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契神の神子  作者: ふひと
第2章:悠天の神子
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閑話:留守番のひと時

今回は趣向を変えて、留守番組のぐだぐだ回です。

 時は少しさかのぼって神無月七日。

 海人一行が伊勢へと旅立った次の日である。


 二人、人が減った高階邸。

 ここ数日いろいろと騒がしかったこともあって、いつに増して静かに思える。

 犬麻呂も、しゃべり相手が減ってちょっと大人しい。

 師忠はいつも通りのあんな感じである。


 そんな、静かで平穏な高階邸。

 だが、珍しく師忠は自室で文の山と向き合っていた。


「犬麻呂、鹿島(かしま)社からの文はあるでしょうか?」


「ちょっくら待ってくださいな……ん、これか?」


 今回の騒動の前後に、朝廷の管轄下にある全国の神社へ師忠が出した文、その返事の山だ。

 あまりに多いので師忠は犬麻呂に分類を手伝ってもらっている。


「それですね。ありがとう」


 師忠は犬麻呂から文を受け取り、ばっ、と開いて流し読んだ。

 そしてまた、一つ一つ返事を書いていく。

 流麗な筆致で、さらさらと手を止めずに。


 そんなとき、ふと犬麻呂が口を開いた。


「神子さんたちと姉貴は上手くやれてんのかなぁ……」


 彼は静かにそうつぶやく。

 そんな彼の言葉に、師忠は手を止めることなく少し微笑んだ。


「まぁ、なんとかなるでしょう」


「でもよ……あの悠天と一緒だ……ですよ?」


 だが、犬麻呂はそんな師忠とは対照的に心配そうな表情を浮かべている。


 ところどころ敬語が怪しいが、師忠は気にしない。

 気にするような間柄でもない。


 師忠は犬麻呂の言葉に一つ頷き、口を開いた。


「確かに、彼女たち……というより、あの子は一方的に悠天様を嫌っているかもしれませんね」


「嫌ってる、ていうよりは、羨んでるっていう方が近いかもな」


「まあ、両方でしょう。少なくとも、相性は良くない」


 師忠は筆を置く。


「悠天様は一度、今の仁王丸を全否定していますからね。多分彼女にそんな気はなかったでしょうけど」


「ていうか、今の姉貴は俺もあんまり好きじゃねぇ。昔の方が良かった」


 犬麻呂はそう遠い目をして言い放った。

 師忠は、そんな彼を穏やかな目で見つめている。


「そうですね。確かにあの子は、十年前のあの日から自分であることを捨ててしまった。ただ、佐伯の族長としての役割に殉じようとしている」


「そう考えると、あながち悠天の言葉も一理あったんだよな……でも、あそこまで言わなくてもいいのにとは思ったぜ」


「それは、あのお方ですから仕方ありませんよ」


 いくつか思い当たる節があるのか、師忠は苦笑しつつそう答えた。


「ですが、悠天様より再臨様のほうが、あの子にとっては悩みの種ではないのでしょうか」


「どんくさくて弱いからか?」


 なんのオブラートにも包む気のない直球な表現に、師忠は再び苦笑する。

 だが、彼への評価は大体それであっている。ゆえに、救いようがない。


「まあ、そうなんですけど、そういうことでは無くてですね……」


「?」


 首を傾げる犬麻呂。

 そんな彼を見て、師忠は教え諭すように人差し指を立てた。


「いいですか? あの子は、本当は弱いのに強くあろうと、気高くあろうと振舞っている。本当の自分を押さえつけてまで、そうしているのですよ」


「いや、姉貴は強いぞ?」


「ふふ、強さとは何も武芸だけではありませんよ」


 いまいち腑に落ちない様子の犬麻呂。

 だが、師忠は微笑んだまま続ける。


「まぁ、あの子のはある種の呪いですね。その呪いに縛られて、自分を見せることを極端に恐れている。自分を見せれば、父の言いつけを守ることが出来なくなるかもしれない、そう思っているのかもしれません」


「それは、そうなんだろうけど……で、再臨とそれに何の関係があんだ?」


 怪訝な表情を浮かべたまま、犬麻呂はさらに首を傾ける。

 そんな彼の目を見て、師忠は手を広げた。


「あるとも。だって、再臨様ってどうです?武芸はてんで駄目、そして根性があるかと言われたらそれもなんとも。その上世間知らずで向こう見ず。今のあの子のある意味真逆です」


「それは……ちょっと言い過ぎじゃね?」


 苦い表情をして犬麻呂はそう答える。


「ふふ、ですが、それがあの子にとっては不都合極まりない。だって、全部今のあの子ではなることの出来ない、いや、そうあることが許されない姿です。本当は、あの子もそんなに再臨様と変わらないはずなのに、あの子は彼のように生きることが出来ない。そういう呪いです」


「でも、別に羨ましいものじゃないだろ」


「どうでしょうか。案外人間は自分の持たざるものを欲する生き物ですよ」


 そういうと、師忠はにこりと笑った。

 犬麻呂はやはりよく分からない、といった面持ちである。

 弱冠十四歳の、天真爛漫で純粋な次男坊にはなかなか理解が難しい感情の機微なのだろう。


 逆に言えば、犬麻呂はそうした葛藤にあまり苛まれずに育つことが出来たということでもある。


「犬麻呂は昔のまま真っすぐに育ってくれて嬉しいです」


「ハ!? 急になんだ!? 気持ち悪っ!?」


 唐突に父親面してみせる師忠。

 そんな彼に犬麻呂は拒絶反応を示すが、師忠は口元を隠しながら微笑んだ。


「仁王丸は、生真面目過ぎますからねぇ。それに、感情表現が下手で色々溜め込みやすい。犬麻呂くらい単純で、適当な方が生きやすいのですけれども」


「あ? 単純? 適当?」


「ええ、もちろん良い意味で、です。あ、途中から敬語まで適当になってますが、それは直した方がいいですね」


 む、と犬麻呂は口をつぐむ。

 師忠は、慈しむような目で彼を見つめた。


「でもまあ、壁があるよりはない方がいい。犬麻呂も、昔のように『お兄ちゃん』と呼んでくれてもよいのですよ?」


 今度は唐突に兄貴面し始める師忠。

 すると犬麻呂は顔を真っ赤にして、


「ッ! 馬鹿言ってんじゃねェ!」


「?」


「……です」


「よしよし」


 とってつけたような丁寧語でごまかそうとする犬麻呂の頭を撫でながら、師忠は微笑む。

 その様子はやはり、兄弟というより親子に近い。


「……チッ」


 ただ、彼らは親子ではなく主人と家人だ。

 一応家人は主人に逆らえない、ということになっている。


 そのため、犬麻呂も不服そうにしてはいるがおとなしく撫でられ続けるしかないわけだ。


 いや、不服そう、というより気恥ずかしそう、という方が適切かもしれない。

 案外満更でもなさそう様子だ。


 師忠はふと、部屋の外を眺める。日は空高く昇っていた。もうじき正午である。


「……そろそろお昼ですね。家政の方々に休息をとるよう伝えにいってください。それと、私たちも一旦休むこととしましょうか」


「半分休んでたみたいなもんじゃねぇか……」


「?」


 犬麻呂のぼやきに師忠は微笑んだまま首を傾げる。

 無言の圧力というやつだ。


 犬麻呂は師忠の言いつけ通り、部屋を後にする。


 ▼△▼


 一人になった部屋で、師忠は一枚の文を手に取り、それを眺めていた。

 差出人は出雲(いづもの)国造(くにのみやつこ)杵築(きづき)大社の宮司である。


 その文に一通り目を通したのち、師忠は再び空を眺め、口を開いた。


「まぁ、彼なら大丈夫でしょう。きっと、万事上手く収めてくれるはずです。彼女には申し訳ないですが、彼なら仁王丸の殻を破ってくれる、そう私は信じていますよ」

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