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契神の神子  作者: ふひと
第2章:悠天の神子
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幕間:交錯する建前と思惑

 月夜の尾張国熱田(おわりのくにあつた)頓宮、東宮仮御所。


「六宮様、左大臣宮清蔭(きよかげ)親王殿下からです」


 いつものように張りぼてのような薄い笑みを浮かべた狩衣の青年が、御簾の向こうで文を掲げ跪いている。

 源満仲。

 上皇の側近衆の一人にして、「影」の二つ名を持つ殺生放逸の徒。そして、第六皇子の従者兼監視役。まさに面従腹背を地で行くような雰囲気の男だ。

 そんな彼を嫌そうな目で一瞥しながら、御簾の中の青年は彼から文を受け取り、それをバッと開いた刹那――


「あ」


「下らぬ」


 文は不可視の力に引き裂かれて散り散りになる。

 満仲は困ったような表情を浮かべ、御簾の中の青年、経基の顔を見た。しかし、経基はそっぽを向いたままだ。

 満仲は紙吹雪になった左大臣からの文をかき集めながら、


「何が書いてあったのですか? まあ大体見当はつきますが」


「なら、その通りであろう」


「やはり、陛下はお怒りですか」


 そう問いかける満仲。

 しかし、経基は呆れたような表情を浮かべた。


「何を勘違いしている。これは、兄上の文だ」


「……はて?」


「あの男はこうなることを分かって私を送ったのだ……」


 心底悔しそうに、口を歪める経基。満仲はほんの一瞬だけ怪訝な顔をするが、すぐにいつもの微笑を浮かべる。


「貴方がそう仰るなら、きっとそうなのでしょう」


「ですが、そうだとしても何かしらの処分は下るでしょうね」


「ほう。よく分かっているじゃないか」


「ええ。私は陛下の家人ですから、思想は理解できずとも行動は分かりますよ。そして」


 刹那、経基の視界から満仲が音もなく消失する。


「陛下の御子である貴方の行動も」


 経基の首筋を、生ぬるい感覚が伝う。鬼をも斬ると言われる名刀を仮の主君につきつけ、満仲はニコリと笑みを浮かべた。


「罰は甘んじて受けてもらいましょう。八咫鏡(やたのかがみ)を喪っておいて、御咎めなしとはいきませんからね」


「嫌だと言ったら?」


「困りますが……いつもとやることは変わりませんね」


「貴様に私を制する力があるとでも?」


「案外あるかもしれませんよ?」


「戯言を」


 経基がため息をつくのと同時に、満仲の刀は粉々に砕け散った。ちょうど、先ほどの文と変わらないように。みると、経基の首の傷もいつの間にか治っている。彼は、ぽかんとした表情の満仲を冷たい目で見下した。


「図に乗るなよ東宮大夫。貴様如きに遅れを取ることなど断じてない。分を弁えよ」


 経基の言葉に、満仲は「あな、恐ろし」と大げさに応じる。そして、鍔の上からが無くなってしまった愛刀を口惜し気に見つめて「結構気に入っていたのに」などとため息を吐いた。

 彼はその恨めしそうな目を経基に向ける。


「そもそも、なんで六宮様は本殿ごと吹き飛ばしてしまわれたのですか? 刑部卿宮殿下と謀反人の神官どもを粛清なさるだけなら、別に悠天と再臨ごとき何の障碍にもなり得ないでしょうに」


 半ば八つ当たりのような、いや、実際八つ当たりで経基に問い詰める。そんな満仲を経基は鼻で笑った。


「これは、第五皇子を抑えたあの者どもへの恩賞よ。そして」


「陛下への嫌がらせ、でしょうか?」


「……」


 不機嫌そうな表情で閉口する経基。


「逆効果だったんですね」


「口惜しいが、な」


 満仲には経基がそう考える根拠は分からない。だが、経基の聡明さは身をもって理解している。ゆえに、殊更に問い詰めはせず、ただそれを事実として受け止めた。


「で、上皇が私に与えようとした罰とはなんだ」


「さあ?」


「とぼけるな。知っているはずであろう」


「まあそう焦らずとも。いずれ分かることではありませんか」


「臣籍降下と権限の剥奪……このあたりか」


 経基の紺碧の双眸が満仲を捉えた。並の人間なら卒倒しかねない彼の眼光を受けて、満仲は静かに微笑んでいる。そして、一つ息を吐き、


「いずれにせよ、陛下は六宮様が『回天』をお討ちになられることを望んでおられる。此度の処罰も、全てそのための布石にございましょう。なれば、潔くお受けになっていただきたい」


「私に、父の傀儡となり源氏を名乗れと申すか」


「源氏か平氏か橘かは存じませんが、陛下の為に生きるのは当然でしょう。それが我らの目的であり存在意義です。逆らえば死あるのみ。あの第五皇子のように滅びたくはないでしょう?」


 不機嫌そうな表情をより一層不機嫌そうにする経基。満仲はそんな彼に恭しく一礼し、経基の目の前から消えた。

 誰もいなくなった居室で、経基は独り、夜空に浮かぶ月を睨みつける。


「私は誰の指図も受けぬ。上皇も、古都主もだ」

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