その夜の女子寮では
第三者目線です。
その日の夜、王立学園の女子寮では、今までに無い集まりで盛り上がっていた。食堂にはドレス組も制服組も関係なく、いつまでも寮生が残り、お喋りに花を咲かせ続ける。
話題は、赤毛とピンクブロンドの決闘騒ぎからの、ピンクブロンドのアンネローゼ王女(王女が入学していた事も!)への懸想が明るみになった件に、大学部の研究室に居るはずのベッケンバウアー公爵令息(あの有名な天才少年博士はハンサムだった!)の登場と、その後に派手に行われた留学生、アスラーン・ミハイ・セルジュークの公開求婚と、話題はあちこちに飛びつつ盛り沢山で、白熱する一方。誰もが正しい情報を欲しがり、一年専科クラスの女生徒は質問攻めに合っていた。
「それで? 結局、リュメル様の罪とは、何なの? 誰も聞いていないの?」
その問いは2年生からのものだった。
彼女たちにとって、ノア・フォン・リュメルとケビン・フォン・クスナーは憧れの的であった。去年の剣術大会で、並みいる上級生たちの中を勝ち抜き、準決勝、決勝と勝ち進んだ姿は彼女たちの記憶に新しい。
今まで姦しかった食堂が急に静まり返った。
「ベッケンバウアー公子のお怒りは、とても凄まじくて……誰も、重ねて詳細を問い質せませんでした……」
あの場に居たレオニーは、自分の腕を摩った。公子に感じた恐怖を思い出し、寒気がしたのだ。
彼は常に穏やかな笑顔をみせていたが、纏う雰囲気が氷の刃を含んでいた。それは自分たち一年専科クラスの者に向けたものではなかったが、それでも恐ろしかったのだ。
「なんでも、リュメル様は王女殿下にお手紙を頻繁に送っていたようですけど……」
「あ、それがですね先輩! ちょっと猟奇的? なんですよ、聞いて下さいよ!」
「あぁ、先輩たちの中ではあのピンク頭さん、は、憧れの的、なんですか? それ、私たち1年生には、なんていうか……」
「ねぇ……」
「「「信じられないんですよ、あんな気持ち悪い人!」」」
「気持ち悪い?」
「いや、ご容姿はーー、お美しい、とは思いますよ? ですが……」
「ここはちゃんと説明して解って貰った方がいいよ?」
「そうだね、――発端は、6日にピンクさんからお手紙を一通貰った事、です。そこから始まります。その手紙は教室で、この私、レオニーナ・フォン・シャルトッテがお預かりしました。その手紙はすぐさまローゼの専属侍女の方にお渡ししました」
「で、その後、我々一年専科クラスは、度々ピンクの姿を目撃しているのです。教室をうかがう、思いっきり不審者な姿の!」
「物陰に隠れて、そーーーっとうかがっているんですよ。でもあの派手な容姿でしょう? 全然っ隠れていなくて、かえって不審! になったんです」
「みんなあの頃は、“誰?” “さぁ? 2年生だよね?”くらいだったんですがね」
「次に手紙を持って来たのが10日です。これは私、ソフィー・フォン・グートシュタインがお預かりしました! やっぱり侍女様にお渡ししました!」
「で、次が14日の朝、ローゼ様の机の上に手紙が一通ありまして、これもすぐに侍女様が回収していきました。ローゼ様が教室に入る直前の出来事でした。そしてお昼休憩を挟んで、教室に戻ったら、またしてもローゼ様の机の上に」
「一日、2通?」
「そうです! もっとも、ローゼ様の目に触れる前に回収されているので、ローゼ様は手紙があった事すらご存じありません」
「で、17日の朝、またしても机の上にあって……」
「その日はアイリスが手紙を受け取ったんだよね? あれ? アイリスは?」
「あの子、王都にある親戚の家に行ったわよ。その親戚が王宮勤めなんですって! 詳しい話を聞けるかもって言ってたわ」
「あぁ、議会で問題視されてるんだもんね」
「ちょっと! お手紙の話の続きをなさい!」
「あぁ、すみません、えぇと、17日には、計3通の手紙が来たんです」
「机の上に置いてあったのが2通、クラスメイトに手渡しが1通」
「ここまでで、計7通、お手紙があったんです」
「でも全部、ローゼに直接渡す事はなかった。全部、机の上に置いておくか、他の女生徒を介しての手紙なんです」
「男らしくないって思いませんか? ローゼ様はすぐそこに居るんですよ? 直接渡せって思いません?」
「こそこそ覗き見はしてるのにね!」
「ね! 気持ち悪いって思いませんか?」
2年生たちはお互いの顔を見比べ、気まずそうにする。
「で、次に手紙を見つけたのは……」
「侍女のキャサリンさまが、ロッカーから回収していくのを男子生徒が目撃しています。多分、あれもピンクが送り主かと……日付の確認はしてないけど」
「ロッカー? 個人用の、私物入れの?」
「あれって、鍵付きじゃぁ……」
「はい、鍵付きのはずですよね、でもそこにも入っていたんです」
「そこでは計4通、確認されています」
またしても食堂が静まり返った。
「そ、それは……気持ち悪いって思うのも当然、だわね……」
腕をさすりながら3年生が言う。
「19日に、もう1通あったのかな。置き去り方式のが」
「うん。で、今日20日のあのカフェテリアでのクズナー襲撃事件!」
「ちょっと、クズナーってなによ」
「ローゼさまがそう呼ぶから」
「くずよ。すぐ偉そうに怒鳴って威嚇して来るんだもん」
「手紙の内容は判りません。ですが、そのクズナーの言動から、王女殿下であるアンネローゼさまを呼び出したものだと、推測されます。たびたび殿下を呼び出そうとするなんて、不敬だ! と議会で問題視されても可笑しくはないと思います」
「それだけじゃあ、無かったんでしょう?」
「恐らく。ベッケンバウワー公子のお怒りを思うと……」
「手紙の内容を言ってもいいけど、すぐに忘れたい程おぞましい内容だったと……あれは、とてもお怒りでした……」
「……なになに? 何故こんなに食堂に人がいるの?」
「アイリス! おかえり!」
「なにか新しい情報はあった?」
「あぁ、皆さま、情報交換なさっているのね。
ううん。たいした事は聞けなかったわ。ただ、私の従兄が議会の書記を務めていてね。アンネローゼ王女殿下の学園登園についての是非が問題になってる、とは聞いたわ。一人の男子学生が暴走したせいだから、そいつを退学処分にしろって意見もあるとか」
「男子学生の暴走……」
「手紙の内容って聞けた?」
「それが……すっごい嫌ーーーーな顔して“女の子に伝える内容じゃない”って、言われたわ」
「女の子には、言えない、内容……」
「怖いわね……」
話しをしていた上級生も下級生も、聞き耳を立てていただけの寮生も。だれもがそれぞれの最悪を想像し、黙り込んでしまった。
「あら。みなさま御機嫌よう。お邪魔するわね。寮生会議の真っ最中かしら?」
華やかな声と共に、その場に登場したのは、メルセデス・フォン・エーデルシュタイン伯爵令嬢だった。そして驚くべき事に、
「メルセデス様! そのお姿は!」
なんと、彼女は制服を着ていたのだ!
「うふふ。ご覧になって? わたくしにもなかなか似合ってるでしょう?」
あっけにとられる同級生に制服姿を見せてはしゃぐメルセデス嬢。
「この制服って、実に着心地がいいの! 一人で脱ぎ着も出来るのよ! 凄いわよね! 知らなかったわ、この二年間わたくし損をしていたわ。
このリボンが赤の時も緑の時も、無視していたのは、わたくしの罪……。でも黄色のリボンでもいいの。この一年、これを着て学園生活を楽しみますわ。皆様もぜひっご一緒にいかが? この制服、王女殿下がデザインなさったのよ? 着ないなんて、王家に対して反逆の意思があると思われるかもしれなくてよ?」
今まで着ていなかった事をすっかり水に流しての発言である。
「あぁ、ローゼが言ってましたね。制服のデザインは王太子妃殿下と共に決められたとか」
「「「「「王太子妃殿下!?」」」」」
「はい。一緒に決めたのだと言ってました。だから我々は誇りを持って、この制服を着用しています。妃殿下と王女殿下が一生懸命に考えて下さったデザインですから。そしてローゼも一緒に着てくださってる」
「そうなのよね、王女殿下とお揃いの制服ですもの、着ないなんて損です!」
「王女殿下と、お揃い……なんでしょう、素敵な響きだわ……」
「お揃い……素敵……」
「でも、毎日同じお衣装を着るなんて……」
「あら! それなら同じ制服を何着もお作りになればよろしいのよ!」
メルセデス嬢が明るい声で提案する。
「ご自分のお家の出入り商会に任せて、同じデザインの制服を何着もお作りになったらいいのですわ!」
「え? そんな事、勝手にしてもいいのでしょうか? デザインの窃盗とか、言われませんか? 妃殿下のデザインですよ?」
「そこはそれ、商会同士に任せなさいよ。方法はあるはずよ? 但し、支給されるものより高いお値段になるかもしれないけど」
こうして、第一回女子寮、寮生会議はゲストも交え、夜遅くまで続いた。
翌週からの学園内は、圧倒的に制服組が数を増す事態になるのだった。
同じ制服…で思い出すのはパタリ〇8世殿下