情報の遅い人
「貴女ね! 貴女のせいで、みんなが制服を着るようになったのね!」
ダンスの授業が始まる少し前に、糾弾されましたわ。今度は女生徒に。
わたくし、最近、糾弾され過ぎじゃあないかしら。
えぇと、基本状況を説明しますわ。
そもそも、ダンスレッスンは広い会場で行われるの。狭い場所では踊れないものね、ダンス専用のお部屋があるのよ。ここは一学年全員収容してもまだ余裕がある程広い、ダンス専用教室なの。
ダンスレッスンは週に2回、全クラス合同で行われ、今日の午前中まるまる使って行われる予定でした。わたくしたちがクラスメイトと共に、教室移動した所、先にダンスルームに居た淑女科クラスの……えぇと、なんていうお名前だったかしら……あぁ、そうそう。ヘーゼルナッツ色の、クライン嬢だわ。そのクライン嬢が、わたくしにツカツカと近寄ると、先程の言葉を高い声で叩き付けて来たわ。
えぇと。
この方、わたくしが誰だかご存知ない、という事よね?
先週末の事件も、ご存知ないって事かしら?
えぇと。
ざっと見回すと、淑女科クラスの制服着用率は……あら凄い。半分は制服を着ているじゃない。今迄100%ドレス着用だったのに。
それもこれもメルセデス様の扇動のお蔭かしらね。
でも全員が寮生って訳でもないから……。日曜のお休みの間に噂が噂を呼んでって感じだったのかもね。
「えぇと? まずは、改めて自己紹介してもいいかしら?」
わたくしの名前を聞いて、この糾弾を引き下げてくれないかしら。そう思ったのだけど。
「煩いわね! 誰も貴女の名前なんか訊いてないわ! わたくしが訊いているのは、貴女のせいで皆が制服を着始めたって事よ!」
聞く耳を持ってくれないわぁ……
「わたくしのせい、とは?」
「ちょっと綺麗だからっていい気になって! みんながみんな、貴女の真似をしている訳じゃあないのよっ」
貴女の後ろで制服を着用した淑女科の令嬢が、顔色を悪くして手を無意味に振っているわよ? あの娘は事情が分かっていそう……
「それにっ。先日はリュメルさまと、どんなお話をしたというのっ! 放課後わざわざ時間を取るなんて! 貴女、生意気なのよっ!」
やっぱり先週の出来事もご存知ないのねぇ……遠い目をしちゃうわぁ……
わたくしの隣でレオニーが「この人、バカなのね」って顔に書いてある……レオニーってば、そんな特殊能力があったのね。
ふと周りに目を向けると、専科クラスの面々は、「この人、情報遅い」「この人こそ生意気」「バカだ……バカがここにいる」と、顔に書いてあるわ。
みなさま、いつその特殊能力を入手したのかしら。
羨ましいわ。わたくしもその力が欲しいっ。
「それに今朝もっメルセデス様ばかりかアスラーン様まで謀ってっ! 一体全体、どういう了見なのっ!!」
あらまぁ。今朝、あの二人に挟まれて教室へ赴いた事もお怒りのポイント加算したのね。
どういう了見かは、あのお二人の方に伺って欲しいわ。
その時。
わたくしの前にさっと人影が立ち塞がり。
「遅くなり申し訳ありません」
近衛の制服姿のキャサリンが、わたくしの前に立ちました。
「まさか、一年の教室内で絡まれるとは思いませんでした」
ちらりとわたくしに目を向けながら言うキャサリン。今迄廊下に居たのね。でも教室内の騒ぎに気が付いて、慌てて入室したと。
「そうね。わたくしも想定外よ」
「え? 近衛の騎士さま?」
クライン嬢が目の前に現れた女性騎士に対して、目を丸くしています。良かった、この制服の意味はご存知だったのね。近衛が誰を守護する為の隊なのかもご存知だと有難いのだけど。
「いいえ。私は『主人に預かり物すら渡せない、その程度の無能なメイド』です。なのでメイドはクビになり、本来の職に戻りました。以後、お見知りおき下さいませ」
キャシーが淡々と告げ、軽く頭を下げます。
その『無能なメイド』って、確か先週の騒ぎの時、クライン嬢に言われた言葉よね。……もしかして根に持っていたのかしら。
クライン嬢はキャシーの顔を見詰めて、驚きの表情に変わりました。彼女が誰なのか、解ったようです。侍女のお仕着せと近衛の制服姿では、印象が雲泥の差でしょうしね。
「え……? じ、じゃぁ、あなた、は……」
今迄真っ赤なお顔でわたくしを糾弾していたクライン嬢が、見る見るうちに青褪めていきます。あぁ。人の話は最後まで聞くべきよねぇ。
「改めて、自己紹介させて頂きますね。
シャティエル国第一王女、アンネローゼ・フォン・ローリンゲンです。
あのですね、とりあえず、ご自分の意見ばかりでなく、人の意見も最後までちゃんと聞く事をお奨めしますわ。あと、わたくしのキャシーは無能ではなくてよ? むしろ有能だわ。主人に有害な物を目に入れないように排除していただけだから。それだけは訂正させてね?
わたくしは、貴女の言う通り、本当に何も知らないの。だから今迄通り、色々教えて下さると嬉しいわ。宜しくね」
「え……あ……あぁ……」
クライン嬢は、顔色を青くしていたかと思うと、震え、汗をかいて、次に目を剝いて――。
「「「「あ」」」」
気絶してばったり、倒れてしまいました。
◇
後ほど、わたくしの耳に入って来た情報によると、気絶した彼女はそのまま王都にある自邸に早退し、そのまま一ヵ月、自邸謹慎を自主的になさったそうです。
その間に、王宮のわたくし宛てに手紙が届きました。ちゃんとわたくしの手元に届いたその内容は、手紙というより、反省文でしたね。
どうやら彼女は一年留年したせいで、今迄クラスメイトだった現2年生とは疎遠になっており、現在のクラスメイトとは親しく会話を交わす間柄でもなく、その上寮生でもないので、新しいニュースに疎くなってしまったらしいの。
毎日一通、便箋に10枚びっしり書かれた反省の言葉の数々に、わたくしの方が先に参ってしまい、お父様を通して学園長先生から学園復帰要請をした(勿論、わたくしからも手紙を送ったわよ)のだけど、彼女は自邸謹慎を解かず、復帰したのはきっちり一か月後だったわ。
一ヵ月の間に反省文だったお手紙は、徐々に枚数が少なくなり、ちゃんとした時候の挨拶のある普通のお手紙に変容して行き、わたくしとは文通友だちになったの。
そして、一ヵ月後の復帰時には痩せて人相も変わり、なんだか厳かできりっとした修道女のような雰囲気になっていて、とてもびっくりしたわ。人って、変わるものなのねぇ。
復帰した時のクライン嬢は制服着用してました。




