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契神の神子  作者: ふひと
第1章:蒼天の神子
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第21話:嵐の前の静けさ

「神子様、貴方の権限の使い方をお教えします」


 そんな師忠の言葉に、海人は息を呑む。


 ――権限(ちから)の……使い方!?


 この世界にやってきて早二日。暴漢、影、そして彩天――たった二日で、海人は幾度となく己の無力を思い知ってきた。


 仁王丸と交わした約束も、無力な自分では果たせないかもしれない。今、まさに戦闘が起こっているという状況でも、自分には何一つできることがない――そう思っていた彼に、師忠の言葉は聞き逃せなかった。


「それって……」


「そう、権限。それぞれの神子が持つ、固有の能力。私は神子ではありませんが、神子の権限に近いものが使えますし、何より高階の当主。神子様の手助けも出来るでしょう」


 しれっととんでもないことを口走る師忠。だが、もはや少年にそんなことは気にならない。


「で、でもっ、師忠さんは俺には何もないかもしれないって」


「ふふ、あんなの冗談に決まってるじゃないですか。なんたって神子ですよ?」


 相変わらず師忠は微笑んでいる。一方、洒落にもならない冗談で不要な絶望を味わされた海人は唖然とした表情を浮かべていた。


「さて、本当は屋敷に戻ってじっくりとご指導して差し上げたいのですが、どうもちょっとそんな暇はなさそうだ。そろそろ日も暮れてしまいますし、手短に仕上げてしまいましょう」



 ********************************


 ――平安京、左近衛府。


「何の用だ、弟サンよォ」


 きな臭い情勢の中、左近衛中将、正四位下藤原時兼(ときかね)朝臣はそう不機嫌さを露にする。そんな彼に文を差し出し、青年は申し訳なさそうに頭を下げた。


「ご、権中納言殿が、左近衛中将殿を総大将にと仰せで……」


「あァ!?」


 息を切らしてへとへとの青年、蔵人頭藤原師氏は、彩天の無茶ぶりに振り回されつつも何とか兵の編成をその神業的手腕で成し遂げ、その指揮官を任命するべく時兼のもとを訪れていた。しかし時兼の機嫌は悪い。ことさらに悪い。


 それもそうだ。彼は反師輔派筆頭の官人。有体に言えば、彼は師輔のことを蛇蝎のごとく嫌っている。師輔の方が位が上とはいえ、彼からの命令に従うのは癪なのだろう。そのうえ今はもう日暮れ前。官人にとっては定時直前だ。誰だって不機嫌にもなろう。


 そんな彼も、下文が出された以上無視するわけにはいかない。文を開いて一瞥するが、


「はぁ?今から四半刻以内に出兵だと?ふざけてんのかッ!?」


 時兼はバン、と力一杯机を叩いた。突然の出来事に師氏は肩をわなわなと震わせ、部屋の隅で小さくなっている。


「チッ、あの野郎め……俺に貧乏くじ押し付けやがったか」


「へ、兵の編成は済ませております……左近衛中将には、速やかに転移陣を用いて宇治へと向かって頂きたいのですが……」


 そんな言葉に、時兼は一層不機嫌そうにため息を吐いた。


「彩天サマの仰せなら俺に拒否権はねぇんだろうよ」


 時兼はわざとらしくドン、と音を立てて踏み込み、立ち上がって部屋を出ようとする。そんな彼に対して、師氏が思い出したように、


「あ、あと一つ。兄上は、「文をよく読め、勝手なことはするな」と仰せ――」


「じゃかぁッしい!!つべこべ言わずにさっさと行け、使いッ走りが!」


 ********************************


 ――宇治、槙島。宇治川の南にあたる地域で、山城国衙軍は苦戦を強いられていた。


「……無理だっ!」


 山城守の悲痛な叫びが戦場に木霊する。敵兵2500、国衙軍800では時間稼ぎすら至難の業。まして実戦経験に乏しい山城守にとっては無理難題であった。


 一時は混乱に陥っていた南都軍も被害自体は軽微。すぐに臨戦態勢を整え、いつでも総攻撃を行えるような状況である。


「河内守、朝廷軍はいつになったら来るのだ!」


「河内守殿は男山から巨椋池を迂回してこちらへ向かっているようですが、敵方の伏兵を警戒してまだ少し掛かりそうです」


「朝廷軍は!」


「は、朝廷軍は転移術式を経由して進軍しており、今城南宮にて小休止とのこと。しかし城南宮より先は通常の手段での進軍となるでしょうから、かなり距離があります。到着まで、少なくともまだ四、五刻はかかるでしょう。しかし、もう日が暮れます。もしかすると明日になるやもしれませぬ……」


 部下の言葉に、山城守は顔を青くする。彼の言葉はつまるところ、山城国衙軍だけでこの状況を数時間維持しなければならないということだ。


 彼らはこれ以上下がることができない。彼らがこれ以上下がれば、南都軍は商業都市伏見へと進軍するだろう。そうなれば、市街戦になる。平民に被害が出てしまう。そんなことは、山城守には許容できなかった。


 故に、ここで耐えるしかない。南都軍が総攻撃を掛ければ、いつでも戦線は崩壊する。押せば倒れるような状況で、山城国衙軍は耐え続けるしかないのだ。


「……我々だけで、あとどれだけ耐えれば良いのだ……」


 山城守の弱音が漏れる。暗い空気の国衙軍本陣に、夕闇が夜の帳を下ろそうとしていた。


 ********************************


 ――巨椋池東岸、南都軍本陣。


 圧倒的に有利な状況下で、総大将、正五位上兵衛督(ひょうえのかみ)多治比真人の表情は険しかった。


「兵衛督殿、いかがいたしましょう?」


「それは敵方次第だ。まだこの状況では動けん」


 東の方に見える小高い丘の篝火を睨みつつ、真人は部下にそう答える。部下の方は、怪訝な表情を浮かべた。


「今攻めても叩き潰せるでしょう。なぜそうなさらないのですか?」


 そんな当然の問いに、真人はため息をつく。なぜそんなことも分からないのだ、といった類の失望のため息だ。


「今、彼奴らを叩いて何になるというのだ。抑々、あれらを潰すのが目的ならとうに潰しておるわ」


「……?話が見えないのですが」


 困惑する部下。真人は、やれやれ、と手を振る。そして、徐に答えた。


「我々がしているのは釣りなのだ」


「……釣り」


 真人の言葉を、部下は繰り返す。腑に落ちない、というより理解が追い付かない、といった表情を浮かべる彼を見て、真人は得意げに笑みを浮かべた。


「そう、釣りだ。それも、大物の、な」


 本陣が夕闇に沈んでいく。篝火の明かりに照らされつつ不敵な笑みを浮かべる真人は、ふう、と息を吐き、そして、ポン、と手を叩いた。その音は不思議と本陣中に響き渡り、皆の注意が彼に向く。彼は、南都軍を見渡し、息を吸い込んだ。


「明朝、機を見て進軍する。それまで各自休息せよ。ただし夜襲に気をつけよ。奴らの反撃もないとは限らん。それに、援軍もあと数刻もすれば到達するやも知れぬ。そうなれば、状況次第で進軍を早める。各々、用意されたし」






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