第40話:消えた少女と廃神社
「……ん」
冷たい大地を背中に感じながら、俺は目を覚ました。
差し込んでくる朝日が眩しい。いつの間にか夜が明けてしまっている。
身体はまだ動かない。
寝起きのどことなく気だるいあの感じがまだ抜けないでいる。
昨日の記憶も曖昧だ。正座で説教されてたところまでは覚えてるんだが……
そんなぼんやりとした意識の中、散らばった記憶のピースを寄せ集めてみる。
廃神社、ふいに迷い込んだあの部屋、そして、月詠と名乗る謎の少女――
――とにかく、アンタはもっと強くなることね。まずはそっからだわ……
アイツは、俺を延々と説教した後そう言ったっけ。
色々と癪に障るところもあったが、これについてはその通りだよな。
俺がもっと強ければ、頼りになれば、仁王丸を泣かせることもなかったはずだ。
でも、どうやって強くなる?
彼女を支えるためには、俺はあの『蒼天』と渡り合うような力が無いといけない。
でも、どうすればあのレベルまで到達できる?
ついこの間まで戦乱と無縁だった一介の高校生が、どうすれば蒼天や悠さん、そして師忠さんと同次元まで到達できるというのだろうか。
彼らと俺とでは、純粋に踏んだ修羅場の数が違い過ぎる。
実際に命のやり取りをやってきたであろう猛者たちに食らいつくためには、生半可なことではいけない。
いや、どうするかについては答えなんてとうに出ているんだ。
術式が使えないらしい俺に出来るのは、頭脳戦、そして燃費の半端なく悪い権限の行使くらい。
これらの組み合わせでやっていくしか……
――違う、そうじゃない。
彼女の苦悩は、俺が強いとか弱いとかそういう次元の話じゃないはず。
もっとシンプルで、それゆえに厄介な問題。
俺がいくら強くなっても、根本的な問題は何も解決しないんだ。
……でも、強くならなければまずスタートにすら立てないのか。
強くもない人間の言うことなんて、きっと仁王丸には響かないだろう。
口だけの雑魚になるな、それが月詠の意図だったのかもしれない。
「……ん?」
あれ、そういえば、何でアイツは俺の部屋にいたんだ?
ていうか、あそこホントに俺の部屋?
そもそもアイツは何者なんだ?
「はぁ……」
何一つ聞けないまま追い出されたな……
ていうか、あれは本当に現実だったのだろうか。
実感がない。夢だったのかもしれない。
……でも、なんだろう。
アイツはどこか、懐かしいというか、初めて会った気がしなかった。
それはともかく、
「へぶしっ!!」
11月の真夜中にこんなところに放り出すとかアイツ頭湧いてんのか!?
もう少し配慮とかないの!?
「あぁ、寒いぃぃぃ……」
身体の芯から冷えるような寒さ。
服は朝露に濡れているし、刺すように冷たい風が俺の体温を恐ろしい速度で奪っていく。
手足の感覚がないのは、寝起きだからというよりこの寒さゆえだろう。
ていうか、何で意識ない状態で追い出したんだよ!!
目覚めた状態で追い出しゃいいじゃん!
気付いたら朝だし、普通に低体温で死ぬぞ!?
「ヘックションっ!!」
「あ、いた」
ふいに聞き慣れた声が飛び込んでくる。
昨日仁王丸を泣かせた原因その2だ。
「こんなところで何しとるんじゃ?」
「それは……えっと」
雑草の上で寝転がっている俺を見て、悠さんは当然の疑問を投げかけた。
でもあれ? なんて説明したらいいんだ?
仁王丸探してたらいきなり自分の部屋に迷い込んで、変な奴に説教されて放り出されて現在に至る……
そのまま説明してもよく分からんし普通に頭痛い人だな……
「うーむ……」
脳内で上手く言葉をまとめようとあれこれ考えてみる。
でも、いまいち良い言葉が見当たらない……
そうして何気なく周りを見渡してみたのだが、
「あれ……?」
俺は、今更気付いた。
そう、そんなはずはないのだ。
少なくとも、昨夜はそうでなかった。
「なんで……」
あり得ないはずの光景。
目の前には、ただ、荒れ放題の更地があった。
ここは確か、廃神社だったはず。
ぼうぼうに生え放題の草、そして、倒れた木々の跡などは昨夜見た通りだ。
なのに、建物は一つもない。煙のように、一夜にして消えてしまった。
「ここは……」
「ああ、月読宮……の跡地じゃな」
「跡地?」
「そうじゃ。数年前の洪水で流されて以降、特に再建もされずにそのままよ」
驚きを隠せない俺に、悠さんは当然のように答える。
じゃあそもそも、廃神社なんて元からなかったということか?
なら、俺が見たのは幻覚? それとも夢? あるいはまた別の何か……
それにしても、月読宮……月読命を祀る神社か。
流石に偶然にしちゃ出来過ぎだよな。でも、
「まさか」
あんなちんちくりんが日本神話最高格の神な訳ないだろ。
多分どっかから夢とか幻覚とかが混ざってるに違いない。
「どうかしたのか?」
「まあ、どうかしたかって言われると……」
夢や妄想の話をするわけにもいかず、言い淀む。
だが、悠さんは小難しそうな顔をしたまま頷いた。
「なるほど、曲がりなりにも神子ということか……」
「え?」
「いや、構わぬ。こちらの話だ」
何か思い至ることでもあったのだろうか。
でもまあ、特に言うことがないなら些細なことなのかもしれない。
これ以上気にするのはやめておこう。
それに、今起きたことが分かったところで何の問題も解決しないのだ。
今、俺たちが気にしないといけないのは仁王丸の行方。
俺がこんなところにいるのも、彼女を探して飛び出したからなんだし。
「仁王丸は……帰ってきてないですよね」
「ああ。不思議なことに気配も感じぬ」
「……そうですか」
もしかして、と思って聞いてみたが、やっぱりそう都合良くはいかないよな。
やっぱり、出ていったままか。
「言ったであろう? 無駄じゃと」
暗い顔で下を向く俺に対し、悠さんは相変わらずの自信に満ちた声色でそう告げた。
まるで予てよりそう決まっていたかのような口ぶりに、少し不快感を覚えながら、
「結局はそうだったかもしれませんけど、それは」
「結果論の話ではない。そういう導きじゃ」
「え?」
導き? どういうことだ?
首を傾げる俺に、悠さんは教え諭すような身振りで口を開く。
「我の気まぐれは神の導き。故に、我の気の向かざるはただ偏にそうあらざるべしという高天原の意思よ」
「は、はぁ……」
「まあ、彼奴とはすぐにまた会えよう。そういう導きじゃ」
いまいち何言ってるかよく分からない。
時々悠さんはこういう変な言い回しをする。
だが、自信に満ちた彼女の態度を見るに、相当確信があるのだろう。
この人の勘は妙に当たる。
それはこの旅の随所で感じてきたし、もしかしたらそういう「権限」なのかもしれない。
「って、微妙にしょぼい権限だな」
そんな呟きに、彼女は不思議そうな顔を浮かべて首を傾げている。
だが、すぐにいつものような自信満々な表情を取り戻し、くるりと踵を返した。
「朝餉を終えたら猿田彦神社に向かうぞ」
「え、なんで?」
「あの立烏帽子たちを拾いに行かねばならぬだろう」
「ああ……」
そうだった。完全にアイツらの存在忘れてた。
まあいいや、今日は忙しい。
さっさと戻って色々支度しないと。




