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契神の神子  作者: ふひと
序章:名無しの少年
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2話:ここは平和な平安京、今日も死体が転がります

 少年を救った、濃紺の目の黒髪の少女。

 突然の乱入者に暴漢たちは身構える。


「なんだ、コイツ?」

「上から降ってきたぞ、妖の類か?」

「よく見りゃべっぴんさんじゃねぇか! コイツは生け捕りにしようぜ!」


 好き勝手にあれこれ言い始める男たち。

 それもそうだ。

 やはり20対2の数的有利は揺るがない。


 絶望的状況。

 少年にはそう思われる。

 だが――


「下衆め」


 彼女は短く、淡々と、それでいて刺すように鋭い声で呟いた。

 明らかに空気を読まない一言。

 それゆえ、少年は青ざめる。


「え、ちょっと! そんなこと言ったら」


 しかし、当の彼女は涼しい顔をしている。

 それどころか、


「今ここで引けば見逃してあげましょう。私も無益な殺生は好まない」


 などとのたまった。

 まるで、彼女にとって彼らなど、何の脅威でも無いかのように。


「な! ナメやがってこのクソアマぁ!!」


 もちろんこのいかにも粗暴で野蛮な暴漢たちは逆上した。

 多勢に無勢、体格差や武器の有無など勝てる要素は見当たらない。

 頭に血が上った男たちが二人に容赦なく切りかかる。


 ――今度こそダメだ……っ!


 少年が死を覚悟した、その時だった。

 突如空気が震え、ただならぬ地面の振動と共に土煙が上がる。


 全く想定外の出来事に男たち、そして少年は固まった。


「ゲホっゲホ……何が、一体?」


 少年は土煙を払いながら目を凝らす。

 そこには新たな人影が一つあった。


 紅葉色の褐衣(かちえ)に太刀を()いた男。

 ツンツンとした茶色がかった短髪に、鋭い目つき。

 歳は恐らく少年よりも少し下であろう。


 先ほどの土煙はそんな粗野な雰囲気を漂わせる少年が引き起したものだ。


犬麻呂(いぬまろ)、遅い。お前は私に手を汚させる気か」


「悪かったよ。でも汚れ仕事が俺の担当になってるのはなんか釈然としねェ」


 少女の言葉に、男は不機嫌そうにそう答えた。

 そして彼は、少女のそばで腰を抜かしている少年に気付く。


「へえ、アンタが「再臨の神子」様か。他の神子様に比べりゃ随分弱そうだ」


「言葉に気をつけろ。宰相殿の言いつけを忘れたのか?  もう少し別の表現があるだろうに……」


 二人して酷い評価だ。

 だが、彼が弱っちいのはその通りである。

 

 その通りではあるが、臆面もなくそう言われた少年は不満そうな顔を浮かべた。

 しかし、犬麻呂は彼を無視して男たちを見遣る。


「で、コイツらどうするよ? ヤっちまってもいいのか?」


「構わん。猶予はやった」


 突然物騒な発言が飛び出す。

 この犬麻呂という少年は見た目通りの発言であるが、綺麗な顔した少女まで無慈悲な一言。

 これがこの時代のスタンダードな価値観なのだろうか。


 しかし、そんな言葉にも男たちは怯まない。


「二人が三人になろうが知ったことじゃねぇ! まとめてくたばれやァ!!」


 再三横槍を受け、苛立ちが最高潮に達した暴漢たちが怒りに任せて突っ込んでくる。

 

 しかし、犬麻呂はニヤリと笑った。


 ――なにか、嫌な予感が……


 少年に悪寒が走る。

 それは、あまりにも衝撃的で、残酷なこの世界のスタンダードだった。


「……え」


 光の筋が男たちの首筋を通り、血の花が咲く。

 一瞬の出来事、7、8人の首がぽとり、と落ちた。


 ふいに現れた、非日常な光景。

 平和な現代社会のぬるま湯に浸かっていた少年には、全くの無縁だった光景。


――ひ、人が……死んだ?


 数拍おいて、ようやく理解する。

 そして、言いようのない恐怖が彼を突き動かした。


「う、うわあああ!!」


 初めて見る殺人の現場に、少年は悲鳴を抑えられない。

 だが、犬麻呂は彼に冷ややかな目を向けた。


「なんだよ、首が飛んだくらいでイチイチ喚くな」


 太刀を濡らす血を振り払いながら、鬱陶しそうに犬麻呂が言う。


 そして、少年は悟った。


 ――ヤバい! 倫理観が全然違う!


 人を殺めておいて平然としている彼は少年にとって異常者でしかない。

 その上恐ろしく強い。

 絶対に敵に回したくない相手であるが、どうやら彼らが味方であるらしいのは救いであった。


 しかし彼は今更ながら、とんでもない世界に飛ばされたらしいことを理解する。

 その恐ろしさに、少年の抜けた腰は動きそうにない。


 犬麻呂たちは、そんな少年を呆れたような目で見つめている。


「おい、逃げるぞ!」


 この隙に形成不利と見た男たちが逃走を図る。

 犬麻呂は、彼らを睨みつけて、飛び出そうとするが、


「構う必要はない。捨て置け」


「チッ」


 彼女の制止を受け、彼はどこか不満そうに留まった。

 そして、表情はそのままに少年の方を見やる。


「で、アンタはホントに神子様なんだろうな?」


「――ぇ?」


 唐突な問いかけに、少年は固まった。


 なんせ、相手は平気で殺人を犯すような奴らだ。

 迂闊なことを口走っては命取りになる。


 慎重に言葉を選ばなければならない。


 とはいえ、動揺から抜け出せない彼にそんな余裕はない。

 そもそも、質問の意味が分からない。

 

 少年は、目を見開いたまま何も言えないでいる。

 しかし、次に言葉を繋いだのは意外にも彼女であった。


「そんなこと彼に分かるわけがないだろう? 少し考えれば分からないのか?」

 

 凍えるほど冷ややかな目で、彼女は犬麻呂を睨みつける。

 にしても、辛辣な一言だ。

 どうやら彼女は、口調こそ丁寧だが毒舌らしい。


「あいあい、そうだよ、そうだったな! どうせ俺はバカだよ! ふん!」


 完全にヘソを曲げる犬麻呂。

 しかし彼女は気にも留めずに、相変わらず表情の少ない整った顔で少年を見る。

 そして、恭しく一礼した。


「重ね重ねの非礼をお詫び申し上げます」


「え、いや、そんな」


「私は高宰相(こうのさいしょう)殿の家人、仁王丸と申します。そしてコイツは同じく犬麻呂。出来の悪い弟です。私たちは宰相殿の命を受け、貴方をお出迎えに参りました」


 少年は困惑する。


 当然だ。

 いきなり知らない場所に飛ばされて暴漢に追い掛け回された挙句、見ず知らずの人達にお出迎えなどと言われたのだ。

 困惑するなという方が無理である。


 しかし、一連のドタバタのお蔭で少年の恐怖や動揺と言った類の感情は幾らか薄れ、平時の落ち着きが再び蘇ってくる。


 そして、落ち着いてくると頭を回すだけの余裕が出てきた。


 ――とにかく、今の状況を把握しなければ。


「いくつか聞かせてくれ! そもそもここはどこ? 今何年!?」


 抱いていた当初の疑問を解決するべき絶好の機会。

 それを逃す手はない。

 食い気味に少年は尋ねる。

 

「ここは、皇都平安京の右京の外れ。今は天慶(てんぎょう)元年です」


 仁王丸と名乗った少女はすまし顔のまま答えた。

 しかし、少年の顔は俄かに明るくなる。


 なぜなら、その答えは期待以上のものであったからだ。


 ――やはり平安京! そして、元号にはあまり詳しくないけど天慶には聞き覚えがある。承平天慶の乱――平将門(たいらのまさかど)藤原純友(ふじわらのすみとも)の反乱だ。つまりここは10世紀の日本!


 一気に状況が見えてくる。

 現在地、時代が彼女の言葉から判明した。

 

 これだけ分かれば、未来予知に近い立ち回りを行うことだって可能かもしれない。

 ある種の現代知識チートだ。


 ――もしかして、これは俺TUEEE展開きたか!?


 急に強気になる少年。

 仁王丸はといえば、鼻息の荒い彼を冷ややかな目で見つめている。


 そうしていると、犬麻呂が突然札を撒いた。


「コマケェ話は後でいいだろ。取りあえず屋敷に戻って報告だ」


 札は空中で光に変化し、その光が地面に陣を描く。

 すると、少年は不思議な浮遊感に見舞われる。

 

 「なっ!? これは、一体!?」


 空間が歪むような、世界が解けるような、そんな感覚。

 

 まるであの時―――神社の鳥居をくぐった時と同じような感覚だ。


 動揺する少年を見て、犬麻呂はニヤリと笑う。


「アンタは保護対象。宰相殿に連れ帰るよう命じられてんだ。拒否権はねェぜ?」


「そんな、無茶苦茶だー!!」


 空間の歪みが消え、人っ子一人いなくなった町の外れには、少年の悲痛な叫びだけが延々と響いていた。



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