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契神の神子  作者: ふひと
第2章:悠天の神子
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第42話:決行

 ――夕刻、伊勢外宮(豊受大神宮)周辺


 結局、宇治では何も成果を上げることが出来なかった海人たち。

 彼らはその後、本来行く予定のなかった伊勢外宮まで巡り、さらに山田の町までもう一周してみた。

 しかし、そこでも特に成果はなかった。


「おい、そっちは何か見つかったのかよ?」


 一通り町を見て回った鈴鹿たちが声をかけてきた。

 彼女たちもどこか疲れた様子である。


「いいや、全く。お前らはなんか分かった?」


「悔しいが俺たちも同じだぜ」


「そうか……」


「その辺の奴らに色々聞いてみたんだがな、結局この人混みが何なのかは分からずじまいよ。みんな口を揃えて()()()()来ることになったとか抜かしやがる」


 不機嫌そうな口ぶりでそう語る鈴鹿。

 だが、彼女の言葉に海人は少し違和感を持った。


「たまたま……って、例えば?」


「そうだな……道が崩れてたとか、海が荒れたとか、急に予定が出来たとかそんなんばっかだった。出来過ぎていて気味が悪い」


 鈴鹿は肩をすくめる。

 確かに、彼女が言ったようなことが理由で伊勢に人が集まっているとするなら、


「何か作為的なものを感じるな……」


「じゃが、このような芸当は我でもそうは出来ぬ。偶然と言われた方がまだ信じられるわ」


 苦し気な表情で悠天はそう告げた。

 神子である彼女で無理なら、皇国でそれが出来る人間などほぼいないと言って差し支えないだろう。

 となれば、いよいよ真相は闇の中だ。


 結局、神宮周辺の人混みの理由は、神鏡奪取の当日となっても判然としなかったわけである。


「……やむを得まい。予定通り、今日の夜更けに潜み入ることとしよう。先延ばしにしても状況は変わらんじゃろうし」


「そういえば、神官たちへの根回しとかって……」


「しておらぬ。いや、断念したというほうが良いじゃろう。奴らはほとんど我らの言うことを聞かぬ。それに、上皇と通じる者も多い。朝廷からの密使を送っても、情報が洩れるだけでなんの効果もない」


「てことは、完全に空き巣……いや、家主いるし居空きか」


「人聞きの悪いこと言うのう」


「事実そうでしょ。目当ての品はプライスレスだけど」


「ぷら……なんじゃそれ?」


 突然の横文字に悠天は首を傾げる。

 だが、そんな彼女を無視して海人は南の森を見た。


「……悠さん」


「なんじゃ」


「もし、帰るまでに仁王丸が見つからなかったら、俺は残るよ」


 静かに、海人はそう告げる。

 悠天はしばらく黙っていたが、ため息を一つついて、


「ふむ、好きにすればよい。じゃが、一つだけ言っておこう」


 彼女は、西に傾く夕日を見ながら、深緑の髪をかき上げる。

 そして、巣へと帰っていく烏を眺めて口を開いた。


「そうなることはない。我の勘が、それを証明している。下らぬ論理や前例なぞ我の前では無力よ」


 そう豪語し、自信満々に白い歯を見せる。

 相変わらずの態度に海人は苦笑した。


「……でも、こうとなっては信じて動くしかないですよね」


「それでよい。この件は、もとより成功が確約されている。でなければ、我がわざわざ都から動くことなどあるまい。これは、彩天(あの馬鹿)に恩を売る良い機会じゃ。其方も幸運であったな!」


 声を上げつつ、豪快な笑みを浮かべる悠天。

 何一つ状況の見えない中、彼女は自信を失なってはいなかった。


 海人には、彼女の絶対的な自信の根拠は分からない。


 だが、仁王丸は去り、陽成院派の影がちらつくこの状況で、彼女の余裕だけが海人の支えであった。

 彼は悠天の顔を見て一つ頷き、微笑む。


「この作戦、絶対に成功させましょう。仁王丸とも仲直りして、必ず3人で帰るんだ」


「当然よ」


 彼らは、夕日に照らされながらも思いを新たに決意する。

 朝廷と陽成院派との戦争に、あるいは終止符を打つかもしれない神鏡奪取作戦。

 その決行まであと数時間。


 そして海人にとっては、恐らく人生で最も長い夜が始まろうとしていた。


 ▼△▼


 海人の時計で午前1時24分。

 草木も眠るような夜更けにも関わらず、宇治の町は煌々とした灯りに包まれている。


 いつまで経っても人通りは減らない。

 予定では、人が減るのを待ってから決行する手筈であった。

 だがその兆しは全く見えない。

 海人たちは結局待つのを途中で諦めて、決行時刻を繰り上げることにした。


 さて、作戦は大胆にして単純。

 海人と悠天の二人が人目を忍んで皇大神宮に潜入し、本殿に安置される八咫鏡を確保する、ただそれだけだ。

 邪魔さえ入らなければ、特に難しいことではない。


 決行後は、鈴鹿たちと宮川に架かる橋で合流する予定だ。

 そして、合流後は全力で平安京まで帰る手筈になっている。


「つまり、それまでの数時間の間に仁王丸を見つけないといけない」


「それも、なるべく騒ぎを起こさないように、じゃな」


 そう、この作戦の肝は隠密性だ。

 陽成院派が海人たちの動きに気付けば、成功率は大きく下がる。


「ですね。気を付けないと」


 こうして、海人たちは再び五十鈴川を渡り、皇大神宮に入った。


 神々の住まう地、高天原より流れ出るという神気に満ちた、神宮の境内。

 正真正銘の、神のおわします領域。


 そこは、橋を跨いだ向こう側とは全く違う空間だった。


「人が、全くいない」


 当然と言えば当然だ。

 こんな真夜中に境内へと立ち入る人間はそうはいない。


 しかし、やはり度が過ぎているのだ。

 宇治、山田の町の賑やかさと比べると、皇大神宮の静けさは不気味にすら思える。


「……」


 灯篭の灯が、朧げに参道を照らしていた。

 昼間も来たはずなのに、海人たちは全く違う印象を受ける。

 その荘厳さ、そして、漂う独特の緊張感。

 彼らは自ずと気を張り詰めた。


 時折、木々から鳥が飛び立ち、得体のしれない獣の鳴き声が響く。

 そんな音に海人は毎度のごとく驚き、肝を冷やした。

 だがそれでもぐっと堪え、彼らは日中来た道を思い返しつつ着実に本殿へと歩みを進めていく。


 そして、本殿を目前とした、その時であった。


「――止まれ」


 悠天は小声で海人を制止する。

 彼は突然の行動に困惑した。


「どうか、しましたか?」


 彼女は押し黙って何も言わない。

 何も言わずに、ただ道の先の暗闇を睨みつけている。

 海人は、ふと彼女の顔を見た。


 ――!?


 悠天は、険しい表情で冷や汗を浮かべていた。

 いつも余裕を崩さず、自信に満ちた表情を浮かべていた、あの彼女が、である。


「……っ!」


 紛うことなき非常事態。

 海人は耳を澄まし、固唾をのんで灯篭の照らす闇の先に目を凝らした。


 風に揺れる木の葉の音の他には、何も音はしない。

 闇の中にも、人影は見えない。


 なのに、確かにそこに「誰か」いる――

 海人にも、それだけははっきりと感じられた。


 傍目には、二人しかいないはずの参道。

 そこに走る、妙な緊張感。


 誰も動かない。

 いや、動くに動けない。


 気配だけはある不明の存在は、一言も発さず、姿も見せず、足音も立てない。


 ある種の膠着状態。

 それを破ったのは――


「――下らぬ絡繰りよ」


 悠天は、大地を一度、思い切り踏みしめる。

 若い女性の、か細い脚。

 しかし、そこから発せられるにしては大きすぎる振動。


「なっ!?」


 地割れに巻き込まれるような感覚に見舞われながら、海人は大地に膝をついた。

 しかし、割れたのは地面ではない。


「これは……」


 淡い光を放ちながら空間にひびが入る。

 だが、この光景、そして感触は海人も幾度か体験してきたものだ。

 そう――


「空間術式!?」


 神域の中の隔離空間。

 それが、神子の膂力により無理やりこじ開けられる。


 砂煙の舞う闇夜の伊勢神宮。

 砕ける空間の隙間から、ため息が漏れた。


「……案外、あっさりと見つかってしまったな」


 冠に、神官のような真っ白の装束。

 そして、気だるげな翡翠の双眸。


「悠天、そして、再臨のお二方。よくぞいらした」


 陽成院第五皇子、清棟親王が穏やかな表情でそこに立っていた。

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