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契神の神子  作者: ふひと
第2章:悠天の神子
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第30話:穏やかな旅路

 ――平安京、内裏、清涼殿。


「おや、師輔卿ではないですか。陛下のご機嫌はいかがでした?」


 にこり、と微笑み、師忠は飴色の髪をした不機嫌そうな青年、藤原師輔に声をかけた。

 師輔はおそらく彼が一番会いたくなかったであろう人物との遭遇に、その不機嫌そうな表情をより一層不機嫌そうにして、


「ふん」


 とぞんざいな態度を取る。だが、立ち去りはせず腕を組み柱にもたれ掛かった。

 時間を持て余した彼は、この気に食わない男の相手をしてやることにしたのだ。


「陛下は相変わらず穏やかなご気性でいらっしゃる。この頃はお体の調子も大層よろしいそうだ」


「それは良かった。陛下は病弱でいらっしゃるから、あまり表においでにならない。お会いになるのも摂政殿下をはじめごく限られた方だけですし、私としてはやはり気掛かりで……」


 軽薄な笑みを浮かべながら、師忠はぺらぺらと話す。

 だが、師輔は知っている。この男がこのような話し方をするときは、大抵心にもないことを喋っているということを。


 故に、師輔は彼の顔を見てため息を一つついた。


「御託はいい。本題を話せ」


「では、再臨様を今回伊勢に送るよう仕向けたのはどなたでしょうか?」


 表情一つ変えずに師忠は問いかける。だが、先程のような軽薄な空気は消え失せ、不思議な緊張感が走った。


「……それを知ってどうする?」


「純粋な興味ですよ。大体の意図は分かりますが、そこに至る過程が気になる」


「過程だと?」


 師輔は怪訝な表情を見せ、首を軽く傾げる。

 師忠は、微笑を浮かべたまま首肯した。


「ええ、だって今回の目的って伊勢の神鏡を我々の支配下に置くことでしょう?でも、それならなんの戦力にもならない再臨様なんて送っても仕方ないのでは?」


 ――やはり知っていた、いや、気づいていたか。


 今回の決定に関与していない師忠が、本来知りえないはずの「目的」をあっさり当ててみせたことに師輔はわずかばかりの感心を覚える。だが、肝心の意図、真意は読めない。


「……何が言いたい?」


 怪訝な表情のまま、師輔は師忠の顔を睨みつけた。


「いえいえ、再臨の権限の()()()、それに思い至ったのは誰なのか気になるだけですよ。なんたってその辺りの知識は我ら高階の専売特許。漏れたのなら一大事ですし、自力で辿り着かれたのならそれはそれで高階の存在意義に関わりますから」


「……なるほど、そういうことか」


 師忠の意図、懸念をようやく理解し、師輔はふむ、と頷いた。


「で、結局誰です?」


 師忠は、半目でじろりと師輔を見つめる。師輔は、観念して息を吐いた。


「……我だ」

「まあそうだと思って聞いたんですけどね」


 想定外の返しに師輔は目を見開いて師忠を見る。

 師忠はそんな彼の珍しい表情を見てただ愉快そうに、意地悪な笑みを浮かべた。


「思いのほか再臨様を買っておいでなんですね?」


「馬鹿を言え。ただ、あのような愚輩でも使いようはあると踏んだまでよ」


 師輔は冷静さを取り戻して、またいつものように不機嫌そうな尊大な態度でそう答えた。

 だが、師忠はまたしてもふふ、と微笑んで、


「さて、まあ実はそんなことはどうでも良いんですけどね」


「は?」


 師輔は再び意表を突かれて頓狂な声を上げた。


「今日は単に貴方の様子を伺いに来ただけです。思っていたより平気そうで何より」


「何?」


 師輔は純粋に困惑の表情を浮かべる。

 もう完全に場の主導権は師忠に握られていた。その師忠はまたしても意地悪な笑みを浮かべている。


「正使が悠天様に決まってさぞ気を揉んだことでしょう?護衛に犬麻呂ではなく仁王丸を遣わした私の好手を是非とも褒めて頂きたいですねぇ」


 そんな師忠の言葉で、ついに彼の真意に気づいた師輔はその馬鹿馬鹿しさにため息をついた。


「……そういうことか。下らん」


「ふふ、そうかっかなさらずとも。心配せずとも悠天様はそんな浮気者ではあ」


 突如師忠と師輔の間に空間の歪みが生じ、師忠の前で眩い光の塊がはじけ飛ぶ。


「口を閉じよ、痴れ者め」


 部屋の中に白い煙が満ちた。

 だが、その一閃をまともに受けたはずの師忠はその煙を手で払いながらいくつか咳払いをして、再び微笑む。無論、彼にはかすり傷一つ付いていない。


「おお、怖い怖い……」


「チッ」


 師輔は憎らし気な表情を浮かべて師忠を睨みつける。

 一方師忠はといえば、ああ愉快愉快、といった感じの顔だ。結局のところ、師忠はただ師輔をからかいに来ただけなのである。


「ふふ、私としてはこれで満足です。ではまた」


 手をひらひらと振って袖を翻し、師忠は部屋を後にする。

 師輔は追わない。追っても無駄なことを彼は知っている。故に、憎らし気な表情を浮かべたまま独り言つ。


「……性悪め」



 ▼△▼



「……性悪め」


 緑髪の少女、悠天の神子は不機嫌そうに口をとがらせる。

 そんな彼女の態度に、従者の少女、仁王丸はため息をついた。


 この旅始まって2日目にして、誇張抜きに百回は見たかと思われる光景である。


「旅銭をむやみに使わないでください。そもそも、甲賀で休息を取り、土山(つちやま)まで行くとおっしゃったのは貴女ではありませんか!」


「うるさい!我は腹が減ったのだ!そしてそこに茶屋があった。この意味が分からぬとは言わせまい!」


「分かっているから咎めているのですよ!」


「むう……」


 悠天は頬を膨らませていじける。仁王丸は微笑を浮かべ、光の消えた瞳でそんな彼女を睨んだ。


「二十五にもなって子供ですか?片腹痛いですね」


「言うたな小童め!」

「!?」


 悠天が叫ぶのと同時に海人が驚愕する。


 ――え、悠さん25!?8歳も年上なの!?普通に1、2歳上ぐらいかな、とか思ってた!マジか……いや、流石にその歳でそれは……


「ちょっとキツい」

「な、其方まで!?」


 思わぬ側面攻撃に、悠天は力なく片膝をついた。

 だが、海人も仁王丸も取り合わずにすたすた歩いていく。


「ま、待つのじゃ!我を置いていくでない!」


 のどかな風景に、悠天の悲痛な叫び声が木霊した。


 ▼△▼


 ――数刻後、海人の腕時計時間で12時半頃。


「……田舎じゃの」


「そりゃそうでしょ」


 近江国、甲賀。川沿いに広がる集落と、街道沿いに散在する茶屋くらいしか特にない。典型的な日本の原風景がそこにある。

 なお、甲賀といえば忍者の里で知られているが、無論忍者など平安時代にいるはずがない。が、それはあくまで元の世界の歴史での話だ。この世界だともしかしたらいるのかもしれない。


「忍者っているの?」


「忍者……とは?」


 いないようだ。


 それはさておき、そろそろ空腹が限界な悠天と、そろそろ足が限界な海人の意向により適当なその辺の茶屋に入り休息が取られることになった。まあ、意向といっても元々ここでの休息は予定通りなのだが。


 茶屋のメニューはシンプル。握り飯with梅干しと茶、そして団子くらいしかない。ただ、それでも今は新米のシーズン。米は美味しい。それに、かれこれ4時間ぶっ通しで歩いてきた彼らにはこれ以上ない御馳走だ。


 しかし、そうは言っても満たされるのは腹だけ。疲労まではどうにもならない。特に、海人の筋肉痛はピークに達していた。

 仕方ない。なんだかんだいって勢多から甲賀までは20キロちょっと、京都から甲賀までは40キロ以上ある。そんな距離を歩いて移動する現代人などそうはいない。転移時の靴がローファーではなくスニーカーだったのは不幸中の幸いか。


「足がヤバい」


「そうか、ほれ」


「!?」


 おにぎりを頬張りながら悠天が無造作に手をかざす。すると、海人の筋肉痛はかなりマシになった。信じられない体験に海人は衝撃を覚える。


 ――まあ、今更筋肉痛治った程度で驚くのもアレだけど……


「治癒術式……でしょうか」


 少し驚いたような顔で仁王丸が見つめる。


「術式なんて大層なものではない。ただ神気を流しただけじゃ」


「流しただけって……それで痛みが和らぐとは……」


「けど、実際楽になったぜ?」


「そうか、良かった。まあ、確かに流すだけで治るわけはないが、我が為せば成る。ただそれだけのことよ」


 悠天は自慢げに言い放つ。仁王丸は納得がいかなさそうな顔をしているが、海人としては治ったのだから別にどうこう言うつもりはない。


 ともかく、一通り休息を終え、筋肉痛まで治した海人一行は再び足を進める。

 日暮れまでに目指すのは近江国土山。現在地からの距離、現代の単位にして17キロ強。ちなみにここから伊勢までは90キロほどある。まだ道は長い。






別にこんな25歳がいても大丈夫だと思います!

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