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契神の神子  作者: ふひと
間章
74/74

第66話:調停の威光

 突如大路を割いた閃光、そして、それを逸らした淡い光。

 目の前に現れたのは、兵衛佐(ひょうえのすけ)藤原師伊。摂政藤原忠平の子息にして『彩天』たちの弟。


「エサとしては丁度いいけど……仁王丸、アイツ生け捕りに出来る?」


「無茶言わないでください! 仮にも摂政殿下の御子、藤原の家系。力押しされたら私の気脈ごときでは対応できませんよ」


「だよな……なら、足止めは? できればあんまり怪我とかさせない方向で」


「これまた無茶を……」


 呆れたような表情を浮かべる彼女。しかし、今回は無理と言わない。


「……まったく、しょうがない人ですね」


「それはお互い様だろ?」


「言い返せないのがこの上なく癪ですが……分かりました。あのような幼子一人、私が捻りつぶしてやりますよ!」


「潰したらダメだよっ!?」


 海人は仁王丸に叫ぶが、彼女は何も言わずに牛車の縁を掴んで飛び出した。彼女を見て、師伊は不機嫌そうな表情を浮かべる。


「佐伯の小娘か、お前に用はない。消えろ」


「摂家のご子息は口がお悪いようで。良いでしょう。私が教育して差し上げます」


 僅かな困惑を浮かべる少年を見て、仁王丸は黒髪をかき上げつつ余裕の笑みを浮かべた。


 ▼△▼


 師伊の相手を仁王丸に任せ、海人は朱雀大路を北上する。出来る限りの大物を釣り出すべく、出来る限り騒ぎを大きくしながら自転車くらいの速度で進んでいく。しかし、来るのは雑兵ばかりでそれらしき大物は一向に現れない。


 ――これは一体どういうことだ?


 海人の心に焦りが生まれる。さすがにこの状況はおかしい。仮にも京での脱獄騒ぎだ。いくら何でも無視はないだろう。


 ――まさか見透かされたか?


 そんな疑念すら浮かんでくる。もうかれこれ30分は進んでいたが、師伊以外一向に誰も現れなくなってしまった。


「何か起きたのでしょうか?」


「何か起きたかでいえば、まさに今僕らが起こしてるんですけどね……!?」


 そんな時のことである。突如、粗野な装いの武者たちが海人たちの牛車の前に立ちふさがった。見ると、近衛府の兵や町衆たちは端の方へと追いやられている。つまり、この武者たちは雅信の兵ではない。


検非違使(けびいし)……!」


 高明は兵の装いから即座に判断する。検非違使――都の警察組織。物々しい雰囲気の彼らは、すぐさま海人たちの牛車を取り囲んだ。


 動けなくなる牛車、刃を向けられる牛飼い。周囲に緊張が走る。

 そんな中、彼らの後ろからひげ面のくたびれた男が現れた。彼はため息を一つつくと、面倒そうな視線を海人たちに向ける。


「いくら神子様と言えども、これはやりすぎなんじゃなかろうか」


良相(よしみ)卿!?」


 驚愕する高明。しかし、海人はピンとこない。彼は小声で高明に尋ねた。


「どちら様?」


「正三位大納言兼検非違使(けびいし)別当、橘良相卿。橘家の当主にして摂政殿下の腹心と目されるお方です」


 冷や汗を流しながら答える彼に、海人は息をのむ。


 ――この人は……大物だ!


 高明の説明通りなら、目の前の男は海人の交渉相手足りうる人物だ。ついに訪れたチャンス。


「よし……」


「待ってください!」


 海人は御簾を掲げて外に出ようとするが、高明がそれを引き留めた。


「どうしたんですか?」


「無理です! 相手が良相卿なら、十中八九交渉は決裂します」


「――!?」


 目を見開き足を止める海人。高明は頭を抱えてため息をついた。


「しかし、よりによって良相卿ですか……」


「そんなに強いんですか、あのおじさん」


「前に出て戦うお方ではありません。しかしながら、頭のキレと弁舌は朝廷屈指……いや、弁舌だけなら一でしょう。彼を言い負かすのは不可能に近い。うまく撒く方が吉です」


「でも、撒くったってあの武者たちはどうするんです!?」


「それは……」


 にわかに慌ただしくなる車内。その様子を察して、良相は胡散臭い笑みを浮かべて口を開く。


「高明卿は随分と余裕のご様子で。人質となったとお聞きして心配しておりましたが、流石は先帝の皇子、肝が据わっておられる」


「――!?」


 この手の表現に疎い海人にも分かる。これは皮肉だ。良相は高明が寝返ったことに気付いている。彼はそのまま、道の端の方で青い顔をしている雅信を一瞥して手を広げた。


「にしても、権中将殿の手際の悪さには困ったものですなぁ。あれでは貴方がたの手助けも同然でございますよ」


 ――このおっさん、雅信さんの協力まで見抜いて……!!


 全てを見透かすような良相の言葉に青ざめる海人。師忠とは違うベクトルでの曲者――そういった感覚を抱き、彼は高明の言葉の意味を理解した。


 ――確かに、まともにやりあって勝てる相手じゃない。でも、逃げるったってこれじゃあ……


 危機的状況下で途方に暮れる海人。その時である。


「ぎゃぁぁあ!! なんじゃこりゃぁ!!」


 突然人混みが騒がしくなり、それと同時に聞き覚えのある叫び声が大路に轟いた。海人は思わず御簾を上げて声の方向に顔を出す。そして、見慣れた顔を見つけて驚愕した。


「鈴鹿!?」


「はぁ!? なんでお前がこんなところにいるんだよっ! 捕まったんじゃねえのか!!」


「脱走したんだよ!」


「じゃあこれ全部お前らのせいかっ!!」


 不釣り合いに華美な装い、派手な立て烏帽子。いつぞやの盗賊、鈴鹿とその一行が海人たちの前に現れた。見ると何やら大きな箱を抱えている。


「って、なんでその箱光ってんだよ」


「知らねえよ! なんか突然知らねえ女に押し付けられて、捨てるのも勿体ないししゃあなしで持ってたんだがさっき突然光り出したんだよ!!」


「意味が分からん」


「俺だって意味分からんさ!! そんで急にいろんな奴に追いかけられるようになったし、ホントどういうことだよ!!」


 ――じゃあその箱捨てればいいじゃん。


 海人はそんなことを思うが、彼女の性格上そういう訳にもいかないらしい。それはさておき、大路は大混乱だ。海人が集めた町衆、雅信率いる近衛兵、良相率いる検非違使、そして、鈴鹿が連れてきた野次馬。それぞれがごった返して収集がつかなくなっている。


 海人と鈴鹿の会話を眺めていた良相は、ふと鈴鹿の持っている箱を見遣った。


「ふむ? 葵の紋の光る箱……なるほどな」


 そう呟くと、彼は意地の悪そうな笑みを浮かべて扇を鈴鹿に向ける。


「は!? 俺!?」


「あれが恐らく悠天サマの言っていた神鏡の欠片だ。再臨サマの件は後にする。お前ら、あの女を捕らえて箱を奪取しろ」


 へらへらとした笑みを浮かべたまま、良相は検非違使たちに指示を出す。鈴鹿は青い顔をして悲鳴を上げつつ喧噪に消えていった。それを追いかけて、検非違使たちも海人の周りから続々と去っていく。

 一人残った良相は、あ然とする海人の顔を眺めてニヤリと笑った。


「では、私はここらで。程ほどにしておいてくれると助かりますなぁ。後処理は私の仕事なもんで」


 ▼△▼


 鈴鹿たちの乱入によりなんとか窮地を脱した海人たち。気付けば、御所を目前としていた。


「御所を目指すったって、本気で来るつもりはなかったんだけどなぁ」


 彼が行おうとした交渉、それは、簡単に言ってしまえば高明の身柄と引き換えに『再臨の神子』を独立勢力として認めさせること、さらに、その上で自分が朝廷に臣従するのと引き換えに仁王丸を助命させることだった。


 無論そのままではかなり厳しい条件。だから、海人は布石を打った。京中に自分の評判を流して町衆の興味を引き、あえて足の遅い牛車で騒ぎを大きくしながら練り歩くことで彼らを盾にして、さらには大物感を演出する――こうやって『再臨の神子』のネームバリューをつり上げるとともに、朝廷に圧力をかけようとしたのだ。


 しかし、庶民が立ち入れない御所まで行ってしまっては、その目論見が外れてしまう。海人は頭を抱えた。


「くそ、こっからどうする……!?」


 海人の頭痛の種はそれだけではない。良相からもたらされた二つの新規情報が彼を悩ませる。


 自分の目論見がある程度相手に掴まれていること、そして、悠天が動いたらしいこと――どちらも今の彼にとって最悪の知らせだ。


 もし朝廷が彼女への対応に当たっているのだとすれば、それ相応の人員を割かなくてはならない。そうなると、脅威度の低い海人への対応に割かれる人員は限られることになるだろう。つまり、交渉しようにも大物は出てこない公算が大きい。こうなっては、新たな選択肢を創出する必要性が出てくる。


 そんな時、海人の肩を高明が叩いた。


「いっそ、このまま御所に行ってしまいましょう」


 冷や汗を流しながら彼はそう告げる。


「でっ、でもそれじゃあ」


「他に手はありません。おそらく御所はいま大混乱でしょう。なら、可能性はあります。悠天様が事態を引っ搔き回している今が好機です!」


 力強くそう言い放つ高明に、海人はしばらく思案する。そして、静かにうなずいた。


「……虎穴に入らずんば虎子を得ず、か。よし、このまま……!?」


 その刹那、空間が歪むような感覚に見舞われ、牛車が大きく揺れる。そして、海人たちは外へと放り出された。術式ではない。純粋な神気の衝突がもたらす衝撃波だ。


「なんだッ!?」


 そんな海人の疑問は、瞬く間に解消される。


「この、分からず屋がぁぁぁあああ!!」


「君に言われる、筋合いは! 無いッ!!」


 眩い光とともに描かれる術式陣。神子の権限、その衝突。朝廷を守る二人の神子が起こした小競り合いは、いつしか御所の外までを揺るがす大乱闘へと発展していた。


「あれは、彩天と……悠さん!?」


 天変地異にも等しい二人の衝突。しかしながらその内実は下らぬ意地の張り合いである。それが、海人たちを巡る意見の相違によって表面化したと言った次第だ。

 だが、そんなこと誰も知る由がない。周囲の人間にとってはただの災害だった。


「あぁ、もうめちゃくちゃだぁ……」


 期せずして揃った三人の神子。もはや事態は誰の手にも負えなくなっていた。貴族たちは人外同然の力のぶつかり合いに恐れおののき、逃げ惑っている。今回の主犯格たる実頼ですら、顔を抑えて苦しげな表情を浮かべることしかできない。


「もうこれ交渉どころじゃないだろ!」


 海人は悔し気に奥歯を噛みしめる。しかし、次の行動に迷いはなかった。


「神子様、何を……!?」


「うおぉぉおおお!!」


 海人は単身、吹き荒れる神気の暴風を突き進む。彼の目的はいたってシンプル――悠天と彩天を食い止め、交渉の席を作り出すことだ。この局面でそれを実行に移すなど狂気の沙汰であったが、もはや彼にはそんなことどうでも良かった。


「あんたらが戦ってたら全部台無しなんだよッ!!!!」


「「口を挟むなッ!!!!」」


 悠天と彩天の声が揃う。しかし、海人は構わず突き進んだ。悠天たちは海人を一喝した後、すぐに視線をもとの相手に戻して、再び火花を散らし鎬を削る。


「契神……布津主命(フツヌシノミコト)!!」


「契神ッ……賀茂別雷(カモワケイカヅチ)(ノミコト)!!」


 彼らはそれぞれ奉る神の名を唱える。神子が放つ、皇国最高格の術式。膨大な神気で空間が振動し、肌を刺すような感覚が襲い掛かる。ついには、雲さえ割るに至った。


「マジかよ……!?」


 凄まじい光景に海人は目を剥く。そして同時に気付いた。御所周辺には海人が連れてきた大勢の町衆がいるのだ。一般人にはあの術式を防ぐ手段がない。術式が発動すれば、間違いなく周囲を巻き込んで大惨事になるだろう。


 この状況が、海人に奥の手を出させた。


「仕方ないっ!!」


 海人の権限――言霊の種火。彼が発した言葉の通りの事象を引き起こす神の力。不完全で不格好で代償の大きい欠陥能力。しかし、事態を打開する手は他にない。反動を覚悟して、海人は息を大きく吸い込む。


「――!?」


 その刹那、海人の足が止まった。


 いや、彼の足だけではない。悠天の放つ術式も、彩天の放つ術式も、そしてそれらが巻き上げる砂埃の一粒一粒さえも、みな等しく動きを止めたのである。そう、世界は止まった。




『姉上。師輔。あまり皆を困らせないでおくれ』




 突如、脳内に響き渡った声。不思議な声色だ。男とも女とも分からない、優しく、それでいて威厳と荘厳さを兼ね備えた声。


 彼は、ついに降り立った。


「……陛下!」


 固まったまま目を見開く彩天。顔を布で隠した少年は、僅かに見える口元を緩ませた。彼はすべてが止まった世界の中を、一人静かに歩いてゆく。そして海人の前に立ち、彼の頬に触れた。


「君は面白い子だね。気に入った」


「お前は……」


「ずっと奥から見ていたよ。再臨の神子、海人くん……いや、カイトくん」


 少年は顔を覆う布を上げる。そして、ニコリと微笑んだ。

 太陽のように紅い双眸、透き通るように白い肌。ほんのわずかに朱色がかった白髪。そのどれをとっても、彼がただ者ではないことを際立たせている。そして何より、彩天は彼を陛下と呼んだのだ。


「朱雀帝……!?」


 少年は微笑んだまま、沈黙をもって海人の言葉を肯定する。そして――


「君の独立を認める。佐伯のことも赦そう」


「――!?」


 まるで心を読んだかのような言葉。朱雀帝は、海人が持ちかけようとした交渉を全て見透かしていた。彼はただ、何も出来ずあ然とする海人を穏やかな表情で見つめている。そして、おもむろに口を開いた。


「でも、君のことを赦すわけにはいかないね」


 彼は静かに、ゆっくりと手を振り上げる。その瞬間、止まった世界は再び動き出した。悠天と彩天の放つ神気は消失し、朱雀帝を中心として空が晴れ上がる。周囲に集まる人々の目がすべて彼に向いた。

 よろめき膝をつく海人に、朱雀帝は微笑みかける。


「君が集めてくれた観衆がこれだけいる。証人には困らない」


「何を……!?」


 朱雀帝は笏を海人に向ける。そして息を大きく吸い込んだ。


「従五位上高階朝臣海人。汝をして征東特使と為す。東国鎮撫の功を以てその罪を雪げ。若し成らざれば、復た京の土を踏むべからず」


 大路に響き渡る彼の声。淡い光が海人を包む。直後、彼に迫りくるわずかな浮遊感。幾度となく味わったあの感覚――転移術式の発動。


「さあ、行っておいで。朕は君が京へと凱旋してくるのを待っているよ」


「は……はぁぁぁあああッ!?」


 海人の絶叫が大路に響くが、すぐさま群衆の歓声にかき消される。朱雀帝は目を剥く海人を布越しに見つめたまま、穏やかな表情で小さく手を振った。

 間章はこれにて完結です!次は第3章、物語の核心部分に入っていきます!


……と、その前に、序盤の改稿作業をするべくしばらくの間休載いたします。つまり、まとめ読みのチャンスです!

 この話を読んでちょっとでも「面白そう!」と思った方は、是非ともこの機会にブックマークよろしくお願いします!

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