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【第一回】SSコン 〜明後日〜

【SSコン:明後日】雲

作者: umiusi

 僕は目を覚ました。ベットから這い出て起き抜けに大きく伸びをする。覚め切らない頭のまま洗面台へ向かい、歯を磨き、顔を洗い、服を着替え、朝食をとり空腹を満たす。


 


 僕は日めくりカレンダーの前に立った。カレンダーには二十一日の文字。ページを破き二十日に変わるのを確認したら椅子にだらしなくもたれる。




「こうしていられるのもあと二日か」


 


 僕は明後日一つ歳をとる。そして、雲になる。雲になって東の空へ飛んでゆきほかの雲と混ざり合う。


 


 人類は今から十五年前に不可解な現象に直面した。年月の逆行だ。時間の逆行ではない、時間は正しく一秒から二秒へ流れている。しかし年月は二日から一日へ一日から三十一日へ逆行を起こしたのだ。やっかいなのが年月の逆行によって自分の誕生日時を過ぎると人は雲になってしまう。この現象は学者たちの頭を悩ませた。どんな手を使っても人間の雲化は止められなかった。いまだに何故年月は逆行したのか、何故雲になってしまうのか明確な答えはない。人類はそのうち逆行と雲化にあがくことよりも残された時間を大切に使うようになっていた。


 


 僕は少しの間ただ天井を見つめていた。どこからか鳥のさえずりが聞えてくる。雲化は人間以外の生物には見られなかった。なぜなんだろう、なぜ人間だけ雲になるんだ。僕は何万回と解こうとした難題にもう一度挑んだ。しかし、答えは出ない。出るはずがない。そもそも雲化の原理がわからないのに。


 


 僕は視線を天井から壁掛け時計に移した。時計は七時を打っている。いかなきゃな、僕は椅子から体を起こして支度し家を出た。




   道を行き、坂を下り、人とすれ違って挨拶し、また道を行く。


 


 目的の店が見えてきた。その店は二十年前からある西洋料理店で、僕は街に来てからずっとここで働いている。店のドアを開けようと取っ手を握ったとき、頭上を雲が通った。一瞬日が陰ってまたすぐに戻った。雲は東に向かってぐんぐん進みいずれ見えなくなっていった。




「こんな早く来なくてもいいんだよ」




 店に入ると店長にそう言われた。


 店長は撫肩に細面の初老の男性で腕のいい料理人だ。




「これが最後ですし、仕込み手伝いますよ」


「じゃあ野菜切るの手伝ってくれ」




 店長の手伝いをしているうち開店時間の十一時になっていた。




「それじゃ配置について」




 店長の張りの効いた声が店内に響いた。


 (僕がカウンターで接客をし店長が厨房を担当する)


 


 店のドアが勢い良く開きスーツ姿の男が入ってきた。彼は僕と同い年の常連客の一人で、毎回誰よりも早くやって来る。




「やぁやぁ今日で最後だから、いつもより更に早くきたよ」




 彼は息を切らしていて額には汗がついていた。


 僕の前の席に座って




「いつもの頼む」


 (彼は毎回オレンジジュースとアヒージョを頼む)




「どうぞ」




 彼が言い切ると同時にオレンジジュースを出した。




「いやぁ明後日なんだろ。雲になるの」




「そうなんだよね。そっちは今日の十四時でしょ」




 彼と僕は客と店員というより友人同士に近い関係だ。




「そうこれが最後の晩餐だよ……あぁ違う昼食だ、最後の昼食だ」




 店長が料理を運んできて彼はそれをいつものペースでいつものように食べきった。


 時計は十二時。




「変わらずの味だよ。これはいつも美味い」




 鞄から財布を取り出しキッチリ二千円を出した。




「本当に今までありがとう。これで俺が二千円落とすのも最後だ」


「店長の料理は人生で一番うまかったよ」




「ありがとう。そういうこと言ってくれるとこっちも嬉しいよ」




 店長が厨房から出てきた。




「それじゃまた逢う日まで」




 そう言い残して彼は店を小走りに出ていった。二人で彼が見えなくなるまで見送った。




 




 閉店時間になり店の片づけをして僕の仕事はこれでついに終わってしまった。僕はカウンター席に座ってうつ伏せになっていた。




「おつかれさま」




 店長は厨房から出てきて僕の横の席に座った。




「君のおかげでいろいろ助かったよ」




「……店長は明後日からどうするんですか。僕がいないともう店長一人じゃないですか」




「そこは君が心配することはない。君は安心して雲になれ」




 そのまま雑談を続けた。これが本当にたわいない話だけをした。


 これでもう会えなくなるはずなのに。




 


「また逢う日まで」




 そう僕は言い残して店を出た。店長は僕が見えなくなるまで見送ってくれた。






 家につきそのまま眠りについた。明日は母に会いにいくと決めていた。働ける年齢になり逃げるようにこの街に来て、あの店で働き始めてから一度も戻ることはなかった。




本当はもっと早く会いに行くべきだった。





 朝になり家を出て駅に着き電車に乗る。電車の中は平日の朝だったが確実に昔より空いていた。席に座りガラスの向こうの景色を見つめる。雲が東に向かって流れていくのが目に入った。雲以外何も見ようとは思わなかった。




 昔あった本屋がなかったり定食屋のシャッターが下ろされていたりはしたが、生まれ育った街の面持ちは残っていた。




 家は変わらずそこにあった。呼び鈴を鳴らす。家のドアが開き白髪の女が顔を見せる。髪の色や背丈が変わっているが母で間違いない。




「久しぶり」




僕は声を絞り出した。




「まぁ入りなさい」




 そっけない感じで僕を招き入れた。家の中は変わらぬままで、柱には身長の記録が刻まれたままだった。リビングにはテーブルを間に挟んで見たことのないソファーが置いてある。




 母と面と向かい合ったのは初めてかも知れない。何を言おうか、今更そんなことを考えていた。実際母の顔を見れば言いたいことがきっと出てくると思っていた。だからもっと早く会うべきだったんだ。心の中で自分にそう吐き捨てた。そう、もっと早く、もっと早くに。




「ごめん」




「謝るために今更来たのかい」




「……そう、そうだよ謝りに来た」




「親不孝者だったよ!今更顔見せに来たんだよ!明日死ぬ息子がいるぞ!ひっぱたけ」




 




 








 




 家についたとたん一気に疲労が押し寄せてきた。


風呂に入り、夜食をとり、歯を磨き、床に就く。


目が異様に冴えていた。明日には雲になるのか。




 


 









 いつの間にか寝てしまい気がついたら朝だった。




布団から這い出て、いつもより少し長く伸びをする。洗面台で歯を磨き、顔を洗い、朝食をとる。掃除をして、床に転がって、椅子にもたれる。






時間が迫ってくる。


心臓の鼓動が強くなる。


恐怖からというよりあと少しの時間を一秒も無駄にはしたくない感情と何もしない自分との葛藤からだった。





時間がやってきた。


体の輪郭が波を打ち始め体が透けていく。




目がだんだんかすんでいく。




一瞬感覚が鋭敏になったかと思うとすぐに消え去った。




苦しみは無く無限の抱擁の中にいるようで、あるのは多幸感だけ。






意識がまどろむ













僕は東へ進んでいる。引っ張られてもいる。





東の果て、雲のたまり場には積乱雲のような巨大な雲だけがある。




   


     僕は彼らと混ざりあい広がり


     僕は彼らに彼らは僕に


        







     いま一度戻っただけ


     ただ次を待つだけだ



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