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デビュタントの夜1

 

 晩秋、というわりに温かい日の夕暮れ。

 わたくしは舞踏会に列席する為に王宮の舞踏会場に足を運びました。


 朝から戦場でしたわ……。遠い目になってしまうわたくしは根性無しなのかしら。いいえ、違うと思いたいわ。


 いつも学園に行くよりも早くに起こされて、朝から湯浴みよ?。

 頬に変な寝癖痕があるからって蒸しタオルや冷たいタオルを交互に受けて、その間、髪から足の爪先まで念入りに洗われ、香油でマッサージを受け、爪の先に色を塗り、顔のパックから腕のパック、手のパック、背中のパックまで……本当に全部に手入れを受けて……。疑問なのは、脚のマッサージよね。ドレスで隠れる部分にまで必要?ねぇ、それ必要な事? と訊きたかったわ。侍女たちの使命を帯びた真剣な顔を前にして、ついに訊けなかったけれど……。


 パック中は寝てたけど、それは許されるわよね? そうよね? わたくし、寝言もいびきも歯軋りも立ててないわよね? ……ね?


 そして髪を乾かしながら軽食のサンドウィッチとちょっとのフルーツを頂いて。

 化粧をして、髪を結いあげる。この複雑な形はわたくし一人では出来ないわね。

 真珠の飾りがそこかしこにつけられて、真珠でできたティアラが固定される。

 耳の上にはバラの花。お兄様の命で作られた品種『プリンセス・サラ』が飾られた。これって、薄いアイスブルーだから、わたくしの瞳の色と同じなの。

 次にドレスの着付け。

 ビスチェ型のコルセットはそれ程苦しくない。胸を寄せて上げて、いつもよりスタイル良くなったような錯覚を起こさせるわね。

 ペチコートの上に幾重にも重なったパニエ。ちょっと重いんじゃない? って言ったらクリノリンで嵩増しするともっと重いですよと忠告を受けた。はい、軽い方がいいです。学園の制服に慣れちゃったから、重いのは苦手よ。

 白いローブデコルテ(バルローベ)を最後に纏い、形を整える。

 首には大人しめの一連の真珠のネックレス。

 耳にも同じ真珠のピアス。金の細かな飾りが揺れる仕様になってるの。

 白い長手袋を最後に嵌めて、舞踏手帳を手首に下げて、扇子も持って、これで完成……完成、よね? もうこれ以上の重装備はごめんよ?


 それにしても


「よくこんなに真珠のお飾りが手に入ったわね」


 ティアラから髪飾りからネックレスにピアスまで。

 わたくしの持ち物目録にこんなに真珠のお品があったかしら? 真珠は海から取れる貝の中に偶然入っている宝石だと、本で読んだわ。


 侍女の一人がにっこり笑顔でわたくしに答える。


「殿下の求婚者からの貢ぎ物だと、伺っております」

「え」


 貢ぎ物。海から取れる宝石を貢ぐ人って、誰?

 海岸沿いにある国は……


 もしかして、アスラーン様?


 そうだったら、嬉しい。

 なんて、ちょっとだけ思ったの。ちょっとだけ、ね。



 今日は、デビュタントが行われる舞踏会に参加しなければならないからこの調子だったけど、普段はここまでみっちり身形を整える為に時間を使ったりしないわ。


 ……っていうか、夜会に参加する為には毎回この騒ぎになるのかしら。

 憂鬱だわぁ……。



 ◇



 夕刻、護衛の近衛騎士(キャサリン)に手を引かれながら、王宮の舞踏会場王族専用控室へと赴く。


「キャシー。キャシーのデビュタントの時は、誰がエスコートしてくれたの?」

「自分の時も兄が引き受けてくれましたよ」

「そうなの……お兄様がパートナーって子も、いない訳じゃないのよね」

「えぇ、そうですね」


 暫く黙って回廊を歩く。

 ふと、空に目を向けると、彼方の空から藍色の闇が押し寄せて夕暮れが迫って来ていた。鳥たちが連なって巣に帰る。


 今日はわたくしにとって特別な晩。

 デビュタントの夜。世間に向けてわたくしは大人だと宣言する夜。

 ……これからは公務も課せられるって事よね。……はぁ。



「キャシー」

「はい、殿下」

「今晩のわたくし、綺麗かしら」


  キャシーはわたくしを見ると優しく微笑んだ。


「先程も申し上げましたが、とてもお綺麗です。本日デビュタントを果たす令嬢の中で、殿下が一番美しいと思いますよ」

「思わず“愛してる、結婚して”って言っちゃうくらい?」

「殿下。自分がそう言ったら結婚してくださるのですか?」


 クスクスと笑うキャシー。動じてくれないから詰まらないわ。


「あのね、“愛してる”とか“好きだ”とか、言って欲しい人がいるの」


  キャシーの黒い瞳が続きを促す。


「でもね、言ってくれないの。意地悪な人なの」


 “求婚を受けて欲しい”とか、“我が妻になって欲しい”とか“俺の物になれ”とは言ってくれたけど。それって、わたくしが好きだから、じゃないの。

 わたくしが王女だから、利用価値があるから、欲しいのよね。

 わたくし個人を、王女だとか女神の愛し子だからとかを取っ払った、素のわたくしを愛してくれないかしら。


 これも王女(わたくし)の我儘なのかしら。


「意地悪、かどうかは存じませんが……それを言う資格を得ようと、努力をし続けている御仁を、自分は存じ上げておりますが」

「誰?」

「お名前を申し上げるのは禁じられておりますので」

「……禁じたのはお兄様? それともお父様?」

「あー」

「それも言うのも禁じられているの?! んもう、徹底してるわね!」


 本当にあの二人はっ!

 でも先月のあの夜、彼と会う事が出来て知った事がある。

 彼がちゃんと国を通してわたくしに縁談を申し込んでくれた事。

 ……嬉しかったんだから。


「殿下は……あー、その方の事、お好きなのですか?」

「んーー。まだはっきりとは分からないわ。だから、もっと知りたいの。知る為の時間が欲しいの。それくらい、許して欲しいわ」

「それは、つまり……デートしたり、一緒に遊びに行ったりしたい、という事でしょうか」

「でーと?」

「はい」

「一緒に遊びに行く?」

「はい」

「二人きりで、というのは無理よね」

「自分と二人、という事ならなんとか許可は下りるかと」

「……そうして出かけて、現地で先方と落ち合うって事? ……でも一日の終わりに最終報告はするわよね? どこで何して誰と会ったって言うわよね!」

「報告は絶対します」

「お兄様たちにバレた後が怖いわ」

「ですよね」





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