第27話:出立
第2章スタートです!
――神無月六日、出立の朝、高階邸
「三人までっ!?」
朝っぱらから海人の悲痛な声が響く。というのも、
「えっ!?三人?たった三人で伊勢まで……敵の勢力圏まで行くんですか!?」
海人は先日の一件からずっと気だるさが抜けず、そのうえ崩し字が読めないので問題を後回しにしていた。そして、今更ながら師忠から説明を受けたのである。が、その内容は予想と大きく異なっていた。もちろん悪い意味で。
――例幣使って、なんか響き的に二十人くらいで行きそうと思ってたのに!これじゃホントに必要最小限じゃん!
ただでさえ困難が予想される旅路に、たった3人で臨まなくてはいけないというのは心細いことこの上ない。
――大体、3人で何しに行くんだ?旅行か?
しかし、そんな海人をよそに師忠はいつも通りの微笑で頷いた。
「ええ、ですがその三人……まあ実質一人ですが、それはある程度こちらの裁量で決めてよいそうです。確かに、隠密行動ならそちらの方が都合がいい」
「隠密行動?」
海人は怪訝な顔をする。というのも、海人は今回の例幣使派遣の目的を知らない。そして、師忠も察しはついているが公卿会議に参加していないので詳しくは知らないのである。
それを知っているのは、今回の決定を下した他の公卿と、彼らから詳細を知らされた正使のみだ。
「えぇ……でも、三人までって、俺と、師忠さんと――」
だが、そんな海人の言葉を「あー……」とすまなそうな顔で師忠が遮った。
「申し訳ありませんが、私は行けません。他に用事がありますので」
「あ、そうか……そうですよね。」
海人は当然のように師忠を人員として数えていたが、彼は曲がりなりにも都の上級貴族、公卿の一員である。ちょっとやそっとのことで都を離れるわけにはいかない。当然、今回の伊勢参りにもついてこれないわけだ。
しかし、師忠は身内では間違いなく最強格。いれば心強いことこの上ないだけに残念である。しかし、無理なものは無理。他を当たるしかない。となれば、良さそうなのは彼の従者たちだ。
「じゃあ、犬麻――」
だが、それも師忠に遮られる。
「あ、犬麻呂もちょっと借りますので厳しいですね、すみません」
「な!?」
期待の14歳、佐伯犬麻呂の持ち出しにノーが突き付けられた。海人は開いた口がふさがらない。なんせ、この世界に身内という身内は3人しかいないのだ。その内2人は同行不可。つまり……
「えっ?俺、仁王丸と二人で伊勢まで行くんですか!?」
命令とはいえ、年頃の少女と二人で長旅というのはその手の経験がない高校生には荷が重い。
急におどおどし出す海人を見て、師忠は微笑みながら「いえいえ」と手を振った。
「ふふ、正使の方をお忘れですね?神子様は今回副使ですよ?」
その言葉に海人ははっとしたような表情を浮かべる。
――あ、そうか。俺副使なんだ。そういやそうだった。例幣「副使」だもんな……
全く己の状況を把握していなかった海人はどんどん先行きが不安になっていく。そんな海人に追い打ちをかけるように、
「まあ、私はあのお方と十五日も一緒にいるのは御免ですね。神子様、ご愁傷様です」
師忠は瞑目して手を合わせた。
「ご愁傷様って……」
曲者、胡散臭さの権化のようなこの師忠をしてこう言わしめる人物。そんな人物と一緒にこれから敵地へ運命共同体として旅をしなくてはならないのだ。海人の不安は加速する。
「えっと――……その正使ってどちら様なんですか?」
「ふふ、それはお会いしてからのお楽しみということにしておきましょう。仁王丸にその方の屋敷まで案内させます。では」
師忠はおもむろに立ち上がる。
「え、今教えてくれないんですか?」
「すみません、私は少し用があるので」
「ちょっ」
海人は部屋を出た師忠を追うが、そこには誰もいなかった。
▼△▼
「では、そろそろ出かけましょうか」
「あ、ちょっと持つよ」
黒髪の少女が、荷物をまとめて声をかけた。さすがに全部持たせるわけにはいかないので、海人は荷物の一部を貰おうとする。が仁王丸は固辞した。
「従者の分際で神子様に荷物を持たせるわけには……」
「そういうのいいって!ほら」
海人は結局半ば強引に荷物を奪い取る。仁王丸は申し訳なさそうな顔をしているが、荷物を全部押し付けることに比べれば幾分か気はましだ。
「そういえば、仁王丸は正使の人がどんな人か知ってる?」
さきほど師忠に教えてもらえなかった疑問。彼は「お会いしてからのお楽しみ」などと悠長なことを言っていたが、何の前情報もなしに会うのは少々ハードルが高い。
とりあえず、目の前の仁王丸に尋ねる。
「ええ……ただ……」
彼女は頷くが、どこか複雑な表情を浮かべて言葉に詰まった。
「ただ?」
海人はその先を促す。だが、仁王丸は難しい表情のままだ。その時である。
「ん?」
ピキッ、と何かが割れる音がした……ような気がした。海人たちは反射的にその音の方を向く。
直後、空が割れた。
――いや、結界が割られた!?
高階邸に緊張が走る。
「ふっ!」
それは、凛とした女性の声だった。
――!?
深緑の艶やかな髪、そして、琥珀色の双眸、起伏の激しいプロポーションの巫女服の女性が回し蹴りで結界に穴を開け、高階邸に飛び込んでくる――のであったが……
「なにッ?のわっ!!」
突如空中で姿勢を崩す。そのまま制御を失って――
――え?何!?は!?
「ぐえっ!!」
一段目の結界を割って空から無理やり高階邸に侵入した彼女は、二段目の結界の効果によって飛行術式を強制解除され墜落。海人に直撃した。
「あ、すまぬ」
彼女の下敷きになる形で海人は押しつぶされる。一応後頭部は彼女が手で庇い、顔面は彼女の豊満な胸部がクッションとなって致命傷は避けた形だ。
「チッ」
仁王丸がなぜかすごい嫌そうな顔をしながら舌打ちする。だが、彼女が臨戦態勢を取らないあたり、この人は敵ではないらしい。
――ということは……
「えっと、もしかしてこちらの方が……」
海人は緑髪の隙間から仁王丸に尋ねる。仁王丸は忌々し気な目をして頷いた。
「はぁ……そうです。そいつ……じゃなかった。その方が――」
「悠天の神子じゃ」
緑髪の彼女は、海人に覆いかぶさったまま勿体ぶることなく当然のように答える。
「はあ……」
あまりにサラッと言い過ぎたので、海人は意味が分からず一瞬フリーズした。それも仕方ない。だが、一拍置いてようやく理解が訪れ――
「……はあっ!?」
「そして、我が伊勢例幣使の正使じゃ!」
「なあぁ!?」
二連続の爆弾発言。
――え?正使が悠天で結界を破って無理やり突っ込んできていまここにいるわけで……なんで俺の上にいるの、え、これホントにどういう状況?というかいつまでこのままなんだ?重……くはないか?なんかいいにおいするしやわらかいし……やわらかい?は?え?ん?なッ!?まっ、ちょ……へ?
想定外すぎる事態の連続に海人の頭脳は超高速で空転、そして停止した。ただ茫然とした顔で悠天に押しつぶされている。
そして、無事男子高校生の思考回路を捨て身で粉砕した悠天は、二、三度宙返りをしながら高階邸の屋根に飛び乗り、ポーズを取って海人たちを指さした。
「ふふ、驚いたか再臨。其方らがあまりに遅いのでこちらから来てやった」
「へ……」
いまだに肌の感触が残っている海人はしばらく呆然としていたが
「!?」
何かに気づいて赤面し、ふっ、と目を背ける。悠天は妙な様子の海人を不思議そうに見つめて、
「なんじゃ?」
「あ、あのー……えっと、その――……」
海人は首をかしげる悠天の方を一切見ず、仁王丸の方を見て助けを求めるが、彼女が助け舟を出してくれる気配はない。
「?」
となると、やはり海人が自分で言うしかないのだ。意を決して息を吸い込み――
「えっと!その……胸が……」
「――……?」
キョトンとした顔で悠天は自分の胸元を見る。そして、彼の変な様子の原因に気付いて声にならない声を上げた。
「~ッ!?ばっ、馬鹿がっ!?そういうことは早く言え!!」
悠天はばっ、としゃがみこみ、急いでほどけた帯を結びなおす。
「ふっ」
そんな彼女を見て、仁王丸は鼻で笑った。
「わ、笑ったな!?従者の分際で!」
「貴女の従者ではありません。「再臨」の神子様の従者です」
赤面しながら必死に叫ぶ悠天を仁王丸は適当にあしらった。悠天は「ぐぬぬ……」と悔し気な表情を見せるが、しばらくして平常心を取り戻す。
「……ん?其方は確か……まあ……良い」
悠天は仁王丸の顔を見て何かを言いかけたが、そこで留まり屋根から飛び降りた。彼女は再びそれっぽいポーズを取ってカリスマを気取るが、登場がアレでは締まらないことこの上ない。素材はいいだけに残念だ。
「はぁ……ともかく、其方らに名を名乗るつもりはない。故に、好きに呼べ。許す」
「ミドリちゃん」
海人が即答。
「却下!」
「なら、痴女」
「それ最早ただの悪口であろうが!ていうか其方ら、突然距離感詰めてきたな!?もう良い!悠天と呼べ!」
終始ペースを奪われ、悠天はもう息も絶え絶えになってきた。
「それじゃあ悠さん」
「――……まあ良い。それなら許そう。それぐらいなら許してやる!我は心が広いからな」
もう完全に海人たちにナメ切られまくっている。悠天は半ば諦めたような目をしてぐったりしていた。
「まったく、出立前から疲れたわ……」
一方、疲労感を露にする悠天とは対照的に、海人は安堵していた。師忠の話を聞いていてどんな曲者が出てくるものかと思っていたら、実際出てきたのは変なお姉さんだ。これなら、まだ幾分か気は楽である。
――そうだ、大事なことを聞き忘れてた!
海人は悠天の方を見る。
「早速ですけど悠さん」
「なんじゃ」
「そもそも俺たちはなんで伊勢に?」
大前提中の大前提。そもそもそれが分かっていないと本当にただの旅行になってしまう。そして、そんな基本のキを尋ねられた悠天はキョトンとした。
「ん?其方知らされておらぬのか」
「はい……」
そう答える海人を見て、悠天はしばらく何かを考えていたが、少しして「ふむ」とうなづいた。
「まあ、細かい話は後でよかろう。道は長い。雪が降る前に京に戻れるよう急ごうではないか」
悠天はただの変わった人です。決して痴女ではありません!




