第41話:不穏と停滞の伊勢散策
神無月十日、出発から五日目の朝。
海人たちは宿で朝食を済ませた後、ひとまず猿田彦神社に向かった。
皇大神宮を目指すなら、どういうルートを辿ろうと必ず経由することになる導きの神の社。
そして、神代より代々猿田彦の末裔が祭祀を執り行う由緒正しき社だ。
だが、まだ海人の時計で7時半。
参拝客など一人もいない。
そんな物静かな境内で、海人と悠天は鈴鹿たちと落ち合った。
「あら? なんかボロボロじゃねえか。どうした?」
「いや、色々あって」
不思議そうな顔で首を傾げる鈴鹿に、海人は気まずそうな顔で目を逸らす。
そんな彼の態度を見て何かを察したのか、鈴鹿は苦い表情をして息を吐いた。
「話変わるけどさ、あの女はどうした?」
「変わってねえよ!」
「こやつが怒らせて出ていったわ」
「え、コイツが? ひどっ」
「いや、違……わないけど、俺だけが悪いみたいな言い方やめて?」
思わぬ悠天の責任転嫁に海人は不満を露にするが、相変わらず彼女は取り合わない。
いつも通りの光景が展開される中、鈴鹿は何かを思い出して手を叩いた。
「そういえば、あいつなら昨日の晩この辺で見かけたぜ?」
「ああ、そう」
自慢げに語る鈴鹿に対し、海人はそうぶっきらぼうに答える。
昨晩月詠から聞いた話の通りの情報だ。
今更彼女に教えられても特に旨みはない。
もっとも、昨夜の邂逅が夢か現かの判断を彼は保留していた。
その判断材料という意味では、鈴鹿の情報提供は有用でもある。
だが、起床1時間後で再起動中の海人に、そこまでの思考は働かなかった。
それはともかく、せっかくの情報を適当にあしらわれた鈴鹿は不機嫌そうにしている。
こればかりは海人の配慮が足りない。
ただ、幸運なことに鈴鹿はメンタル強者である。
この程度で傷つく程度の貧弱な精神はしていない。
彼女は、海人を睨みつけながら口を開いた。
「じゃあ、あの変な爺さんも知ってんのか」
「爺さん?」
意外な単語に思わず聞き返す海人。
その様子を見て、鈴鹿は機嫌を持ち直した。
そして、自慢げに話を続ける。
「ああ、そうさ。昨日ここで「遠いとこからよう来たねぇ」とか話しかけてきたんだが、そもそも俺たちがどこから来たかなんて一言も言ってねえ。胡散臭い爺さんさ」
胡散臭い老人――
海人は、その単語に覚えがあった。
そう、先日勢多で出会い、安濃津で鈴鹿がその違和感を看破した、あの猿顔の翁である。
「まさか……!」
「ああ、多分そうじゃな」
海人に続き、悠天も頷く。
そして、遅れつつ鈴鹿もようやく気付いた。
「まさか、前言ってたあのジジイってアイツだったのか!?」
陽成院派の者である疑惑が持たれている例の老人。
その彼が本当に伊勢にいるならば、陽成院派がこの地で何かを企んでいる可能性がある。
そこまで考えが至り、海人は苦い顔を浮かべた。
「もしそうなら面倒くさいことになってない?」
「なっておるな。上皇は何を考えておる」
突如動き出した事態。
ようやく再起動した海人の頭脳は、例の老人が動いたであろう意義を考え始める。
そして、まず最初に思い至ったのは――
「もしかして、仁王丸も巻き込まれたんじゃ」
「否定はせぬが、手に掛かったということはない」
即座に悠天がそう返す。
「根拠は?」
「勘じゃ」
悠天は自信満々にそう答えた。
彼女に限っては何か仕掛けがありそうではあるが、それでも心許ないことこの上ない答え。
海人たちは呆れ顔を浮かべている。
「勘って……」
「ふん。先程も言ったであろう? 我の勘は神の導き。故に、外れることなぞそうはない。なら、其方らは素直に信じてついてくれば良いだけじゃ」
頼もしいような、頼もしくないような彼女の言葉。
もし彼女が神子でなければ、ただの中二病末期患者の症状そのものみたいな発言だ。
だが、幸か不幸か一応神子である。
なので、海人たちも納得はしないが反論もできない。
結局、その後も悠天の超理論に大体の懸念は叩き潰され続けた。
彼女の言ったことをまとめると、「のんびりやっていればなんとかなる、そんな気がする」である。
わざわざ何かをしなくても、臨機応変にやれば丸く収まる。
悠天はその一点張りで、特にアクションを起こそうという気配がなかった。
仁王丸が行方不明の状態にしては気楽な事この上ないが、いくら海人が反発してもどうしようもない。
とはいえ、海人はそこまで気楽にはなれない。
そんな海人の気持ちを酌んでか、悠天も仁王丸捜索を兼ねて周辺の偵察を行うこととなった。
とばっちりで鈴鹿たちも町の調査に嫌々駆り出されたのは言うまでもない。
▼△▼
――伊勢内宮(皇大神宮)の門前町、宇治
外宮の門前町、山田と同じく宇治の町も相当人が多い。
人混みに揉まれながら、海人は町を見渡し、何か手掛かりはないか必死に探す。
そんな中彼が見つけたのは、ひときわ目立つ行列だった。
その行列の先を見てみると――
「赤福!? 赤福あるんだけど何で!?」
赤福餅。
現代世界では伊勢名物として知られている、餅をこしあんで包んだ和菓子だ。
なぜ、そんなものがこの時代に存在しているのか。
この世界で海人が幾度となく感じてきた知識と現実のギャップ。
それに、またしても遭遇したわけである。
だが、困惑する海人をよそに悠天は首を傾げた。
「赤福? なんじゃそれ?」
「え……?」
「あれはいすゞ餅とかいう奴じゃな。浄御原帝が伊勢を訪れた際に考案したとかいう銘菓らしい」
「浄御原帝……?」
この世界で時折耳にする、浄御原帝の名。
契神術の確立にも大きく寄与し、今の皇国の礎を築いた存在。
そして、赤福のコピーとしか思えないいすゞ餅なる謎の菓子の考案者。
「マジで何もんだよ……」
積み重なっていく謎に、海人はただただ困惑した。
なお、その後悠天が行列に並んだのは言うまでもない。
そして、いすゞ餅を平らげた彼らはその足で皇大神宮に向かった。
▼△▼
海人たちは、五十鈴川に掛かる橋を渡り、皇大神宮こと伊勢内宮に入る。
そこで彼らが目にしたのは、少々予想から外れた光景であった。
「あんまし人いませんね」
「うむ。もう少しいても良さそうなものじゃが……」
人で溢れ返っていた宇治の町。
そことは対照的に、神域内の人はまばらだ。
いや、特別少ないわけではない。
いつもなら恐らく参拝者の数はこんなものだろう。
ただ、外と比べると異常に少ない、というだけだ。
そんな違和感を持ちつつも、海人たちは伊勢内宮の広大な境内をひとまず散策する。
「何か感じます?」
「いや、神気が濃すぎて全く分からぬ。我もここまで濃いとは思っておらんかった」
どこか感心したような表情を浮かべて悠天はそう答えた。
神気についてかなり鋭い感覚を持つ彼女でも、その感覚が狂わされるほどの濃度。
三種の神器の一つ、八咫鏡を介してこの世界に流れ込む高天原の気脈が、そんな状況を作り出している。
彼らは、そのまま神気の発生源、八咫鏡が安置される本殿の手前まで行ってみることにした。
伊勢の本殿までは、基本的に立ち入ることが出来ない。
なので、参拝者は少し離れたところから拝むことになる。
無理に入ろうとすれば、神官に大目玉を食らうことになろう。
ゆえに、海人たちもほかの参拝者に倣って遠くから本殿を眺めた。
「何か分かったり……」
海人が悠天に問いかける。
無論、彼は何も分かっていない。
だが、どうやらそれは彼女も同じであった。
「特に怪しいところはない……我の思い違いか?」
「だと良いんですけど……いや、良くないわ。仁王丸どこだよ……」
結局、皇大神宮で得られた情報は何もなく、陽成院派も仁王丸も見当たらないまま時間だけが過ぎていった。
それでも海人たちは、手掛かりを求めて再度町を巡る。
そして――
結局何にも分からないまま日が暮れた。




