打ち上げ花火
ドーーーーーーーーーン!!
突然の爆発音が鳴り響くと共に、空気が派手に振動した。始まったわ!
何事かと怯える他国からの招待客に比べ、国内貴族は歓声を上げながら窓辺に近寄り夜空を見上げる。
「年越しの花火だ!」
「新年、おめでとう!」
「綺麗っ!」
「新年おめでとう! 今年もよろしく!!」
ドーーーーーーーーン!!
爆発音と腹に響くような振動と共に、夜空にオレンジ色の大輪の花が咲く。それはバリバリと派手な音と共にキラキラと光り、あっさりと消えていく。
ドーーーーーーーーーーン!!
「こ、これは、何ですか? これも、魔鉱石の効果なのですか?」
ヴォロノフ様が耳を押さえながら質問してくる。
「これは花火です。主な材料は火薬ですよ。魔鉱石とは関係ありません」
「火薬? 最近作られ始めた兵器と聞いているが……」
流石、アラゴン様はご存知でしたか。
「我が国では兵器に使うより、花火にしてしまいますねぇ。元々、美しい物が好きな民の集まりなので」
とはいえ、一通り軍備拡張はしましたよ。うちの騎士団には銃騎士隊もおりますし、兵器開発部もあるの。備えあれば憂いなし、と言いますしね。
「美しいものだな……この音は厄介だが」
夜空を見上げなら、アラゴン様がポツリと呟く。
ドーーーーーーーーーーン!!
長く尾を引く光に歓声が上がる。
「今上がった花火が今年最新の花火ですわね。いつまでも尾を引くように光が続く……まるで流れ星の集団、流星群をみているような」
「確かに……流れ星だ……」
「今後開発予定の花火は、アレが色とりどりの花になる事ですわ。今はオレンジ一色ですけど、いずれ、白色、赤や紫、黄色、薄紅色、さまざまな色の大輪の花を夜空に打ち上げてみせますわ」
どこか呆然としたお顔でわたくしを見るアラゴン様とヴォロノフ様に、意識して柔らかく笑いかける。
「先程はご無礼を申し上げました。お許しくださいませ。この花火のように一瞬で消えていく戯言だったと思し召し、記憶からの削除を願いますわ」
「もういいだろう!」
その声と共にアスラーンに抱き抱えられるようにしてベランダに移動させられたわ。
「えっ……? ちょっと……」
「お前は、本当に危なっかしい! これ以上男を魅了するなっ」
「はぁ? 誘惑とか魅了とか、何を言っているの?」
身に覚えがないわよ?
◇
「アルフォンソ殿、セルゲイ殿。私の妹の印象はどうでしたか? 何やら、失礼な言動もあったようですが……。ご容赦くださると有難い。お二方は彼女の婚約者候補として、面会を求めていらっしゃいましたが……。我が妹の夫になる気はありますか?」
ホステス役の王女を急に奪われ、呆然とその後ろ姿を見送ったアラゴン王国王弟とハザール・ハン国の王子に話しかけたのは、シャティエル国の王太子、ヘルムバート・フォン・ローリンゲン。いつもにこやかな笑みを絶やさない、温和な人柄だと評判だが、決して凡庸な人間ではない。寧ろ彼は怜悧で計算高く腹黒いタイプの人間だ。もっとも、そうでなくては王族など、ましてや王太子など務まらないのだが。
「アンネローゼ姫は…… 一見、華やかな深紅の薔薇の花のような姫だと思っていましたが……花は花でも、花火のようなお方でしたね」
アラゴン王国の王弟、アルフォンソ・ラミレス・アラゴンは苦笑しながらヘルムバート王太子に答える。
「花火?」
「薔薇の持つ小さな棘くらいならば、対処のしようもありましたが……。強烈な、恐怖さえも覚える爆発音と共に打ち上げられる、夜空全体に咲く美しき花。一瞬で消え、誰の手にも入れられないもの。それが、アンネローゼ姫ですね。私の手には、余る。とても扱えない。遠くから愛でるので充分です」
なるほど、そんな評価もあるのか。
ヘルムバートにとっては可愛い妹でしかないが。
「もともと私は兄王の顔を立てる為に来たに過ぎないので。怪我を負う前に、怖気づいて撤退した者、になりましょう」
「怪我?」
「あんな狂獅子に護衛されているとは、聞いていませんでしたよ」
そう言いながら、視線の先にいるのはベランダにいる二つの並んだ背中。仲が良さそうに、なにやら言い合いをしている。
アンネローゼとアスラーン。なるほど、あちらの言葉でアスラーンは獅子の意味だったはず。だが、狂獅子とは? 何をやったのか聞き出さねば、と思っていたヘルムバートだったが。
「ヘルムバート王太子殿下」
「どうしました? セルゲイ殿下」
思い詰めたような表情のハザール・ハン国の王子に話し掛けられて、彼の方を向く。
「アンネローゼ姫は、何故、あのようにテュルク国の王子と親しいのですか? ひと月前のデビュタントで会っただけにしては親し過ぎると思うのですが」
「……アスラーン殿下は、我が国の王立貴族学園に留学生として逗留し、もう3年は勉学に励んで下さっています。妹とも学園で既知の間柄ですので、幾分かは、親しいのかと」
ヘルムバートとしては、非常に業腹ではあるが、学園生活で既知となっている。彼が妹に最初に求婚したのも学園で、だ。高位貴族の留学生とは聞いていたが、まさか、王子の身分を隠しているとは思わなかった。
「あぁ……もう既に……そうですか。『婚約者候補』と聞いたから、まだチャンスはあると踏んだのですが、あのように仲良しでは、僕の入る隙なんてありませんね」
ベランダにあったはずの二つの背中が、何故か一つしかない。どうやら獅子の腕の中に納められているらしい。
「えぇ、候補ですよ、候補。ですからあのような破廉恥な真似は指導しなければなりませんねぇ、はっはっは。――失礼」
笑顔は変わらなかったが、醸し出す雰囲気を剣呑な物に変えたヘルムバート王太子は、二人の側を離れて足早にベランダへ向かった。
「なるほど。『候補』のままなのは、兄君のせいでしたか。……しかし、あの『彼』は危険ではありませんか? 僕らを前にして顔色も変えず、いえ、寧ろ楽し気に“首を取る”などと言ってました…」
面白がるような、けれど充分本気を伺わせたテュルク国王子の言動に、セルゲイは眉を顰める。
「ティルク国の人間は、ああいった手合いが多いよ。私としては、あんな狂獅子でも姫のいう事なら聞き分けるようだから、彼女が巧く調教してくれるよう祈るばかりだ」
人生経験の差か、アルフォンソの方は若干、面白がるような風情だ。だが、あの狂獅子の牙が自国に向かないよう立ち回らねばと、心に誓った。
「アンネローゼ姫も、なかなか怖いお人だと感じましたが」
「彼女は理性的で合理主義な人間だと思うがね。あの東の国の昔話も、我々に引き下がらせたいからした話だろうし」
「あぁ、……確かに、そうですね」
とても美しい王女だと思った。
じっと瞳を見詰められるとドキドキと胸が高鳴った。
彼女のアイスブルーの瞳は冷たそうなのに、一度にこやかに微笑むと温かく慈愛の籠った色に見えた。
「セルゲイ殿下も、この国の学園とやらに留学すれば良いのでは? 魔鉱石の事も、学べるかもしれませんよ?」
「……検討します」
すぐ帰国して留学の希望を出そうと、セルゲイは考えた。魔鉱石について学べれば重畳。
……恐らく、この国の第一王女とこれ以上懇意になるのは無理だろうな、そう思いながら。




