第三話・『新世界』
既視感が視界を歪ませる。やっぱ来るんじゃなかった、という後悔が俺を襲った。かつて一度だけやった名も知らぬPCゲーム。あまりにも似すぎている。
石を積み上げた壁に囲まれた城塞都市。その街の中心部に俺は来てしまったらしかった。
石とレンガで統一された町並みに、目立つのは花の多さだ。草木が所狭しと植えられ、石畳の隙間からも小さな花が顔をのぞかせている。
見上げると、一面の青空に、そびえ立つ灰色の城――。
「所詮、ゲームなんてどこも同じような風景か。それにしても、広い……」
試しに両手をグーパーしてみる。伝わるのは手の感触。あまりにリアルすぎてここがゲームの中の世界であることを忘れてしまいそうだ。
そう、忘れてしまいそう……。
「あ」
そこで俺はようやく気がついた。俺が今着ているのは焦げ茶色のパーカーと、黒っぽく煤けたジーンズ。周りの人たちが着ているのは、青や赤などはっきりした色を基調にしたヨーロッパ風の服。しかし、写真でも見たことがないような独特の模様である。見た目も、緑色や紫色など欧米でもあまり見かけないような髪色をしている。
たまに頭にターバンみたいなものを巻いている商人っぽい人はいるが、現代日本人の服装をしている人は見つからない。
つまり、俺は間違いなく浮いている。
この花だらけの街の中心、金融機関のような場所に人が数人入っていく。皆この世界の貨幣のようなものを持って入っていくので、銀行のようなところなのだろう。誰もが脇に立つ俺を一瞥し、怪訝そうな顔をするが、それだけだ。
いたたまれなくなって場所を変えようと試みたが、目をぎらぎらと光らせた門番がいるので怪しまれそうだ。あまり好意的ではない視線を浴びているこの状況で、騒ぎは起こしたくない。
「身動き取れないな……。どうするか」
パーカーのフードを被ってここから離れようとしても、ほぼ間違いなく見つかる。
どうすれば、門番に気づかれないように動ける。
どうすれば。
「こりゃ詰んだな」
思わず顔をしかめた、そのとき。
「――お困りですか」
背後から、知らない誰かの声。
「うわっ‼ 大きな声出したら気づかれ……」
その人物は、背の低い少女だった。髪の色は、世にも美しい金髪。二つの三編みにして左右に垂らしている。瞳の色は、深海の色を思わせる青色。碧眼、とも言えるだろうか。
年齢は……朱里より下か。少し幼く見える。
少なくても、初対面なのにわざわざ声をかけてくれた時点で俺には彼女が天使のように見えた。
「お困りですか」
「まあ少し」
実際には別に少しでもないのだが、つい強がってしまう。しかし少女の方は、それさえ全て見透かしているように見えてならない。それほど、彼女の眼光は鋭かった。
「では着いてきなさい」
少女の双眼が、俺をまっすぐ見据えた。慌ててうなずく。
「デュカルス、今日の業務は終了で。鍵を締めてリコリスに戻ってきなさい」
少女は先ほどの門番に歩み寄ると、毅然とした態度で命令した。
リコリス。地名だろうか。
「はっ、畏まりました」
門番の方は、重そうな甲冑を動かして敬礼する。身長差は数十センチあるに違いないのに、少女は鍵を門番に握らせて颯爽と戻ってきた。
「行きますよ」
門番は少女の部下らしい。
「あの、助けてくれて、どうもありが……」
「別に助けたわけではありません。リュカの気が向いたというだけです」
ぴしゃりとお礼を拒絶される。
親切にしてもらったと思っていたので、衝撃的だった。
塩対応、というのだったか。
そして、わかったことがひとつ。
どうやら、少女はリュカと言うらしい。