わたくしの、おねがいごと
遠い東の国の物語で……とても美しいお姫様のお話がありますのよ
そんな風に話し始めたら、アラゴン王国の王弟殿下もハザール・ハン国の王子殿下も耳を傾けてくれましたわ。
勿論、アスラーンもね。
そのお姫様は年頃になると、その美しさが国中はおろか、周辺諸国にまで轟き、彼女に求婚する貴族王族が列を成したとか。求婚者の皆様は誰も彼も甲乙つけ難く選べない。困った姫様は、求婚者にお願いごとをする事にしました。『わたくしの望むものを持ってきた方の元に嫁ぎましょう』とお約束して。
その姫が望んだのは、神の聖杯や、妖精の国の宝石で出来た木、伝説の獣の毛皮、ドラゴンの護る宝物、フェニックスの巣から海の貝を取って来るミッションもあったかしら。
このお話は、以前、お義姉様に聞いたのよね。昔過ぎて詳細を忘れちゃったわ。
「このお願い事、結果はどうなったと思います? アラゴン様?」
「さぁ。どうなるんだい? 神の聖杯なんて、手に入らないだろう?」
「お察しの通りですわ。用意できなかったので、適当な聖杯、適当な毛皮を持ち込んだ者たちは、嘘だと見破られて求婚を取り下げました。ドラゴンを探しに出た者は行方不明になり、フェニックスの巣を探しに出た者は高所から墜落して怪我を負いますわ。宝石で出来た木を姫に捧げた者は、制作者が制作費用の取り立てに来たので、妖精の国で取ってきたというお話が嘘だとバレて、大恥をかきました」
「おやおや、なんて滑稽な事だ。恥をかく前に逃げるか引き下がれば良かったものを!」
カラカラと朗らかに笑うアラゴン様。
「それでね、わたくしもその物語に興じて皆様方にお願いしたいの。どなたか、わたくしのお願いを叶えて頂けます?」
あれ? この流れはなんだ? と言った顔色でわたくしを見る、自称・婚約者候補のおふたり。公認婚約者候補はその薄い唇を片方上げてるわね。
「ハザール・ハン国の王子殿下。貴方へのお願いは……そうね、アラゴン王国の国王陛下の、首。それを私の前に持って来て下さいませ」
「え?!」
「アラゴン王国の王弟殿下には、ハザール・ハン国の国王陛下の首を所望しますわ。見事私の前に持って来て下さいませ」
「はぁ?」
ふたりは驚いた眼でわたくしを見た後、気まずそうにお互いを見る。
そうよね、下手な事は言えないわ。
ここが誰も居ない場ならば、或いは、相手国の者が目の前に居ないのなら、大言壮語も出来ましょう。
けれど肝心の相手がいる目の前で、その国の王の首を取って来ると宣言すれば、すなわち宣戦布告。開戦になってしまう。
ちゃんと考える頭があるのなら、迂闊なことは言えないわ。
お互いを見遣り、絶句する殿下たち。
「あら? 御二方、お顔の色が悪うございますわ。お返事は、如何に?」
頬に手を当てて小首を傾げれば、顔色悪く胡乱な瞳で見返されたわ。まるで悪魔でもご覧になりまして?
「はーーっはははははっ、君は、相変わらず、何を言い出すのか見当もつかない……」
腹を抱えて大笑いしたのは、今まで黙って話を聞いていたアスラーン・ミハイ・セルジューク。
「人が悪いというか、度胸があるというか、」
笑いが治まらないのか、肩が小刻みに揺れているわね。
「こちらのお二方は、君の豪胆さに肝が冷え、何も言えないようだ」
そう言いながら、わたくしの横に立ち、わたくしの髪を一房、持ち上げる。
「そのお役目、俺にくれないか? 愛しい姫の前に見事お目当ての首、揃えて捧げよう」
持ち上げた髪にキス。
わたくしを見下ろし、良い笑顔。
「なっ……!」
「君はっ!」
殿下方は青褪めているわ。
「我が国は、ほんの10年前まで内戦で揉めていた。軍備が増強したまま現在に至り、暴れ足りない奴らが五万といる。今すぐにでも開戦出来るぞ」
「それ、本気なの?」
「本気だとも。言っただろう? “俺はお前のモノだ”と。お前が命じるなら、いつでも、すぐにでも、俺は動く。お前の為なら国の一つや二つ、落としてみせるさ」
「アスラーン」
「さぁ、愛しい姫。俺に命じろ」
あぁ、もう。なんなの! そんなに良い笑顔で! 楽しくて楽しくて仕方ないって顔よっ!
「降参! 命じないわよ、そんな事。貴方、わたくしを傾国の美女にする気? そこまで愚かな女ではなくてよ?」
「じょ、冗談でしたか、王女殿下もお人が悪い!」
「そ、そうですよ! 仮にも友好国の王の首を、他の国の王子に所望する、なんて……」
まだ幾分青い顔のまま、アラゴン様とヴォロノフ様が言う。笑顔が引き攣ってますわね。
「そう? 友好国の王の首でなく、自国の王の首なら取れるの?」
「姫! ま、またそんなお戯れを!」
「取れない? 考えた事も、ない? 王族に生まれておきながら、トップに立つと夢想した事もない?」
王弟殿下と第二王子殿下。
考えた事など無かった、なんて言わないわよね? まだ年若いヴォロノフ様は兎も角、貴方様は?
わたくしはアラゴン様に視線を合わせた。
「それで?
どこまで夢想なさりました? 王位簒奪の手段は?
どれだけご自分の味方になってくれる貴族がいました?
それとも他国の手を借りる?
そして現状の王の治世とご自分が立った時との差をどうしました? 民はついてきましたか? 無条件に絶対歓迎されるだなんて夢想はしてませんよね? 民が望む事は平穏無事、これしかありませんよ。平時に乱を求める者に民は付いて来ませんわ。逆に乱れた治世だと言うのなら……乱世の雄、になれるかも?」
視線を合わせたまま、瞬きもせず見つめれば、彼はわたくしからその目を逸らせなくなる。彼の心の中で考えただろう事象を上げ連ねて問いかければ、アラゴン様は段々と蒼白な顔色になってしまったわ。
「アンネローゼ」
耳元でアスラーンの美声がしたと思ったら、後ろから抱きしめられるように腰に腕が回された。 見上げれば憮然とした表情のアスラーン。
「だーかーら、俺に言え、俺に。俺ならすぐにでも、王の首を取って来る」
「自国の王よ? 貴方のおとうさまよ?」
「構わん。お前が望むなら、取って来る。俺がティルク王に即位して、そのままこのシャティエルも取る」
「あぁん、もう! 弱い所を突くわね。それはご免被るわ」
「解ったら俺以外の男を誘惑するな」
「誘惑? してないわよ、そんな事!」
ドーーーーーーーーーン!!
突然の爆発音が鳴り響くと共に、空気が派手に振動した。始まったわ!




