様のことを、そのぉー」


 カフェテリアに居た、全ての人間は見た。

 アスラーン・ミハイ・セルジュークに手首を掴まれたアンネローゼ王女が、振り返って自分の腕を掴んだ人物の顔を見あげた瞬間を。

 一瞬のうちにびっくりするくらい真っ赤な顔になり(元々色白だから、その差は歴然だった)、瞳を潤ませ(急激な涙目は大変愛らしかった!)、今まで見た事も無いほど狼狽えた王女。誰がどう見ても、恋する乙女そのものだった。


 自分たちが知っている『アンネローゼ王女』はいつも毅然としていた。

 美しく、気高く、誇り高く、我が国自慢の王女さま。クラスの誰よりも多くの選択科目授業を取得して、そのどれも好成績を修める才女。クラスどころか学園全体に働きかけ、学園の祭りを主催し、学生自治会を立ち上げた手腕を持つ、生まれながら人の上に立つ素養を持つ完璧な王女。何があっても動じないだろうと思われた、そんな彼女が――。



「ローゼ、すっごく、可愛かった……」


 普通の少女のように異性に腕を掴まれて恥じらったのだ!


「うん、ローゼさま……あれは……可愛すぎるのでは……」

「あれはー、セルジュークさまに、その、お気持ちがある、と思って正解、だよね?」

「アスラーン・ミハイ・セルジューク。今朝の事といい、貴方、本当に身に覚えがないの? ちゃんと白状なさい! ……っていうか、何故貴方までそんな赤い顔をしていますの?!」


 メルセデスのそんな言葉に、カフェテリアの視線はアスラーンに集中した。彼は気まずそうに片手で口元を隠す。


「いや、なんか……伝染った……かも……」


 アスラーンにしても、今日のアンネローゼの反応は意外過ぎるのだ。

 自分が抱き締めても抵抗一つしなかった。むしろ身体の力を抜き、自分に身を預ける始末。唇を寄せても恥じらう事なく、その大きな瞳を向け続けていたのに――。


「アンネローゼ様のあの態度に、身に覚えがあるのでは?」


 メルセデスの追求は続くが、


「――黙秘権を行使する」


 言える訳がない。


「セルジューク!」

「まぁ、まぁ、メルセデス嬢、アスラーンも混乱しているみたいだし……」


 カシムがメルセデスを宥める。


「混乱? この男のどこにそんな可愛らしい要素があって? あくまでも涼しい顔をしていてよ? まぁ、いつもより表情の変化があるみたいだけど」


 メルセデスにとって大切なのは、あくまでもアンネローゼである。その大切なアンネローゼが、どうやら目の前のこの男に対して少なからず好意を抱き始めたのだと理解した。理解はしたが、納得はいかない。

 何があったのか、どうして心境の変化があったのか、外的要因を知りたいのだ。


「こいつにしては動揺してるよ、幾分」

「っていうか、セルジューク! 貴方はなにをニヤニヤと思い出し笑いしてるの! 嫌らしい! 腹が立つわっ!」

「メルセデス様、落ち着いて!」

「それに! アンネローゼ様のお気持ちはいいとしても! 何故、悲鳴を上げて逃げ出してしまったの?! 今朝も貴方から逃げたわ! どうして?!」


 どうしてだろう?

 アンネローゼが恋する乙女だったというのは、ここにいる全員が、なんとなく察した。

 だが、恋する乙女は、その恋する相手から逃走するものだろうか?

 遠くの物陰から見守る、とかはありそうだが、普通ならば同じ空間にいたがるものではないのか?

 皆、一様に首を捻った。


「悲鳴を上げて女性が逃げる時……虫とか蛇とか、嫌な物が居たら悲鳴を上げる?」

「嫌いな奴が居たら、逃げるかも?」

「強盗とか、殺人者が居たら悲鳴を上げて逃げるよ、俺でも」

「あとは変質者かな?」

「変質者?」

「春になると自分の裸を見せびらかす変態が出るらしい」

「あぁ、わざと女性の悲鳴を聞きたい種類の変態だな!」

「ちょっと待て! お前らの言い分だと、アスラーンがとんでもない変態変質者になってしまう!!」

「あぁ、そうか。失礼しました、アスラーン様」

「すみません、アスラーンさま」

「アスラーン様が変態なわけないですよね!」

「ローゼさまに変質者を近づけるなんて愚は、二度と犯さないもんな!」

「そうだ!」「その通りだ!」


 ローゼ親衛隊は、年が変わっても絶好調である。いや、学生自治会、略して学生会のメンバーという地位を得てアスラーンに対しても物怖じしなくなった分、よりパワーアップしたとも言える。


「メルセデス様、ローゼは“今朝も”アスラーン様から逃げたって本当ですか?」

「えぇ、そうよ、レオニーナ様。今朝、馬車から顔を出したアンネローゼ様は、こいつの顔を確認した途端、とんでもないスピードを出して逃走なさいましたわ」

「朝、教室で真っ先に私に抱き着いて来たんです。何かから逃げて来て、怯える子どもみたいに」

「怯える子ども?」

「走ったせいもあるのでしょうけど……溺れる者が浮力のある物を必死に掴むみたいって感じたんです、私……」


 一年専科クラスの何人もが、そういえばそうだったなと思い出す。


「好きだけど、逃げたい?」

「逃げ出さなければ生死に関わる、とか?」

「テュルク流の求婚方法に、殊の外怯えていらっしゃったわ!」

「あ! 突然誘拐同然に連れ去るって奴か!」


 一同、テュルク人であるアスラーンとカシムを無言で睨む。


 あんたら、もしかして、うちの姫様を誘拐しようとしましたか? ――そんな心の声が駄々洩れである。

 一触即発の剣呑な空気になった。


「いや、俺は彼女が学園卒業する迄は婚姻を待つと伝えたぞ?」


 誘拐犯認定はするなと、アスラーンは弁解する。


「これは、ローゼとアスラーン様との間になにか誤解、というか意思の疎通が上手く計れていない、というか……何かがあったとお見受けします。周りの我々が何を言った所で、お二人自身が話し合われないと解決しませんよ」


 冷静なレオニーナの発言のお陰で、とりあえずアスラーンの変態変質者誘拐犯容疑は持ち越しになった。

 が、解決もしなかった。


 翌日から、肝心のアンネローゼ王女が登園しなくなったからである。



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