第19話:迷走、そして膠着
轟音鳴り響く田園風景。
山城国南部、山城国府にて多治比真人率いる南都軍と山城守源等率いる山城国衙軍は激突した。
「者ども、かかれぇ!!」
真人の号令で南都軍は進軍する。その数およそ2500。対する国衙軍1200。形勢は火を見るより明らかだった。
――まともに戦っては全滅は必至。
早々に不利を悟った山城守は河内守紀淑人、そして蔵人頭に援軍を要請し、男山の八幡宮付近での挟撃を狙って北方への退却を画策。南都軍の釣り出しに掛かった。
これに対し南都軍は迷わず追撃を決定。木津川を遡上し山城国衙軍殲滅の動きを見せる。
山城国衙軍は即座に退却、撤退戦の構えを見せるが予想を上回る南都軍の進軍速度を受け、朝廷が設置した転移術式をやむを得ず使用。南都軍の足止めも出来ず、河内守、そして朝廷の援軍のないまま男山までたどり着いてしまった。
しかし南都軍は男山に辿り着く前に突如上陸、宇治方面を経由して入京する構えを見せる。
そこで、挟撃に失敗した山城守はなんとかして時間を稼ごうと南都軍との戦闘を選択し、東へ進軍。陸路での移動なら、時間稼ぎくらいは出来る、そう踏んでの判断だった。
かくして、両軍は京都南部、巨椋池の畔で再び相対した。
山城国衙軍は簡易術式を用いて先制攻撃を仕掛け、南都軍は混乱。
その隙に山城国衙軍が転移術式の阻害のための術式陣を展開したことで、南都軍はついにその足を完全に止めた。
――ようやくか……
戦況の膠着――つかの間の小休止に、山城守は一息つき、力なく膝をついた。
彼はもともと文官肌の人間だ。座学で一通りの兵法はなぞっているが、実戦経験などない。ゆえに、その疲労は人並み以上のものであった。
だが、疲労しているのは彼だけではない。兵も同様だ。彼らは直線距離にして5里。現代の単位にして20キロの間を戦闘状態を維持して移動してきた訳である。疲れないはずがない。
さて、5里とは言ったが、先ほど述べた通り山城国府から八幡の男山までは朝廷が設置した転移術式を辿っていけば1日で移動できる。また、転移術式は特定のパスのようなものがあり、朝廷側の人間しか扱えないようになっている。つまり、本来なら国衙軍の方が南都軍より圧倒的に早い速度で移動できるはずである。
それに追いついてくる南都軍の機動力が異常なのだ。山城守は敵方が簡易の転移術式を持ってきていることは確認したが、それでもなぜこれほどの大軍勢を一気に移動させられるのかまでは分かっていない。本来なら正確な座標データがなければ難しいはずの転移を、これだけ連続で行えるというのも不可解だ。
だが、現実として彼らはやってきた。やってきた以上、山城守は彼らと相対するほかない。
「どういう絡繰りだ……」
対岸に陣取り、こちらに術式の照準を合わせる南都軍を睨みつけ、山城守は呟いた。
いつ突破されるかわからない防衛線。援軍が来るその時まで、彼は待ち続ける。
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平安京、内裏、近衛の陣。
皆が思い思いに様々なことを口走る中、蔵人頭藤原師氏に最初に指示を出したのは「彩天」、藤原師輔だった。
「左近衛中将を征南将軍に補任せよ。すぐに下文を送れ。父上へは事後報告でよい。そして都の常備軍二千五百を編成、準備が整い次第派兵せよ!」
「しかし兄上!敵兵は四千です!二千五百では数が足りませぬ!」
師氏は悲痛な叫びを上げる。当然だ。援軍としてはあまりに心もとない。しかし、師輔はそんな彼を睨みつけ、
「たわけ!ではあと千五百はどこから集めるのだ?今は一刻を争う。すぐに動かせるのはそれが限界だ。ならその範囲で何とかするしかあるまい!」
師氏は、唖然とした表情を浮かべる。
――無謀だ……
そう口をついて出そうになるが、「彩天」の怒りに触れることを恐れて留まる。しかし、それでも無謀は無謀。朝廷の雑事を統括する蔵人頭たる師氏が、それを見過ごすわけにはいかない。いかないが――
「で、ですが――」
「くどいぞ師氏。案ずる暇があるなら動け。一刻以内に今言ったことを果たすのだ」
師輔が平然と言い放つ。一刻――今にして30分で、総大将の任命、常備軍の再編成、招集、出撃を行えというのだ。
「一刻……!無茶な!」
「出来なければ山城守らが死ぬだけだ」
厳しいが、事実。師氏に返す言葉はない。
「――……分かりました。取り急ぎ行います!」
師氏が足早に退出、そして師輔は再び席に着いた。
「構いませぬな?皆様方」
師輔は傲然として言い放つ。彼の官位は従三位権中納言。それだけで言えば公卿たちの中では下から数えた方が早い。しかし、その決断力、統率力は折り紙付き。そして何より「彩天の神子」である。彼より上席の廷臣、そして兄である大納言実頼、叔父である左大臣仲平も、師輔の問いかけにただ黙って頷くことしかできない。
そんな中、海人は一人、怪訝な表情を浮かべて突っ立っていた。
「どうかいたしましたか?」
その様子に気づき、師忠は問いかける。海人は、握った手をを顎に当てて少し考えこみ、
「……いや、さっきの話を聞いててちょっと変だなぁ、と思いまして」
「変……?」
少年の発した疑問の言葉に、師忠は興味深そうに首を傾げる。それは、純粋に好奇心を含んだ目でもあり、品定めをするような目でもあった。そんな彼を一瞥し、
「ええ。だって、なんでそんなところで戦ってるんですか?今巨椋池で戦ってるんですよね?戦闘が起こったのは、京都……じゃなくて山城と大和の国境だったはず。さすがに進軍速すぎません?」
「それは、転移術式を使っているからでしょうね」
その返答に、海人はああ、と納得の息をこぼす。進軍ペースの謎に関しては解決。しかし、それだけでは彼の疑問は晴れない。
――転移術式……まあ、あるとは思っていたけど、それはそれでおかしい。だって……
「それじゃあ、どうして直接ここまで飛んでこないんですか?そうすれば、道中で戦闘にもならず、秒速で侵攻が叶うはずなのに」
「それについては、皇都を守る六重の結界が彼らの術式を阻むからでしょう。山城国府、そして男山の八幡宮。この二か所にはその結界が張られている。結界は、それに触れたあらゆる術式を中和しますから、転移術式はそこで解除され、、目的地までひとっ飛びというわけにはいきません。だから、彼らは山城国府を落とし、木津川を遡上した、ということでしょうか」
師忠は、なんということはない、というふうに答える。その回答は一見、筋が通っているように思えるが、少年は腑に落ちない。そう、不可解なのだ。その説明では、南都軍の行動が説明できない。
――なんで南都軍は、山城国府から男山まで転移しなかった?出来なかったのか、それとも、出来たのにしなかった?
そう、師忠の説明なら、結界間の転移は可能なはずだ。結界が阻むのはその原理上、結界を超えようとした転移術式のみ。つまり、結界を超えようとさえしなければ転移術式は制限を受けない。わざわざ山城国衙軍と戦闘を行いながら北上する必要はどこにもない。結界間を転移して、結界だけ自力で超えて平安京を目指せばよいのだ。
――ん?待てよ……
そこで、少年はふと思う。基本的過ぎて今の今まで考えもしなかったが、彼らは本当に平安京までやってくるのだろうか。
そもそも――
「四千程度の兵力で平安京って落とせるのか?」
「無理でしょうね」
師忠は即答。
「じゃあ……」
――彼らの目的は一体……




