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契神の神子  作者: ふひと
第2章:悠天の神子
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第32話:鈴鹿峠の女盗賊

「どんな術式じゃ!?」

「だから術式じゃないって!」

「嘘を申すでない!術式無しで、鉄の塊が空を飛ぶはずがなかろう!」

「それは航空力学が!」

「よくわからぬ言葉を使うな!」


 海人と悠天が必死の形相で言い争いをしていると、ふいに戸が開いた。

 お互いの頬をつまんだ状態の彼らは、同時にその方向を向く。


「ただいま戻りました」


ふいふんほほ(ずいぶんおそ)はっはほう(かったのう)


 そこには、浴衣を着た仁王丸が立っていた。

 風呂上りすぐで、いつもは雪のように白い肌が微かに火照っている。

 それに、いつもは結ばれている黒髪が今は下げられていた。


 ――へぇ、思ったより髪長いな。というか、浴衣とかあるんだ。なんというか……


 いつもと違う雰囲気の仁王丸に、海人は少しドキリ、とする。


 だが、着目すべきはそこではない。

 着目すべきは、彼女の足元……に転がる簀巻きにされた人物だ。


「誰じゃそいつ」

「誰とは失敬な! 俺はかの有名な大盗賊、鈴鹿御前だぞ!」


 その女は、歯をむき出して不服を露にした。

 だが、ぴんと来ない海人と悠天は、ぽかーん、とした顔で彼女を眺める。


「そうか。我は悠天の神子じゃ」

「俺は再臨の神子」


 悠天が躊躇いなく名乗ったので海人もそれに続く。

 だが、女は嘲るような表情を浮かべた。


「はっ! 戯言を! 神子がこんなところにおるはずがなかろう! 下らぬ噓をつくな!」


 まあ、そうなるだろう。

 皇国の最高戦力にしてシステムの軸、それが神子だ。

 そんなものがおいそれと京の外にいていいはずがない。

 しかも、二人などあり得るはずがない。


 だが、それはあくまでいつもの話だ。


「……あれ?」


 悲しいことに、今はいるのである。誰も嘘などついていない。

 故に、三人は何か哀れなものを見るような目で彼女を見つめる。


「本物……?」


 三人は無言で頷く。


 そしてようやく、彼女は自らが置かれた絶望的な状況を理解し、青ざめた。

 一人で一万の敵を相手に出来る、神子。それが二人。


 戦えばどうなるかは想像に難くない。


「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」


 鈴鹿御前と名乗った女は、悲鳴を上げて泡を吹き、失神した。


 そんな状況を若干引きながら静観していた海人は、冷や汗を流しながらおずおずと口を開く。


「あのー、仁王丸さん? とりあえず、状況説明お願いします」





 ▼△▼


 仁王丸は、一通り湯屋で起こった顛末を説明する。


 つまりはこうらしい。


 湯屋で怪しい気配を感じ、警告したところ彼女たちが現れた。投降しなかったので戦闘になった。

 が、大して強くなかったので全員倒して拘束し、リーダー格っぽいこの女だけ連れてきた。


「で、現在に至ると。捕まえる意味あった?」


「何かの役に立つかもしれません」

「立つか?」


 今一つ仁王丸の意図が読めずに、海人と悠天は同じように首を傾げた。

 すると、いつのまにか目覚めた自称鈴鹿御前が何かを言いたそうな目で彼らを見ている。


「どうした?」

「どうした? じゃねえよ! 好き勝手言いやがって! 俺はお前たちに協力してやる義理はねぇ!」


 簀巻きにされた状態で、じたばたしながら大声を上げる自称鈴鹿御前。

 仁王丸はそんな彼女に冷ややかな視線を送って、


「義理はありませんが、拒否権もないでしょう?」

「ひでぇ!ていうか、なんだお前、急に丁寧な言葉遣いで気味悪ぃな……」


 苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべて彼女は三人の顔を順に眺める。

 そして、ふと不思議そうな顔を浮かべて首を傾げた。


「ていうか、なんで都の貴族サマがこんなトコにいんだ?」


「それを話しても構いませんが、口外すればあなた方を根絶やしにしなければなりませんね」

「怖ぇ! が、こうなっちゃどうせ一緒だろ。教えてくれよ」


 二コリと笑ったまま物騒な返答をよこす仁王丸に怯みながらも、己の興味を追及する自称鈴鹿御前。


 好奇心は猫を殺す、というが、まな板の上の鯉はどうせ板前次第なのだ。

 なら、調理される前にどうあがこうが大した問題ではない。


 そんな様子の彼女に仁王丸は観念して、ため息をつく。


「我々は伊勢の神宮に向かっております」

「は?そりゃ無理だな!」


 自称鈴鹿御前は、そんな返答を豪快に笑い飛ばした。

 三人は、怪訝な表情を浮かべる。


「何?」

「何?じゃねぇよ。一昨日から上皇さんの兵二千が鈴鹿関を封鎖してる。お前らはそこでしまいさ」


「そんなことは知っている。だが、転移で渡ればいいでしょう」


 仁王丸は平然と言い放つ。

 だが、自称鈴鹿御前はそんな彼女を嘲るように、


「転移?お前らが使う妖術の類か?そんなもん上皇さんが備えてないはずないだろ」


「備えじゃと?」


「ああ、詳しくは知らんが、この前何者かが関を無理やり飛び越えて、伊勢側で斬られてたぜ」


 ここに来て、衝撃の事実が告げられる。

 陽成院派の対策、それに関してノーマークだったわけだ。


 まあ無理もない。

 転移術式なんてものを扱えるものはごく少数しかいないのだ。

 その上、対策には中々コストがかかる。普通の戦術的思考ならリソース配分の優先度は低い。

 

 故に、転移術式への対策の存在などそうは思い至らない。


 仁王丸は顎に手を当て、少し考え込む。


「探知系の術式、もしくは術式阻害……」


「何言ってんのかわからんが、俺はこの目で見たんだ。間違いない」


 そう語る自称鈴鹿御前。

 しかし、海人は聞き逃さなかった。


「見た?」


 その反応に、彼女は自慢げは表情を浮かべて


「ああ、伊勢側からな」

「!!」


 堂々と言い放つ。そして、畳みかけるように、


「俺は関の越え方を知ってる。教えて欲しけりゃ条件を飲みな!」


 彼女は、この圧倒的不利な状況から三人に交渉を持ち掛けた。

 だが、そんな彼女を海人は一笑に付す。


「馬鹿か。俺たちががお前の言うことを聞く必要がどこにある?俺たちの力を以てすれば雑兵の2千程度簡単に殲滅できるぞ?」


 自分は弱いくせに、ちょっと調子に乗った様子でそう返す。

 だが、自称鈴鹿御前はにやにやとした表情で、


「兄ちゃん嘘下手だねぇ。目を見りゃバレバレだ。」

「はぇ?」


 全部お見通し、といった感じの彼女。海人は頓狂な声を上げる。

 ただ、今回は完全に海人の負けだ。


 今回の旅は隠密。

 海人が言ったような派手な立ち回りをすれば計画がすべておじゃんになる。


 そして、彼女はにやにやしたまま、


「そういうのは盗賊の勘で分かんだよ。それにな、ホントに伊勢行だけが目的なら、都はもっと数送るだろ普通。ってことはお忍びでの伊勢旅行か? 可愛い姉ちゃん二人も連れていい御身分だなぁ」

「ちょ、そんなんじゃない!」


「我はそれでも良いがの」

「そういうのはちょっと……」


 女性陣二人が正反対の反応を示す。

 結局、簀巻きの女一人に全部かき乱されてしまった形だ。


 悠天は、ばたばたする海人を一瞥してため息をつき、自称鈴鹿御前を見る。


「其方の言うことは大体合っておる。確かに我らは強硬策は取れん。奴らに悟られるわけには行かないからな」


「へぇ、隠密で神子まで出すとは、一体帝は何考えてんだ?」


 話が再び逸れそうになる。仁王丸はすかさず牽制。


「下らぬ詮索はよして頂きたい。話を戻しましょう。貴女は、関の越え方を知っていると言いましたね」


「ああ、言った」


「では、条件とは何でしょう」


 仁王丸は問いかける。

 海人と悠天も、自称鈴鹿御前を見つめた。


 妙な沈黙が部屋を支配する。


 そして、彼女は楽し気な表情を浮かべてニカリ、と笑った。


「俺たちを都に連れていけ」


 蠟燭の灯が揺れる。

 再びの妙な沈黙が訪れた。そして――


「は?」


 想定外の答えに、三人は間の抜けた声を上げた。

 だが、彼女は楽し気な表情を浮かべたまま、


「そのままの意味さ。一度都に行ってみたかったんだよ」


 その返答に、三人とも怪訝な表情を浮かべる。


「…?勝手に行けば宜しいのでは?」

「馬鹿か。逢坂関には抜け道が無い」


 三人は顔を見合わせる。


 今一つ納得がいかない海人たちだが、本人が納得するならそれでいいのだろう。


 結局、仁王丸は頷いた。


「まあ、それだけでいいなら構わないでしょう。分かりました」


 自称鈴鹿御前も頷き、にやりとほくそ笑む。


(たが)えるなよ?」

「其方らこそ、違えたときはどうなるか分かっておるな」


 こうして、自称鈴鹿御前との取引が成立した。







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