王女宮にて3
晴れ晴れとした、とてもいい笑顔で勝鬨を上げていたお義姉様が、くるりんとわたくしに向き合って下さいました。
やっと、こちらの世界に帰って来てくれたようです。ホッとしますわ。
「だからローゼちゃんは、もうピンクブロンドの脅威に怯える必要などないわ!! 自由に恋愛もできるわよっ」
「「それは許さんっ「ダメだっ」」
お義姉様のお言葉に返した、お父様とお兄様の叫びが微妙にズレたわね。お義姉さまのお言葉は、『神の啓示』だったのでは?
「自由恋愛? ローゼにはそんな物必要ないっ!」
お父様……
「アンネローゼはまだ子どもだっ! 子どもに恋愛など不要! 今は勉学に励む時だっ!」
お兄様……異口同音、ですわねぇ。
「そうですねぇ。わたくしがこの国に嫁いで来たのは、17の時でしたわ。今まで絵姿でしか見た事のなかったオスカー様ご本人にお会いして、一目で恋に落ちました。ローゼも来年は17才。その頃なら恋愛をしても良いのではなくて?」
穏やかに微笑むお母様のおっとりとした声に、お父様は二の句が継げないご様子で黙ってしまいました。
「私がヘル様に初めてお会いしたのは12才の時でしたねぇ。まだ子どもでしたが、私がヘル様に抱いた気持ちは、何だったのでしょう? ……恋では、無かったのかしら? ねぇ? ヘル様」
にっこり笑顔で首を傾げるお義姉様は、2人の子持ちだというのに、大変可愛らしい風情です。そんな愛妻の言葉に、お兄様も沈黙してしまいました。
どうやら子どもでも恋愛は出来るみたいですね(笑)
もっとも、恋愛は相手がいないと出来ませんがね。
「えーと。でも、実際問題として、ティルク国から正式な縁組の打診が来たら、どうなるのでしょうか? かの国は、必ず魔鉱石の輸入について言及してくるでしょう? かの国にだけ輸入数を増やす訳にはいきませんし」
そう問いかけたら。
お父様もお兄様も。
お母様もお義姉様も。
皆、一様に奇妙なお顔でわたくしを凝視します。
「お前の、嫁入りの話、だぞ?」と、お父様。
「えぇ。ですから、魔鉱石の輸入数を今より増やせと要求されるのではありませんか?」
わたくし、間違った事を訊いたのかしら?
「求婚なさった……あぁ、なんて言ったかしら? テュルク国の……」
「セルジューク様?」
「そうそう! そのセルジューク様については、アンネローゼは、どう、思ったのかしら?」
お母様が優しく、でも瞳をキラキラと輝かせて訊いてきます。
「どうもこうも。今日初めてお会いした方なので、特には何も」
「何も! どうと言う者でも無い、特に何も感じないっ。そう言いたいんだね、アンネローゼ!」
何故かお兄様が満面の笑みでわたくしに問い掛けています。
「はい」
そうですね。初めて会った方、ですもの。
背の高い方。オレンジ頭の従者さんの方が、お背が高かったけど。
首の後ろでひとつに縛った亜麻色の長い髪が風に揺れていた。
日に焼けた肌。
印象的だったのは、その深い森の色をした瞳。そこに覆いかぶさる亜麻色の長い睫毛。
通った鼻筋。
薄い唇。
綺麗な線の顎。
何故か、心に残ったけれど。
後は知らない。
どんな方なの? いつもは何をしているの?
何を思ってわたくしに求婚したの?
わたくしの言葉に大笑いした真意は何?
「ローゼちゃん。まだ、テュルク国から正式な申し込みは来ていないわ。もしかしたら、来ないかも知れない。だから、政治的な思惑まで絡めて悩む事はないのよ? 今はまだ。ね?」
お義姉様のこのお言葉で今夜は解散になり、わたくしはやっと床に就く事が出来ました。
ただ。
わたくしの王女宮からご自分たちの宮へと引き上げる道々、両親と兄夫婦で簡易会談を開いていたそうです。
回廊のド真ん中で。
「娘の結婚は出来る限り、引き延ばす」
「正式結論を出すのを遅らせましょうか」
「せめて、学園卒業までは嫁にはやらん」
「この国の婚姻可能年齢を18才以上だと、法律で制定したら如何?」
「この国の流儀に則って求婚するというのなら、その“流儀”を改めて作ろう!」
「最終的には、本人をその気にさせる事を条件にしたらいかがでしょうか? あの子、恋愛オンチな気がありますよ」
「だからと言って、ベッドに引き摺り込まれたりしたら!!」
「そんな事するの、貴方くらいじゃありませんの?」
「それはダメだっ。却下だ!」
「お前は婚姻まで耐えたものな! よく耐えた! さすがだ我が息子よっ!」
夜とはいえ、人通りのある回廊で展開され、段々と白熱する会話に、口を挟む事も出来ずオロオロと見守る使用人たち。その中から、颯爽と現れた王宮統括侍女のヘレンが一喝し、やっと各自、宮に戻ったのだそうです。
まったく。わたくしの保護者たちは、一体何をしているのでしょうかねぇ。




