表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
契神の神子  作者: ふひと
間章
68/74

第60話:騒動の元凶

 内裏、蔵人所。

 寝不足で青い顔をした師氏は、隣の弟に声を掛け、尋問官たちから提出された二つの文書を指さした。


「なあ師伊。これは報告の体を成していると思うか?」


「これは……ふっ」


「笑い事じゃない! 全く……高明卿はまだしも、権中将殿の分はなんだ。コレほとんど情報がないじゃないか!」


「いや、佐伯の若君がどういうお方かは手に取るように分かりますが」


「そんなこと今はどうでも良い!!」


 雅信の報告書には、無駄に流麗な筆致と無駄に高い表現力で仁王丸の一挙手一投足が克明に記されている。それでもって、事件の内容に関わる記述は最初の方にしかない。

 きっと彼女に見惚れて話は右から左へ通り抜けていってしまったのだろう。文学作品としては一級品かもしれないが、これでは報告書として落第点である。


 口元を隠しながら半笑いの師伊をよそに、師氏は頭を抱えた。


「はぁ……よくよく考えたら、なんで全部私に押し付けられてるんだ?」


「それは師氏兄が蔵人頭と近衛中将を兼ねているからですよ」


「それは分かっている。分かっているが、そういうことじゃない」


 頭を抱え、ため息をつく師氏。

 仕事に次ぐ仕事、別件に次ぐ別件。彼の心が休まることはこの頃ほとんどない。


「はあ……どちらかでいいから辞めてしまいたい」


「贅沢なお悩みですね。どちらも並みの殿上人なら喉から手が出るほど欲しがる官職ですよ?」


「とはいえこんなに過酷ならただの拷問ではないか!!」


「今だけですよ。ほら、口を動かす暇があれば手を動かしましょう」


 今にも倒れそうな師氏の横で、涼しい笑みを浮かべながら師伊は着々と仕事をこなしている。そんな時、一人の官吏が新たな文を持ってやって来た。


兵衛佐(ひょうえのすけ)殿、本日の調査結果でございます」


「そう、ありがとう」


「お前完全にここを仕事場にしてるな。ここ蔵人所だぞ?」


 呆れたような師氏の言葉を聞き流して、師伊は官吏から受け取った文に一通り目を通した。そして、「ふーん」と意味深な表情を浮かべてニコリを笑みを浮かべる。


「ご苦労さま、もう帰っていいよ」


「はっ」


 退出する官吏の背中を見送りながら、師氏はちらりと師伊の顔を見た。


「調査って、何の?」


「情報源です」


「情報源?」


「そうです。神器喪失の情報がどこから漏れたか、その元を探っているんですよ」


「そんなの分かるものなのか?」


「ええ、もうだいたい分かりました」


「なに!?」


 ことがいつの間にか進んでいた事実に少しばかり衝撃を覚え、師氏は目を見開く。そんな兄を見て、師伊は得意げに鼻を鳴らした。


「私は優秀ですからね。兄上とは違う方面で、ですが」


「お……おう」


「ですが、優秀過ぎるのも困ったものですね。これはちょっと面倒ですよ……」


 そう言うと、師伊はさっきまでの鼻高々とした態度を引っ込め、今度は深刻そうな表情を浮かべる。


「どうした?」


「情報源は分かったんですけど、そこがちょっと……」


「ちょっと、ってなんだ?」


「いやぁ……」


 顔をしかめ、兄の質問への返答を渋る師伊。だが、「私になら良いだろ」と再三の催促に押され、逡巡しながらも口を開いた。


「……九条邸ですよ。師輔兄の」


「……まさか!! じゃあお前は師輔兄が今回の元凶だって言うのか!?」


「今のところその可能性が一番……いや?」


 突然何かに気付いて、師伊は天を仰いだ。


「そうだ、師輔兄じゃなくて義姉上(あねうえ)だ。あの人なら動機がある」


 ▼△▼


 平安京、九条大路、藤原師輔邸。その北対(きたのたい)にある一室の御簾のうちで、彼女は不機嫌そうな顔を浮かべていた。


「何故です。何故、あの女は獄につながれていないのです」


「北の方、そうは仰いましても悠天様は」


「その名を申すな!! 忌まわしい……」


 声を荒げる彼女に女房は恐れおののく。


 彼女は藤原盛子(ふじわらのせいし)。「彩天」藤原師輔の第一婦人である。父親の強い意向ともろもろの事情で師輔の妻となった彼女であるが、かれこれ十年に渡る結婚生活の中で、師輔と交わした言葉は数えるほど。その夫婦仲は最悪であった。

 生活には何一つ不自由はないが、そんな境遇ゆえに彼女の不満はとどまることを知らない。そして不満の矛先は、彼女をそうたらしめた一人の女性に向いたのである。


「再臨や佐伯の小娘などどうでも良いのです。私は、私は!! あの女にさえ痛い目を見させられたらそれで良かったのに……!!」


「で、ですが旦那さまのご意向で」


「旦那!? 私は、九条殿を、あんな男を旦那だと思ってはいません!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ