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契神の神子  作者: ふひと
間章
71/74

第63話:天佑

 洛南、左京獄。


「神子さま!! どうか私の話を聞いてくださいっ!!」


「いや、こいつより先に俺の話をっ!!」


「いやいや、ここは私から先に」


「なんだとっ!!」


 相変わらず大盛況の海人の独房。今日も見知らぬ顔が一つまた一つと増えていっては、海人からのありがたい言葉をもらおうとわいわい騒ぎ立て、時にはあわや乱闘となりかけている。

 獄舎の官吏は止めに入ろうとするが、なんせ集まっているのはほとんど貴族階級の人間。身分の低い彼らは困り顔で眺めていることしか出来なかった。


「はあ、まったく……ん?」


 ため息交じりに顔ぶれを見渡した海人の目に、不意に他とは少し違うオーラを纏った青年が映った。

 凛とした立ち姿、力のある瞳、そして、どこかあか抜けた雰囲気。中級か下級の貴族がほとんどを占める目の前の人混みの中で、一人だけ明らかに上級貴族の子弟と分かる者がいる。


「高明さん、あの人って」


「あの人?」


「ほら。あそこにいる綺麗な衣の……」


「……!」


 海人の指さす方を見て、高明は少し驚いたような表情を浮かべた。


「権中将殿!?」


「こ、これは高明卿! いらしたんですね!!」


 人混みに揉まれながらも、彼はなんとか手を振って存在を主張する。だが、海人の方に寄って来るにはあまりに人が多すぎた。仕方がないので、海人は高明に尋ねてみる。


「権中将って何者ですか?」


「彼は式部卿宮のご子息で、私のいとこです」


「へぇ! やっぱり!」


 予想通りに良い彼の家柄に、海人は感嘆の声を上げる。だが同時に、なぜそんな身分の彼がここを訪れたのかが気になった。


「彼は何しに来たんでしょう」


 もしや、昨日の師伊のように圧力を掛けに来たのだろうか――そんな懸念を抱いて海人は表情をこわばらせる。しかし、高明の表情はいつものように柔らかいままだった。


「きっと私に用があるんでしょう。彼も私と同じく尋問官ですから」


「なるほど……え?」


「権中将殿は佐伯の若君の尋問官ですよ」


「な……!?」


 高明はさらりと告げたが、海人にとってはただ事ではない。仁王丸を救出するうえで彼の存在は非常に大きな意味を持つ。そんな彼とのコンタクトをふいにすることなど、今の海人に出来るはずもなかった。


「権中将殿!!」


「み、神子様っ!?」


 突然海人に呼ばれて、彼は驚いて目を見開く。そんな彼を海人は手招きするが、やはり人混みのせいでこちらに来ることが出来ない。


「くそ……よし、今日は終わり! ほら、みんな解散!!」


「はぁ!? しかし、俺はまだ!」


「明日聞くから! はい、帰った帰った!!」


 不満そうな顔を浮かべて帰っていく貴族たち。ようやく人口密度が下がった独房の前に、へろへろになった例の青年、権中将がやって来た。


「はぁ……はぁ……」


「随分お疲れですね、まあ無理もない」


 そう言って高明は手拭いを差し出すが、権中将はさわやかな笑みを浮かべて「お気遣いなく」と袂から自分の手拭いを取り出した。


「神子様、お見苦しいところをご覧にいれてしまい申し訳ありません」


「いや、全然大丈夫ですよ。俺なんか檻の中だし」


「寛大なお心に感謝します。私は従四位下権中将、源雅信と申す者です」


「俺は海人。再臨の神子とかいうやつらしいです」


 かくして通り一遍の自己紹介を終えたところで、先に続きを切り出したのは雅信だった。


「突然で申し訳ありません、今日は神子様に話が……いえ、ご相談があってここに参りました!」


「えっ、こっち!?」


 予想外の申し入れに海人も高明も驚愕する。二人ともてっきり高明に用があるのだと思っていた。

 だが、かなり深刻そうな表情を浮かべる雅信に、海人は固唾をのんで頷いた。


「続きを聞きましょう」


「ありがとうございます。ただ、その前に高明卿には少し外して頂きたいのですが……」


 申し訳なさそうな様子で雅信は高明の顔を見る。意外な要求に高明も海人も怪訝な表情を浮かべるが、海人はすぐにある可能性に思い至った。


「もしかして、仁王丸関連ですか?」


「――!」


 劇的に表情が変わる雅信。そこまできて、高明もようやく雅信の発言の意図を解した。


「なるほど、そういうことなら私はこのままでも大丈夫ですね」


「た、高明卿!?」


「ええ。私もおそらく、権中将殿と似たような立場ですよ」


 雅信は驚愕のあまり絶句する。そんな彼を見て、海人は不敵な笑みを浮かべた。


「これは……俺に流れが来たか!」


「ま、まさか、神子様たちも仁王丸さんを救うおつもりで!?」


「もちろんです。そして、その策を今思いつきました」


「――!!」


 自信満々に答える海人に、目を見開く高明たち。誰もが不可能と考えている大罪人の助命、それを実現する策とは何なのか――二人は食い入るように海人の話に耳を傾ける。


 だが、海人の答えは彼らの想定の斜め上をいった。


「高明さんにはとりあえず、俺の人質になってもらいます」


「はい!?」


 ロクでもない答えに高明は思わず声を上げた。もう彼には海人の考えることが全く分からない。ただ、訳も分からず唖然としている。

 そして、それは雅信も同じだった。そんな雅信にも海人は容赦なく問いを投げかける。


「で、雅信さんは権中将なんですよね」


「え!? あ、はい! そうですが……」


「どの程度の兵なら動かせますか」


「兵!?」


 海人の口から放たれた物騒なワードに、雅信は思わずオウム返しをした。


「ちょ、ちょっと待って下さい! 貴方は一体、何をおやりになるつもりで……」


「それはまだ秘密です。ですが、戦争をやるつもりはないので安心してください」


 笑みを浮かべてそう返す海人に、雅信は胸を撫でおろす。そして、先ほどの問いへの答えを返した。


「……私の一存で、という意味なら、百が限度かと」


「十分です! それだけいれば何とかなる! うん、これは勝ったな!!」


「おお……」


 目を輝かせる雅信。悪戯っぽい笑みを浮かべて「くくく、彩天たちのパニくる顔が目に浮かぶぜ!」などとほざく海人。


「本当に大丈夫かなぁ……」


 高明は、心底不安げな表情を浮かべて目の前の少年たちの行く末を案じた。


 ▼△▼


 賀茂社、悠天の屋敷。


 悠天はこの頃、ずっと腕を組んで何かを思い悩んでいた。

 「口より先に手が出る」、「考えるな、感じろ」を地で行く脳筋仕様の彼女ではあるが、意外なことに頭自体は平安京でもかなりいい部類に入る。そんな彼女は、長い長い考え事の末あることを思いついた。


「おい菖蒲。一つ頼まれてくれぬか」


「どうしました急に。また何か悪いこと思いついたんじゃないでしょうね」


「失礼な! これは人助けじゃ」


「人助け……ですか?」


 怪訝な表情を浮かべる菖蒲に、悠天はニカッと笑みを浮かべた。


「ああ。上手くいけば再臨は救える。佐伯の娘も、死罪は免れるかもしれん!」


 ▼△▼


 九条邸、『彩天』藤原師輔の居室。


 彼もまた、この頃ずっと思い悩んでいる。

 実頼とその一派が仕組んだ高階への謀略、その発端となった都での騒動。一連の流れのどこかに、師輔は拭いきれない違和感を覚えていた。


「この違和感はなんだ」


 誰もいない部屋で師輔は独り呟く。当然答える者はいないし、彼もそれを期待していない。そんな中、ふと彼の脳裡に一人の女が過った。


「……君が大人しくしているなんて珍しい」


 先ほどまでの違和感とは全く違うものではある。ただ、常に厄介ごとを引き起こして暴れまわっている彼女が、この期に及んで動かないのは確かに不思議に思われた。

 しかし、これは今回の騒動とは何の関係もない。師輔は脱線しかけた思考を戻そうとする。その時だった。


「待てよ、そうか、そういうことか……!」


 ふいに彼の中で何かが繋がる。そして、師輔は居室を飛び出した。

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