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デビュタントの夜3

 

 舞踏会が始まるわ。

 わたくしはお兄様と共に王族専用の出入り口で待機する。

 本来は今回デビュタントする子たちが入場する専用入り口が設けられているから、そこへ行くべきなのでしょうけど、その列に並んでしまうと混乱の元だし、警備上も大変だし……で、わたくしは王族専用口を使うのですって。


 つくづく『王女』なんて普通ではないのね。

 ……そういえば、あの人は言ってたわね。わたくしを見て王女に対する認識が変わったって。ドレスと宝石と花と甘いお菓子しか知らない、だったかしら。それは物語の住人ではないの? それか、テュルク国では王女を甘やかしているからそうなっちゃうってだけでは? 思考を放棄したらすぐに老いて死ぬってお義姉様が仰ってるもの。まだ若いのに死にたくないわ。


「アンネローゼ」

 正面扉に目を向けたまま、お兄様がわたくしに話しかける。


「なぁに? お兄様」

  わたくしはお兄様を見上げる。


「お前は僕の自慢の妹だ。美しく聡明だ。聡明過ぎて…お前が我儘を言わないから逆に心配になる」

「我儘、言ってばかりですよ?」

 そのせいで放校処分者が二人も出たし。


「違う。お前は無理が通るギリギリを見極めて発言している。あの事件はお前には不可抗力だし、こちらでもっと早く対処すべき問題だった。あれは僕の不明だ」

 わたくしの預かり知らぬ所で、いつの間にか発展していたのは事実ですものねぇ。


「お前の結婚についても……希望を叶えられない。済まない」

 これは、わたくしの先程の発言、ルークお兄様が初恋だって話を受けてのお言葉なのかしら。


「王女は国の駒だと理解していますわ。でも……そうね、50以上離れたおじいちゃまの所に嫁げと言うのなら、反抗しようと思っていましたわ」

 今迄正面を向いていたお兄様が、ぎょっとしたようにわたくしを見遣る。


「や、流石にそれは……ないと思うぞ?」

『心外』って顔に書いてあるわね。お兄様ってば、こんなに素直に感情を表す方だったかしら?


「そうよね。お父様もお兄様もご自分の初恋を叶えた方達ですものね。嫁いだと思ったら次の日に未亡人になるようなお相手を、愛娘であるわたくしに勧めるような鬼畜だとは思っておりませんわ」

「アンネローゼ……」

 なんだか、段々お兄様のお顔の色が悪くなってくるわ。塩辛いモノを食べたようなお顔だこと。

 からかいが過ぎたかしら。


「お兄様たちのように、幼い頃からの付き合いで愛と信頼を育むような婚姻は叶いませんでしたが、お父様たちのように、同盟と信頼から愛情を育む事は出来るかもしれません。お兄様たちが選ぶお方ですもの、わたくしに否やはありませんわ」

 そう言えば、お兄様のお顔が泣きだしそうに歪む。


「お前は、嫁になんか行かなくてもいいんだぞ?」


 それは世の父親が嫁ぐ娘を前にして言う台詞らしいですよ? でも適齢期を過ぎて家に居ると、溜息をつかれてしまうのだとか。親という生き物は理不尽で構成されているのでしょうかね。もっとも、この方はわたくしの父親ではなく兄なのだけど。ほんと、年の離れた兄なんて厄介な存在ね。小さな父親みたいだわ。


「いいえ。わたくしを有益に使ってくださいませ?」


 わたくしがそう言ったのを合図にしたように、目の前の扉が開かれました。背後から『殿下方、お時間です』という侍従(ミュラー)の声がする。

 拍手と歓声と共に迎えられたわたくしたちは、何事もなかったような顔をして入場したのでした。



 ◇



 本日最初のダンスは、デビュタントの子たちだけで踊るので、お歴々の皆様の監視…いえ、温かい目で見守られながらダンスを始めます。

 それぞれのパートナーの手を取って、当然、わたくしもお兄様のリードに合わせて踊りましたわ。

 今回のデビュタントはわたくしも含めて3組。これは少ない数字なのかしら? それとも多いの?

 どうでもいい事を考えながら曲に合わせて踊る。

 お兄様のリードは流石の安定感ですね。

『どうでもいい事』をぼんやり考えながらでも、普通に踊れてしまうのだから。やっぱりリードが巧い方と踊ると自分まで巧いような錯覚が起きるわ。もしくは、わたくしがお兄様を完全に信頼しきって身体を預けているから、かもしれませんね。

 学園の授業では、こう上手くはいかなかったもの。ダンスも相手との信頼があってこそ、なのね。またひとつお勉強になったわ。

 お兄様の腕の中で踊っていて、ひとつ思い出した事があったわ。


「ねぇ、お兄様。わたくし、昔よくお兄様に抱っこをせがみましたよね? そして抱っこされるとそのまま寝てしまった。違います?」


「おや。思い出したのかい? そう、君は眠くなると必ず両手を広げて僕の前に立ち塞がって抱っこをせがんだなぁ……」


 くすくすと笑うお兄様。


「君は僕に絶対の信頼を示してくれた。愛おしくて堪らなかったよ」


 踊りながらも眠くなったのは昔の条件反射のせいよ。お兄様の首筋に額を擦り付けて、お兄様の耳たぶをくにくにと揉みながら寝落ちした事を思い出したせいよ。

 えぇ、絶対そう。決して朝早くから支度に手間取ったせいではないの……多分。



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