幕間:葵茂る都の姫君
――平安宮の北東、賀茂社の糺の森。
「へぇ、昨日の騒ぎは御所への襲撃、それも首謀者は「蒼天」とな?」
「そのようで」
「は!」
彼女は嫌味な笑いを浮かべる。ただ、愉悦や感嘆、まして憎悪などはなく、純粋に軽蔑のみがあった。
「蒼天はやはり敵方であったか、ふん。しかし、御所で狼藉を働かれるなど御門の威光も落ちたものよのう」
巫女装束に身を包み、顔の右半分を包帯で隠すように覆う緑髪の女は、腕の中の鴉を撫でながらぶっきらぼうにそう言う。
そして、何かを思い出そうと、天を仰ぎ唇に指をあてた。
「新大納言は確か「彩天」の兄であったな。無事なのか?」
「一時危篤に陥りましたが、摂政殿下がお動きになり、今は大きなお怪我はないようで……」
従者と思しき壮年の男性がそう告げる。だが、女は心底面白くなさそうな顔をしてふっ、と息を吐いた。
「そうか、つまらん」
そうとだけいうと、彼女は鴉を放つ。糺の森を抜け、洛中の方へと飛んでいく鴉を見つめながら、あっ、と何かを思い出した。
「そうじゃ、この二、三日前か、何やら新たな神子が現れたようじゃな。何か知っておるか?」
「再臨、のことにございますか?」
「知らん。が、恐らくはそやつじゃろう」
ぶっきらぼうにそう言い放つ。聞いたのは自分なのに、えらくいい加減な態度だ。しかし、壮年も彼女の扱いには慣れている。特に気にも留めずそのまま続けた。
「彼は高宰相殿の屋敷に居候の身であります。先の一件で手柄を立て、叙爵されたと聞いておりますが、今は気を失い寝込んでいるようで」
「ふむ、で、どうじゃ?」
「は?」
イマイチ意味の分からない問いかけに、壮年は首をかしげる。その様子を見て、彼女はため息をついた。
「そやつはどんな奴かと聞いておる」
「それは先ほど申し上げた……」
「そうではない!お前は物分かりの悪い奴じゃな。どんな顔じゃ!?美男子か?」
「知りませんよ!まったくもう……そんなのだから婚期を逃」
「何か言ったか?」
「いえ何も!」
一瞬ギラリと光った彼女の琥珀色の双眸に恐れをなし、壮年は思わず口を閉じた。
そんな時、一人の女房が声を上げる。
「あ!そういえば、先ほどこのような文が!」
女房が差し出した文を受け取り、ばっと開いて女は流し見する。そして、怪訝な表情を浮かべ頓狂な声を上げた。
「はぁ?何ゆえ例幣使などを送るのだ?……ふむ……はぁ」
その文は、内裏から彼女宛に送られたもの。摂政が承認した陣定での決定事項をまとめて、帝の名の下で発給されたものだ。その内容を一通り飲み込み、初めて彼女は愉快そうに口をゆがめる。
「面白い、あの馬鹿共も思い切った策をとるではないか。で、これがなんじゃ?」
「最後のところを読んでくださいよ!」
「……例幣使に正三位悠天神子賀茂斎院君を……」
その一節に目が留まり、彼女は露骨に嫌そうな顔を浮かべた。
なお、賀茂斎院君とは彼女の通称の一つであり、本名は別にある。ただ、彼女はそれを呼ばれることを嫌った。朝廷も彼女の意向を無視できず、公文書でもこうして通称で呼んでいる。逆に言えば、朝廷にさえそうさせてしまうほど彼女の権威は大きいということでもあった。
しかし、別に彼女の偉そうな態度はその地位に由来するものではない。彼女の傲慢さ、わがままさ、不遜さは生まれつきだ。
が、今回に限っては彼女でなくても嫌な顔をすることであろう。
「は?何ゆえ我があんな僻地に赴かねばならぬ!」
「そこも重要ですが、その続きです!」
女房の言葉に「なに?」と小さくつぶやき、顔をしかめながらその先に目を通す。
「……例幣副使に従五位下再臨神子高階海人朝臣を任ずる。急ぎ支度し神無月六日までに出立せよ……」
「悠天」は首を傾げ、ぽかーんとした表情を浮かべた。
「……再臨の神子?」
「ええ、正使が神子様、副使が再臨です!」
元気よく女房がそう応じる。「悠天」はしばらくぽかーんとしていたが、
「なんじゃとっ!!!」
ようやくその意味を理解し、大きな声を上げて女房の肩をゆすった。ゆすりすぎて、女房はぐったりしている。その様子を見て「悠天」は「あ、すまぬ」とだけ言い、どこかうれし気な表情を浮かべた。
壮年の男は「あ、これ絶対悪いこと考えてるな……」とつぶやくが誰にも聞こえていない。
「奇妙な縁もあるものだな。よし、急ぎ支度をせよ。あと我は出かける」
「いずこへ?」
「高階の屋敷だ。再臨の顔を拝みに……」
「なりませぬ!」
即座に壮年は制止。女房もわたわたしながら止めにかかる。「悠天」は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、
「なぜだ!我は気になる。其方ら我の好奇心を……」
「神子様、少しはわきまえてくださいませ。仮にも貴方は帝の係累、それに「悠天の神子」であらせられる。かように尊いお方がそう易々と」
「行ってまいる」
「神子様ぁ!?」
悠天は従者たちの制止を無視して空に飛び立った。従者たちはなすすべなく、唖然としてその様子を眺めることしかできない。そして、壮年の男はあきらめたような顔でため息をついた。
「まあ、すぐにお帰りになるでしょう。神子様は宰相殿の屋敷の場所をご存じでない。きっと見つけられずにしまいです」
その言葉通り、数刻後悠天はどこかしょんぼりした顔で帰ってきた。
彼女は悠天の神子。皇国の六神子のうち、第四位の格を持つ存在。そして、海人にとっては今回の伊勢旅行の同行者である。
じゃじゃ馬系姫様、悠天の神子です!今後の活躍に乞うご期待!




