第一話・『ヒガンバナ』
ゲームなんて、ましてやVRMMORPGだなんて、くだらない。
猫も杓子も、何故そんなものに夢中になっているんだか。
そう思っていた。
――転生して、三年前に死んだ妹と再会するまでは。
※※※
俺――砂野雫希は、高校三年生の冬である受験シーズン真っ盛り、しかも雪の降るホワイトクリスマスというウルトラロマンティックな日に、トラックに撥ねられて死んだらしい。
というのが俺の今の認識である。「らしい」というのは、撥ねられた時は衝撃は感じたものの痛みは全く感じず、すぐによく解らない浮遊感に襲われ、そして……
気づいたら、ここにいたからである。
「何なんだ、これ……」
俺は思わず呟いた。誰もいない空間で、たった一言。
※※※
俺の周りでは昔から不幸な事ばかりが起きる。二歳の誕生月、初めての従妹との面会では、直前に訃報がやって来た。
俺の父親が、まだ一歳だった従妹とその両親(俺にとっては伯父、伯母にあたる)を家まで迎えに行き、父の運転する車が、後方からぶつかってきた車によって横転した、というのが後に俺が伝えられた事故の内容だ。
従妹の両親に加え、俺の父親も、迎えに行ったきり帰ってくることはなかった。俺も幼かったので、もちろん言葉を交わした記憶はないが、もともと口数の少ない人だったらしい。
――そして、従妹は奇跡的に外に投げ出され、助かった。
その後、相手の運転手の飲酒運転が報じられ、母親が従妹を引き取った。つまり、従妹は俺の妹になったわけだ。
もちろん俺はそんな昔のことなど憶えていないので、俺たちは本当の兄妹のように充実した幼少期を過ごした。
二歳になってできた、一つ下の妹の名は、大宮朱里……
砂野朱里といった。
俺たちの家系は、代々理系の天才を生み出してきたらしい。
俺の父親、砂野修一は、有名なプログラマーだった。それに加え、最先端技術の研究の第一線で活躍する研究者でもあった。
しかし、その理系の才能は俺の方にはあまり来なかったらしい。その才能を一身に引き継いだのは朱里だった。
朱里は幼い頃から才能を開花させ、気づけば大人でも悩むような問題をどんどん解いていた。周りからの期待が朱里に集まるのは当然のことだ。
もともと父親が有名人だったという事もあり、大分プレッシャーを感じていたが、優秀な妹にも劣等感を抱いていなかったと言えば嘘になる。
それでも、俺たち二人は良好な兄妹関係を築いていた。
光が当たると赤く見える髪の朱里と、青く見える髪の俺――雫希。
いつまでも、そんな二人の関係が続くと信じて疑っていなかった。
朱里が大人たちの期待を受けていくと同時に、俺への期待はどんどん小さくなっていった。それも当然だろう。天才の娘は天才でも、天才の真の息子は天才ではなかったのだから。
しかし、俺は焦った。自分の存在意義を見つけるために、ひたすらに勉強した。
小学校の漢字の小テストで百点を取り続ければ。定期テストで学年一位を取れば。全国模試で三桁に入れば。更には、二桁に入れば――。
天才にはなれなくても、努力すれば秀才にはなれる。
そうしたら、天才である朱里の隣に堂々と立てる、そう思った。
しかし。
確かに、秀才にはなれた。大人の期待も集まった。
しかし、肝心の朱里が、天才ではなくなったのだ。
確か、中学二年生の時……朱里が、中学校に入学した年の夏だったと思う。
朱里は、ある日パタリと勉強をやめた。あんなに学ぶことが楽しくて仕方がなさそうだったのに、ゲームに没頭するようになったのだ。
俺はゲームを嫌み嫌っていたので、朱里と一緒に遊ぶことはなくなった。
俺がゲームを嫌っていた理由はただ一つ、俺の比較対象が父親になっていたことの発端だからだ。
有名なプログラマーで、未来のVRMMORPG開発者候補として期待されていた砂野修一と、惨めな自分を、ゲームというレンズを通して比べられるのが嫌だった。
また、成績優秀、頭脳明晰、正真正銘の天才だった妹と、同じように比べられるのも嫌だったのだ。
……何故、朱里が急にゲームを始めたのかは、未だにわからない。
ただ、これだけは言える。あの日から、俺たちの運命は変わりだしたのだ、と。
その翌年、中学三年生の夏。朱里が、中学二年生になった年の夏だった。
かの有名なプログラマー、故・砂野修一の遺したプログラムが見つかった、というニュースが全国で大きく報じられた。どこで見つかったのかは明らかになっていないが、恐らく研究所跡でしょう、と誰かが言っていた。
プログラムと一緒に、フルダイブ型VRMMORPG専用のVRデバイスが発見された。ヘルメットのように被って仮想世界にフルダイブできるらしい。
そして肝心のプログラムは、世界初の、VRMMORPG――《ファースト・ファンタジア・オンライン》、略して《FFO》のベータ版だった。
※※※
――全くくだらない。
これが、そのニュースを見て当時の俺が思ったことだった。
「《FFO》β」とプリントされたVRデバイス《メモリア》を見ても、横たわって冷たくなった妹——砂田朱里を見ても、その感想は、変わらなかった。
そして、今、俺は。
あの時と同じ、忌々しいロゴが刻み込まれた呪いのVRデバイス《メモリア》に、もう一度対面している。