第33話:鈴鹿関突破作戦
明朝、土山を出発してから数時間後。
俺たちは山の中にいた。
昨日の晩は雨が降ったのか、結構地面がぬかるんでいる。
足元がドロドロに汚れてしまったし、何より滑って危ない。
靴に荒縄とか巻いた方が良かったか?
「おっ」
ふと、視界が開ける。そして、開けた先を見遣った。
遠く見える谷、その間にある鈴鹿関。そこから広がる平地。
そして、霧の間から見え隠れするのは――
「ひゃぁ……! なんじゃあれ!」
終結した陽成院派と思しき大軍勢。
思わず声に出る。
後ろに続く仁王丸たちも、唖然とした表情でそれを見つめていた。
「前より増えてんじゃねえか」
「陽成院派の軍勢、それも恐らく五千以上……」
鈴鹿御前と仁王丸は苦し気な表情で呟く。
だが、御前一党は別に慌てる様子はない。
「まあ、俺たちにかかりゃあんなのハリボテよ」
「なんたって相手にする必要ねえからな」
へらへらと気の抜けた笑みを浮かべながら、そんなことをのたまった。
そして、慣れた足取りで軽々と歩みを先に進めていく。
「まあ、それはいいんだけど……あっ」
ふとつま先に触れた小石が弾んで、転がって……谷底に消えた。
「他にもっと安全な場所なかったのかよッ!!」
叫びが谷底で木霊する。
右側十数センチ先は急斜面。谷の下までは何メートルあるのだろうか。
霧が掛って全く見えない。見えないけど、多分足を滑らしたら死ぬな、コレ……
――怖ぇ!!
足が震える。正直この先へ行きたくない。
だが、そんな俺を見て自称鈴鹿御前は見下すような目でため息をついた。
「あるわけねえだろ。だから抜け道なんだよ」
「道かコレ!」
「チッ。うッさいなぁ! 静かにしねえとバレんぞ?」
「すみません」
怒られた。まあ、そうだよね。
こっちから向こうが見えるんだから、向こうからも見ようとしたら見える訳だし。
声も、もしかしたら聞こえるのかもしれない。
流石に不用意だった。反省反省。
にしてもやっぱり、
「スニーカーで来る場所じゃねぇ……」
己の装備の貧弱さを今更恨む。
ていうか、学生服とスニーカーで130キロ徒歩旅行ってどう考えても馬鹿だろ……
ため息しか出てこない。
しかし、こんなところで二の足を踏んでいる場合ではないのだ。
勇気をもって進むしかない。
▼△▼
崖沿いの道……的な何かを落ちそうになりながら歩むこと30分弱。
「そろそろだな」
「そうっすね」
御前一党が右手、斜面下側を見遣る。
つられてそちらを見てみると、
「これは……道?」
「そう、俺たちが関を通らずに伊勢入りするために作った道だ」
人が十分すれ違える程度の道幅、整えられた地面、そして、向こうの尾根まで続くれっきとした道がそこにあった。
思わず感嘆の息が漏れる。
これを、こいつらだけで作ったのか!? こんな山の中に?
一体何日、いや、何ヶ月かけたのだろうか……
「すげぇ……」
「そうだろ?」
自称鈴鹿御前……いや、長いな、鈴鹿でいいか。
鈴鹿が自慢げな表情をしている。
まあ、これは自慢したくなるのも分かる。だって普通にすごいもん。
「この道を抜けりゃすぐに……?」
だが鈴鹿は、そこまで言いかけて口を閉じる。
そして、体を前にせり出し目を細めた。
「?」
一同が不思議そうに彼女を見つめる。
彼女は何かに気付き、先を行く子分たちを制止した。
「待て」
全員に緊張が走る。
皆、鈴鹿の見る方を睨みつけた。
不測の事態。
「……マジかよ」
遅れて、俺もようやくその事態に気付く。
向こうの尾根側の道。距離にして1キロ有るか無いかのところに、人影がある。
それも、10や20ではない。百単位の人間が、集まっている。
――陽成院派の軍勢!?
「なぜこのに人が道にいる……?」
「どうしやす?」
「どうするも何も、迂回するしか……」
「迂回ってどこを?」
一党は俄かに慌ただしくなる。皆が、厳しい表情を浮かべていた。
「……っ!」
道が塞がれている。
陽成院派は、関破りをする人間を絶対に逃がすまいと、こちらにも人員を割いていたのだ。
――どうする、どうしたらいい!?
「ど、どうしましょう!?引き返します?」
頬を伝う冷や汗を拭いながら、一番今落ち着いていそうな悠さんに尋ねてみる。
すると、悠さんは呆れるような表情を見せた。
「随分気弱じゃのう」
そして、手を額に当てて向こうを眺め、
「数は……二百前後。じゃが、えらく集まっておるな」
そう呟くと、今度はこちらを見渡して、ふむ、と頷いた。
「こっちは十六人……余裕じゃな」
鈴鹿は、そんな悠さんを見て血相を変える。
「まさか、戦うつもりか?そんなことしたらすぐに奴らは集まってくるぞ!?」
しかし、そんな彼女を悠さんは一笑に付す。
「馬鹿か」
「え?」
困惑する一同。
だが、悠さんはそんな俺たちを尻目に天を仰いで腕を組んだ。
―― 一体、何を……
暫くして、彼女はふいに口を開いた。
「確か、昨夜は雨が降っておったようじゃな。なら、気を付けねばならぬ」
「……それは、どういう?」
悠さんは、ニヤリと笑う。そして、流し目で俺と仁王丸を見た。
「女、再臨は任せたぞ?」
「は?」
その、直後、
「ふっ!!」
彼女は、大地を強く踏みしめた。
その接地点から、亀裂が走る。
その亀裂は広がり、新たな亀裂を生んで、目の前の斜面いっぱいに広がっていって――
「!!」
ついには、雨でぬかるんだ斜面を崩落に追い込んだ。
「なっ!!はぁッ!?」
物凄い音を立てて山が崩れる。
向こうに見える陽成院派の兵が、崩落に巻き込まれてゆく様が見えた。
だが、他人ごとではない。
今、俺たちが立つ斜面もついに崩れ始める。
「おわッ!」
「えっ!?」
悠さんが俺を仁王丸の方へ突き飛ばす。
その勢いで、俺たち二人は空中へ放り出された。
「それ、飛べっ!」
「はぁ!?」
土砂崩れに巻き込まれそうな鈴鹿たちに悠さんはそう叫び、時を同じくして彼女も跳んだ。
そして、何かに気付いた素振りをして再び笑みを浮かべる。
「……なるほど、好都合じゃな」
嫌な予感が走る。
「このまま飛ぶぞ」
「ッ!?」
悠さんは空中で身を翻し、札を撒く。
そして、一同は光に包まれた。
この感覚は身に覚えがある。
――転移術式!!
「無茶苦茶だっ!!」
そんな俺たちの叫びは山崩れの轟音にかき消されていった。
▼△▼
「うわぁッ!!」
視界が二転三転する。
そして、草むらに顔から墜落した。
「ふッ、ふざけるなっ!!」
「死ぬかと思ったわ!」
「あれが一番手っ取り早いであろう?」
華麗に着地を決めて、悠さんは悪びれる様子もなく自慢げにそう言い放つ。
「いい加減にして下さいよ……」
頭を押さえ、目を回した様子の仁王丸がふらつきながらそう呟いた。
だが、見たところ鈴鹿たちも全員無事……なのかは微妙なところだが、生きてる。
一応悠さんの咄嗟の行動は上手くいったということだろう。
「ここは、どこでしょうか……」
「す……鈴鹿川だな。はぁ、はぁ……は、半里ほど飛んだか?」
キョロキョロと周りを見渡しながら鈴鹿はそう判断した。
半里ってことは2キロ強か。めっちゃ飛んだな……
「っていうか……」
――飛べるなら最初から飛んどけよ!わざわざ山崩さなくてもいいじゃん!
不満を込めて悠さんを睨んでみる。
そして、彼女を憎らし気に睨むのは俺だけではなかった。
「チッ……お前が山を崩したせいで俺たち帰れねえじゃねぇか!」
「そうか、帰りのことを考えておらんかった……まあ、帰りは奴らを殲滅すればそれで良かろう」
完全に眼中になかった、といったふうに悠さんは腕を組んで天を仰ぐ。
そして、勝手に自己解決するが鈴鹿たちはそうもいかない。
「よくねえよ!!俺たちにゃそんなこと出来ないんだよ!どうしてくれんだッ!!」
「そうだそうだ!!」
帰り道を山ごと消された鈴鹿一党。
予定が狂うどころの騒ぎではない。
――すげぇ気の毒……
しかし、帰れなくなったのならせっかくだし――
「じゃあお前らも伊勢まで来たら?」
鈴鹿たちに同行を誘ってみる。
しかし、彼女は理解不能といった感じの面持ちだ。
「伊勢ぇ?何しに?」
聞き返された。
でもまあ、何しに、って聞かれても……
「さぁ?」
「さぁ?じゃねえ!!」
またなんか勝手に騒ぎ出した。
何が不満なのだろうか。
「まあ、何かと役には立つかもしれませんし」
「立つか?」
「立たんことはないじゃろう」
役には立たない気がする。
それはさておき、ほら、悠さんたちも乗り気だし。
しかし鈴鹿たちはなお不服そうだ。
「勝手に話を進めるんじゃねぇ!!」
「うるさい、ちょっと黙って」
「ふっざけんじゃねぇ!!」
旅は道連れとはよく言ったものだ。これも旅の醍醐味の一つなのだろう。
かくして、鈴鹿一党も成り行きで伊勢まで同行することとなった。




