第28話:お伊勢参りは計画的に
数時間後、俺たちは波に揺られていた。
西日が遮る物のない舟の上に差してくる。眩しい。というか、風が冷たい。まあ、旧暦の神無月って新暦なら11月くらいだし当然か。
それにしても疲れた。今日ずっと歩きっぱなしだし。距離で言ったら30キロくらいか?普段あんまり歩かない人間には相当きつい。足が既にヤバい。まだ初日だぞ?
まったく、なんで徒歩なんだよ……馬車あるんだから馬車使おうよ……
平安京から洛外に出て、逢坂の関を越えて滋賀……じゃなかった、近江に入り、そこから船で琵琶湖を渡る。京からここまでの道はちゃんと整備されていて、この世界の文明レベルの高さが伺われた。それに、人通りもそれなりに多い。交易も盛んなのだろうか。
あれ?でも街道って朝廷の官僚の専用道路とかじゃなかったっけ?明らかに商人っぽいのもいるけど……いや、そもそもこの時代に貨幣経済ってそんなに発展してないはずなんだが……まあいっか。
ところどころに存在する違和感。だが、いちいちそんなものを気にしていても仕方ない。今、俺が気にしなくてはならないのは――
「で、結局俺たちはなんで伊勢まで行くんですか?」
「ああ、そうじゃった、それは――むぐぅ」
そこまで言いかけた悠さんの口を仁王丸がすかさず塞ぐ。彼女は、不思議そうな顔をしている船頭と他の乗客に愛想笑いした。
そして小声で
「ここでいう人がありますか!?なんのためにここまでコソコソ動いているのか……貴方も状況を考えてください!」
怒られた。まあ考えれば当然である。
にしても、ここまで内密に行動するというからにはよっぽどヤバい計画なのだろう。きっと、例幣使というのもただの建前だ。もしや、伊勢神宮襲撃とか?いや、さすがに3……2人じゃ無理か。
「そこのお嬢さんらは伊勢まで行かはるの?ええ!」
頬かむりをした猿顔の老人が少し驚いたような顔で話しかけてきた。荷物や雰囲気を見るに地元民だろう……地元民も舟利用するの?リッチだな……
「ええ。少し用がありまして」
仁王丸が悠さんの口をふさいだまま答える。老人は、意外そうな顔をした。
「でも、なにもこんな寒い時期に行かんでもええのに……」
「急ぎの用ですので」
「なるほど、そりゃ難儀やなぁ」
憐れむような目で老人は俺たちを見る。確かに、こんな時期に長旅なんか命令じゃなかったら絶対やりたくない。同情されるのも当然だ。
「でも、どうしてもやないんやったら止めといた方がええかも知れへんで」
老人は少し怖い顔をしてそう忠告した。
「え、なんで?」
聞き逃せない発言。思わず聞き返す。すると老人は俺の近くによってきてひそひそ声で、
「ここだけの話な、どうも上皇さんが近々でかい戦を仕掛けはるらしいねん」
……ん?
「は!?」
突然衝撃の情報が舞い込んできた。
上皇――陽成院が戦を起こす……!?めちゃくちゃ非常事態じゃん!
驚愕する俺たちにかまわず老人は続ける。
「まあ、知り合いの知り合いからの又聞きやねんけどな。ともかく、そんで今伊賀の辺りに兵がぎょうさん集まっとるらしいんよ。やからな、あっちの方を抜けて行くんは大変やで?多分こっちからやと鈴鹿関とか通られへんのと違うかな……」
「マジか……」
事前に決めていたルートでは近江からそのまま伊勢に入り、伊勢神宮を目指すはずだった。だが、老人の話では伊賀に陽成院派の軍勢が集結しており、さらに行先の関所のチェックが厳しくなっているという。これでは計画の変更が必要だ。
「仁王丸、どうする?」
「そうですね……一度尾張まで出てから舟で戻るのが確実ですが……時間が掛かりすぎます……」
仁王丸も困り顔だ。無論、俺もどうしたらいいのかわからない。だって、滋賀から愛知まで歩くなんて考えたくもないぞ。一体何キロあるんだよ……
「ぷはっ!いつまで押さえておるのじゃ!殺す気か!」
仁王丸の手を跳ね除け、悠さんが青ざめた顔でそう叫ぶ。客の皆がこちらを向いた。仁王丸はそんな彼女を睨みつける。
ちょっと理不尽じゃないか?さすがに悠さん可哀想……
だが、彼女はそんなことは気にも留めない。そして一つため息をついた。
「……まったく、黙って聞いておれば何を困っておる。正面突破で良いではないか」
「いや、それは流石に厳しくないですか?」
「馬鹿なんですか?」
「おい女、いささか我に対して当たりが強くないか!?」
どうやら仁王丸は一方的に悠さんを嫌っているらしい。それはともかく、悠さんの提案は少々無茶だ。いや、彼女はこんなんでも神子。あの「蒼天」と同格の存在だ。最悪、陽成院軍を全滅させてしまえばいいとか思っているのかもしれない。
そんなことを考えていたが、
「そこの翁よ。上皇の兵は伊賀に集まっておると申したな。その数は如何ほどじゃ?」
「えぇ?うーん、数は分からへんなあ……けど、周りの国中から伊賀に集めてはるって話やから、相当な数には違いないね」
「なら、甲賀、並びに安濃津の様子は知っておるか?」
その問いに老人は少し不思議そうに首を傾げた。だが、
「あー……甲賀は知らへんけど、安濃津は今全然人おらへんらしいのよ。上皇さんの家人さんが皆伊賀か大和まで引き上げてしもたらしくて、そんで商人連中も近江の方か、もしくは山田の……お伊勢さんの方に動いたらしいよ?あの辺に住んでる親戚がゆうてたわ」
老人はかなり事細かに教えてくれる。にしても、一体この人の、というより、この時代の情報ネットワークはどうなっているのやら。
ただ、悠さんはこの情報を聞いてどうするのだろうか。
甲賀は言うまでもない。そして、安濃津は今の三重県津市の旧称だ。つまり、どちらも今回の正規ルートの経由地。正規ルートがつぶれている今、そこの状況が分かっても仕方ない気がするのだが……
「なるほど、やはりな」
悠さんはふむ、と頷いた。
「?」
どういうことだ?
「わからぬか?奴らはおそらく東海道沿いに東国へと兵を出すつもりじゃ。なら、逆に伊勢の方はその分手薄になる」
「それが、なにか?」
「つまり、じゃ。関さえ越えられれば、むしろこのままの道の方が安全という訳よ。そもそも、尾張の熱田社は陽成院寄りじゃろうが」
え、尾張って陽成院派の勢力圏なのかよ……それなら確かに、関さえどうにかすれば何とかなる伊勢直行ルートの方がもしかしたらマシなのかもしれない。
……って、
「どうやってその関を越えるんですか」
仁王丸が先に尋ねる。そう、問題はそこだ。というか、それがどうしようもないから困っているのに。
だが、悠さんは「は?」などと間の抜けた声を上げる。
「飛べば良いだけじゃろ」
「飛ぶ?」
「関所など、転移で飛んでしまえばなんてことはない」
悠さんは当然、とでも言いたげな表情で言い放った。
そうか、転移術式なんてのがあったな!確か犬麻呂と師忠さんが使ってたっけ……いや、犬麻呂のは師忠さんの術式を使ったって言ってたし、実質師忠さんしか使ってないのか。意外と高等技術なのかもしれない。けど、この言い方だと悠さんは使える感じだな。
「仁王丸は転移術式使えるの?」
「短距離なら……ですが、私の神気では自分が移動するのでやっと……なので迂回を提案したのですが……」
あ、仁王丸も考えてはいたんだ。でも、自分と悠さんしか無理だから諦めたと……ん?これ要するに俺がお荷物ってことじゃ……
「案ずるな。我が持って行ってやる」
「おおー!」
何とも頼もしい!さすがは神子……俺も神子か。えらい違いだな。
ともあれ、これにてルートの問題は一応の解決をみた。
▼△▼
――三刻後、琵琶湖東岸、勢多。近江国における中心部であり、二百七十年前に大海人皇子が近江朝廷軍を下した決戦の旧跡。
手元の時計は17時22分を指している。もう日も沈みかけてすっかり黄昏時だ。
ちなみに、時計の時刻は俺の体内時計と太陽の位置から勘でこの世界基準に合わせた。大体の時間感覚はこれで掴めている。
にしても、
「意外と栄えてない?」
「ええ、ここは近江国府のお膝元。藤原の方々、特に実頼卿がお力を入れて街の発展に努めておいでです。平安京、平城京を除けば畿内でも一、二を争うにぎやかな街ですね」
仁王丸が解説してくれる。この世界の常識に疎い俺にはありがたいことこの上ない。だが、そんな彼女の説明を「はえー」という顔で聞いていた俺を見て、悠さんは楽しそうにしている。
「其方、本当に何も知らんのじゃのう。面白き面白き」
俺が転移者なのはどうやら知っているらしい。ともかく、楽しそうなら何よりだ。
「とりあえず、駅家を使えない以上宿を探さなくてはなりませんね……」
仁王丸が当たり前のようにそう言う。記憶が正しければ旅宿なんか早くても鎌倉時代くらいまで出てこないはずだ。これまでの町とかを見てても、この世界の文明レベルは本来よりも二、三百年は進んでそうな気がする。
とりあえず、日が暮れるまでにはそれっぽいところを見つけないと……
▼△▼
――近江国、勢多橋、日暮れ前。
海人たちと同乗していたあの老人は、夜の帳が落ち行く中、一人寒風の吹く瀬田川を眺めていた。
(――ええ。はい。手筈通り)
提灯を持って足早に家路を急ぐ人々は、無言の老人など一顧だにしない。それが、彼にとってはむしろ好都合であった。
(――すべて仰せの通りに。……はい。「悠天」も「再臨」も、そして「佐伯の若君」も。……ええ。南都の軍なんかに見つかったら元も子もない……はい、それでは)
老人はふう、と息をつく。そしてふらふらと歩き始めた。
「まったく、あのお方は先でも見えてはるんか?おお、怖い怖い」
一人そうつぶやくと、彼は宵闇に消え行った。彼の行方は誰も知らない。
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