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契神の神子  作者: ふひと
第2章:悠天の神子
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第31話:今しばらくの休息

「ゼェ……ゼエ……つ、着いた?」


「ええ、お疲れ様です」


 甲賀から約17キロ、時間にして5時間弱。

 ようやく二日目の休息地点、近江国土山へと到着した。


 手元の時計で5時32分。もう日は落ちかけている。

 10月……いや、旧暦の10月だから11月か。11月の日の入りは早い。


 土山はあんまり正直聞いたことない地名だけど、伊勢まで斎宮とか勅使が歩いていくときの休息地点らしい。

 それでまあまあ栄えていると仁王丸は言っていたが、そんなに人がいない。

 陽成院派が鈴鹿の関を封鎖しているからだろうか。それに、心なしか寂れてるようにも見える。

 今回泊ることにした宿もなんかボロい。


「ボロっちいのう」


「確かに」


「まあ、雨風凌げるだけいいじゃないですか」


 ▼△▼


「どうも、ようおいでなさいました。さあさ、こちらへ」


 ご主人が出てきて案内してくれる。外に比べたら中はまあまあきれい。

 にしても、サービスとかほぼ現代のまんまだな……


「お食事は後程お持ちいたします。それまで、どうぞごゆるりと」


 部屋も、思ってたほど悪くない。


「昨日よりは広いな」

「じゃが、ちとボロい」


 相変わらず悠さんは部屋に厳しい。まあ比較元のレベルが高すぎるんだろうな……


「文句言わないでください。泊まれるだけありがたいのですから」


 しかし、今回は仁王丸も特に咎めまではしない。まあボロいのは否めないし。


 それはともかく、足がずっと悲鳴を上げている。

 この二日間ずっと歩きっぱなしだ。まあ甲賀で悠さんに直してもらったが、それでもそっから5時間ぶっ通し。運動不足の現代人には辛い。


 そうして自分の足をさすっていると、悠さんが手をこまねいた。


「ほれ、近う寄れ」


 彼女が手をかざす。ほんのり暖かい感覚とともに、痛みが和らいでいく。


「ありがとうございます。てか、それ便利ですね」

「ああ、我の権限と以てすればこの程度朝飯前よ」


 原理はいまいちよくわからない。仁王丸いわく、悠さんが今やっていることは契神術の常識から外れるものらしい。だが、治るなら俺はそれでいいのだ。


 ああ、俺もこんなん出来たらいいのになあ……暇な時に練習してみるか。適正ないらしいけど。


 そんなことを考えていると夕食が運ばれてきた。


 ▼△▼


 夕食を終え、女将さんが食器を片付けに来る。そんな時のこと。


「湯屋? 湯屋があるのですか!?」


「ええ、ありますとも」


 嬉し気な仁王丸の声に、女将さんが微笑んで答える。


 湯屋……って響き的にお風呂か。へー、そんなのあるんだ。

 蒸し風呂みたいなのは高階邸にもあったけど、こんな宿にもお風呂ってあるもんなのか。

 勢多にはなかったのに……


 まあともかく、二日も体を洗えていないわけだ。あるというなら有難い。

 仁王丸とか悠さんとか女性陣はなおさらだろう。

 この時代の衛生観念がどんなものかは知らないけど。


「ああ、ですが……」


 何かを思い出したように、仁王丸が表情を曇らせた。


「どうした?」


「従者である私がそんな……」


 なるほど、そういうことね。相変わらず律儀だなぁ。

 このメンツでそんなの気にしなくていいのに。

 俺はもとより、悠さんもそういうの気にするタイプではないだろう。


「全然いいよ! 先行って来たら?」

「そうじゃ。再臨のお守なら我がやっておく。先に行くがよい」


「お守って……」


 しれっと悠さんがそう言う。

 そうか。仁王丸は俺の護衛か。それで俺から離れないために躊躇ったと。


 ……はぁ、不甲斐ない。俺が弱いばかりに。


 だが、そんな俺たちの言葉を受けて、少し落ち着かなさそうにしながらも、仁王丸は頷いた。


「……では、お言葉に甘えて」


 湯屋は離れの建物にあるらしい。

 給湯器もないのにどうやって沸かしているのかよくわからないが、きっと俺の知らない謎のテクノロジーがあるのだろう。


 いや、流石にそれはないか。別に科学のレベルは史実通りって感じだし……


 そんなことを考えていると、ふいに悠さんが肩をつかんできた。


「ようやく、じゃな」

「えっ、はぃ!?」


 悠さんが俺に後ろからゆっくりと手をまわしてくる。

 突然の出来事に俺は何も出来ない。


 ――え、ちょっ……へ!?


 女性経験が全くない俺には、この状況も、彼女の考えも全く分からない。


 そして彼女は、固まる俺の肩の上に顎を乗せて、上目遣いでふふ、と笑った。


 ――何!? 急に何!? あ、当たってますよ!? え!?


 なんかめちゃくちゃウキウキしてるんだけど! 何これ? 襲われるの?


「お、お手柔らかに……」

「? 何を申しておるのだ? 我は其方に聞いてみたいことがあっただけじゃ。彼奴がおると落ち着いて聞けんじゃろうが」


「はい?」


 悠さんはきょとん、とした表情で首を傾げる。

 何言ってんだコイツ……って感じの顔だ。


「其方は先の世から来たのであろう?先の世とはどのような場所じゃ?」


 ああ、そういうことね。なんだ、残念……じゃない。良かった。


 にしても、今まで師忠さんも、仁王丸も、そして一番興味ありそうな犬麻呂すら全く聞いてこなかったんだよね。まさか最初に聞いてくるのが悠さんとは思わなかった。てっきしみんな興味ないんだと……


 丁度そろそろ誰かに話したいなぁ、とか思ってたし、いい機会だ。


 そういうことなら気のすむまで話してあげよう。


 ▼△▼


「……ふぅ」


 ふと、息が漏れる。


 彼女にとっては、久方ぶりの一人の時間。そして、休息のひと時だ。


 再臨の転移、蒼天の急襲、そして例幣使の護衛。

 ここ十日ほどは、休息という休息も取れず、慌ただしい日々が続いた。


 だが、こうして一息つくことが出来る時間がふいに訪れたのである。

 これまで続いていた緊張の糸が、ほどけていく――


「――っ!」


 仁王丸は自分の頬をぱしり、と叩いた。


 ――私としたことが、こんなことで緩んでしまってどうする。


「まったく」


 彼女はため息をつく。


 武門の族長であり、要人の警護を任せられた自分が緊張の糸を切ることなどあってはならない。何時いかなる時も、自分の立場を弁え、恥じることのない行動を心掛けなくては――そんな誓いが、彼女の心を支配する。


 そんな時、ふと彼女の脳裏に一人の少年の姿が浮かんだ。


 ――犬麻呂は、今頃どうしているのだろうか……


 彼女は唯一生き残った大事な家族に思いを馳せる。

 仁王丸と犬麻呂。いつも、姉弟は一緒だった。分かれての任務など、初めてかもしれない。


 犬麻呂は京で留守番中だ。

 余計な事をやらかしてなければいいが――などと彼女は心配してみる。

 が、こんなところからでは不安がっても仕方がない。


 彼女は、胸に手を当て目をつむる。


 別に、弟がいなくても、すべきことは変わらないのだ。ただ、いつも通りの自分を演じるだけ。


 ――私は、佐伯の族長なんだ。自分の人生がどうなろうと、佐伯の家を、父さまが守ろうとしたものを受け継いでいかなければならない。父さまが、あの術式を私に託したのは、そういうことなのだから……


 深く、深く刻み込む。自分が生き残った意味を忘れないために。自分がすべきことを、決して忘れないために――


「ぷはっ」


 彼女は勢いよく息を吐きだす。気づけば、顔まで湯に浸かっていた。


 ――駄目だ、やっぱり緩んでいる。


 再び、ため息をついた。


 ――あの二人と一緒にいると、どうしても気が緩んでしまう。あの人たちは、どこまでも気楽だ。私の苦悩など、微塵も理解できていない。出来るはずもない。


 仁王丸は、鼻から下まで湯に浸かった。


 そして、向こうで揺れる明かりを伏し目がちに見ながら、物思いにふける。

 彼女の緊張の糸をほぐす元凶、その二人を思い浮かべながら。


 まず、最初に思い浮かべたのは緑髪の、琥珀の目の彼女だ。

 かつて、仁王丸の嘆願を一笑に付した、そんな尊大で傲岸不遜な彼女。


 ――悠天は自由だ。何物にも縛られない精神と、それを可能にする絶対的な力を持っている。私は、彼女のようにはなれない。彼女ほど強くはない。強くはなれない。羨ましい。


 ぶくぶく、と息を吹きながら、ぶつけようもない思いの丈を頭の中で巡らせる。


「……」


 次に思い浮かべたのは、黒髪の少年だ。

 弱くて、役立たず。守られてばかりの少年。


 ――再臨は、世間知らずだ。この世界のことを何も知らない。そして、お人よしだ。きっと、元の世界でも甘やかされて、何の苦労もなく生きてきたのだろう。妬ましい。


 仁王丸は、ばっ、と体を起こした。

 黒髪の少年、海人に対する不満は止まらない。

 彼女は、憎らし気な表情を浮かべたまま、湯船の縁で頬杖を突く。


 ――無力な癖に、何が手伝うよ、だ。人に希望を持たせるのなら、それに見合う力を身に着けろ。神子というから助力を求めたのに、これでは話が違う。正直、師忠様があれほど貴方を買っている理由が分からない。もういっそ、見限ってしまおうという気すら起きてくる。なのに――


「……なんでだろう」


 どうしても、彼を憎み切れない。

 彼を、どこぞへ捨ててしまいたいとまでは思えない。


 口だけのお人よし――彼女がもっとも嫌いなタイプの人種。

 あの少年は、間違いなくそのタイプの人間だろう。


 なのに、仁王丸は心のどこかで彼を嫌いになり切れないでいる。


「……はぁ」


 ――私も、世間知らずでお人よし、なのだろうか。


 仁王丸は忌々し気な表情を浮かべ、一息つく。

 そして、湯屋を後にしようとした、その時だった。


「!?」


 周囲に気配がする。殺意まではいかないが、敵意に近い感覚。

 彼女は身構える。


 ――陽成院の刺客か?


「誰だ」


 返事はない。だが、気配は消えていない。


「いるのは分かっている。十三人。直ちに投降せよ」


 藪の中でガサっ、と音が鳴った。


 出てきたのは、十二人の様々な装いの男たち。

 だが、戦をする格好には見えない。

 特別強そうなわけでもないし、陽成院の刺客ではなさそうだ。


 仁王丸は、首を傾げた。


「……覗き?」


「違うわ! お前の貧相な身体なぞ誰が見るか!」


「チッ」


 一人の男の返答に、仁王丸は凍えるような冷たい目をして舌打ちする。

 男たちは一瞬ひるんだが、すぐに持ち直して進み出た。

 そして、各々がわいわい言い始める。


「その余裕がいつまで持つかな、小娘!」

「俺たちを誰だと思っている!」

「そうだそうだ!」


 勝手に盛り上がる野郎どもを傍目に、仁王丸は再び首を傾げる。


 ――陽成院の手先でないなら、何者だろう?夜盗か?


「親分、何か言ってやってくださいよ!」


 一人の男が、藪の中に向かって声を上げる。


 ――親分?


 そして、「親分」と呼ばれた人物が、ついに姿を現した。

 派手な装束に立烏帽子(たてえぼし)

 そんな奇怪な出で立ちの女性が、そこに堂々と立っている。


 彼女は、ポーズをとって仁王丸を指さした。


「俺は泣く子も黙る大盗賊立烏帽子!またの名を鈴鹿御前(すずかごぜん)と言う!小娘よ、よく覚えておけ!」


 大げさな口上を切って見せる鈴鹿御前。そしてはやし立てる男ども。


 だが、仁王丸の視線は冷ややかだ。


 ――鈴鹿御前……?


 鈴鹿御前。鈴鹿山を拠点とし、鈴鹿峠を越える旅人たちを襲った伝説の女盗賊だ。


 だが、彼女は百年以上前に征夷大将軍坂上(さかのうえの)田村麻呂(たむらまろ)によって制されたという。

 それに、ここは鈴鹿峠からも少し距離がある。設定がガバガバだ。


 しかし、盗賊だというのなら鈴鹿御前だろうが何だろうが放っておいて碌なことはない。

 ここで排除しておくのが吉、そう仁王丸は判断した。


「お前たち、その娘を捕らえよ!」


「まったく」


 彼女はため息をつく。暗く静かな山奥に、煌びやかな光球が舞い、爆音が轟いた。







取りあえず服着よう。寒いし。

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