決闘騒ぎ2
何故、わたくしがこの決闘を止めたいのか。
いいえ。
別に止めたくはないわ。
どちらかが怪我をしても、ぶっちゃけ、最悪死んだとしても構わないわ。
わたくしはね。
でもわたくしは、あの二人と話がしたいの。
その為に、今日の放課後に時間と場所を取ったの。
わたくし、暇な訳じゃないのよ、本音を言えば忙しいの。
そのわたくしが予定を変更して彼らと対談したかった訳は。
あの赤毛に物申したい。
わたくしに抗議する前に、あなたの親友を止めろと。親友の眼を覚まさせろ、と。
ピンクブロンドにも物申したい。
手紙送るな。鬱陶しい。言いたい事があるなら直接言え、と。
わたくしの身分を話して聞かせれば一発解決! って思ったのにっ!
だから講義室から離れた応接室を押さえたのに!
騒動にしたくなかったから!
それが逆にこんな大きな騒動になるなんて、想定外も甚だしいわ!
かなりの人だかりが出来ているのよ?
正確な人数は解らないけど。
なるほど、ピンクブロンドというのは、女であれ男であれ、揉め事を作る天才なのですね、お義姉様! 暗殺者でも好敵手でも工作員でもなかったけど、トラブルメイカーなのは間違いないわっ。
どうしよう。ピンクブロンドに対する偏見に違いないのに、偏見ではなくこの世の真理な気がしてきたわ。
ここで膠着状態の決闘の行方をのんびり待っているのも業腹よ。
わたくし、忙しいんだから!
だからさっさと終わって欲しい。
誰かが止めてくれるなら、それでも良い。
でも止めてくれそうな騎士団の隊長はのんびり見守っているし、彼がその調子なら先生も期待出来ないし。
ここで止めに入るのは無粋って事になるわよねぇ。
あぁん、もう、じれったいわ!
空気の読めない王女として突進して止めちゃおうかしら。
いいえ、それはダメ。
王女として、なんて最悪だわ。そんなに目立ちたくないわ。目立つのはわたくしの本意ではないの! わたくしはひっそりと静かな学園ライフを送ると決めたのだからっ! たとえそれが秋のデビュタント迄の短い期間だとしても!
あぁ! まったく!イライラするっ!!!
イライラしたわたくしが思わず鳴らした踵の音が、思ったよりもはっきりと場に響き渡り。
勝負は一瞬だった。
踵の音が響いたその僅かな瞬間を合図とするかのように、赤毛がレイピアを突いた。ピンクブロンドがダッキングしてそれを躱し、距離を詰め、彼の持つレイピアが赤毛のそれを弾き、叩き落としていた。
キィィィンと澄んだ音を立てて、手から弾き飛ばされたレイピアが地面に刺さった。
「勝負あり! 勝者、ノア・フォン・リュメル!」
審判の高らかな宣言。
同時に沸き起こる歓声。
拍手して見守る騎士隊長。……あいつ、減俸処分にしてやろうかしら……いけない、これは私怨ね。
それにしても。
「戦闘不能」になったら決着、というルールだったのね。決闘、というより剣術勝負と言った方が正しくないかしら。
随分と甘いルールな気もするけど、学園で人死が出ても困るし、剣術勝負ならアリだろうし、そもそも剣も握れないわたくしが論ずるものではないわね。
がっくりと肩を落とす赤毛。
ピンクブロンドは大きく深呼吸して、やっとレイピアを手から離し。
赤毛に近づき、彼の肩を軽く数度叩いた。
“お互いよくやった”的な?
はしゃぐ騎士科の学生らしき面々に囲まれる二人。
はて。
わたくしは何を見させられているのかしら。
なんとなく白けた気分で彼らを見守っていたら。
騎士科の誰かがピンクブロンドに何かを言って。
彼が弾ける様に振り返って、わたくしの方を見た。
一瞬、目を見開いた彼は、それこそ花が恥じらうようないい笑顔をわたくしに向けた。
そして一歩一歩、わたくしに向かって……。
え?
わたくしを目当てに歩いて来るの? なんでそんなに良い笑顔なの? 彼、顔はいいのよ。可愛い顔してると思うの。ただ、残念ながら、わたくしの好みでは無いだけで。わたくし、もっと男っぽい顔の方が好みよ。
あら?
もしかしたら、ピンクブロンドの彼はわたくしに告白しようとしてる? そういう流れじゃない? 決闘を制して告白権を得た、みたいな。強敵を叩き伏せて、愛する姫君に近づく勇者、みたいな図ではなくて?
だって強敵と書いて友と読むってお義姉様が仰っていたし! 彼が下したのは親友の赤毛だし!
百歩譲って告白自体は構わないけど、その告白、今やらないとダメ? 決闘を見守っていた面々がまだいるのよ? この衆人環視の中でやるの? 騎士隊長もいるのよ? 公式記録になってしまうわよ?! 王女に告白なんて、議会に取沙汰されてしまうわ!
それに恥をかくとか、思わないの?
100% 断られるのに?
わたくしは断るわよ? 当然よね?
いいえ、断られるなんて、想定していないのかもしれないわ。
アイドルさん、だから。自分が告白したら受け入れられて当然! と思っているのかも。ヘーゼルナッツ色のクライン嬢が言っていたわね。“女生徒全員、彼らとお付き合いしたいと思っている”って。レオニーは速攻で否定していたけど。残念ながら、その定義だとわたくしとレオニーは女生徒ではないって事になるのね。
などと考えていたら。
わたくしの前を黒の背中と青と金の背中がさっと立ち塞がった。
黒は、黒い侍女のお仕着せを着たキャシー。わたくしの護衛、キャサリン・フォン・ファルケ。
青は、青いドレスを着た金髪縦ロールのメルセデス様。メルセデス・フォン・エーデルシュタイン伯爵令嬢。
この二人が、わたくしを守るように、ピンクブロンドの前に立ち塞がったのでした。
助さん格さん登場