第17話:嚆矢
再び海人視点。
はい、どうも海人です。さっきまで路地裏にいたはずなのになぜか御所にいます。
え?なんで場所が分かったかって?それは犬麻呂、仁王丸と合流したからです。
察しのいい皆さんはもうお気づきだと思いますが、さっきの神隠し騒動の主犯は師忠さんです。ええ、そうです。あの人が、何の説明もなしにいきなり俺たちをワープさせたわけです。身勝手極まりないですね。
そうこうしていると、頭の中に何やら声が流れてきました。
(……れとも同時並行で何個かの計画を進めている、ということになりましょう。して、師忠卿。なにか、襲撃に心当たりはあったりしませんか?)
聞いたこともない青年の声。だが、雰囲気的に重要事項について会議でも行っているという感じだろう。
もうなんだかわけがわからないが、恐らくこれも師忠の仕業。多分、自分の聴覚をリンクさせたとかそんなところか。
――ん?これ聞いてて大丈夫なやつなのか?というか、無位無官の俺がこんなところにいていいのか?!
少々整理がついてきたことで現状のヤバさに薄々勘づきはじめ、焦って耳を塞ぐがどうにもならない。声は依然流れ続けてくる。
(心当たり……ええ、ありますとも。)
これは、師忠の声。それも、たぶん何か悪いことを考えていそうな声。ニヤニヤ笑う彼の顔が目に浮かぶ。
(丁度いい。是非とも、皆さんに『お会いしてもらいたい人物』を昨晩お迎えいたしましたので、この場を借りてご紹介いたしましょう)
お会いしてもらいたい人物?……唐突だな。今そんな話してたか?
――ん?昨晩お迎えした人物――……って
わずかな浮遊感。そして、パチリ、と音がする。
「どうぞお入りください、『再臨の神子』様」
――はぁ!?
今度は、直接耳に聞こえてくる師忠の声。気づけば、俺はまた違う部屋の前にいた。
「えっ?これはどういう」
なんで俺が参入する流れになっているのか全く分からないが、呼ばれた以上入るしかないのだろう。
でも、この格好だよ?学ランだよ?全然正装じゃないし、なんなら無官の人間だよ?
そして、この戸の向こうにいるのは恐らく師忠と同格以上の最上位貴族。この後の振る舞い次第で俺のこの世界での人生が決定、なんなら終了しかねない。
――マジか……てか説明ぐらいしてくれよぉ!!
悪い状況を想定して、どんどん心拍数が上がっていく。しかし、もはや次の一手に選択肢は残っていない。
なら、緊張が最高潮に達するその前に、意を決して入ってしまおう!
俺は、勢いよく戸を開いた。
「お、おはちゅ、お初にお目にかかります。『再臨』高階海人でございます」
噛んだ――!!
しくじった!締まらないことこの上ないぞ……
暫しの静寂。あっけにとられたような顔をする者、吹き出す者、相変わらず微笑を浮かべる者、無表情の者、心底ばかばかしいとため息をつく者――その場の人間たちがさまざまな反応を示した。
なんとも居たたまれない空気。頬を冷汗が伝う。特に、飴色の髪の派手な兄さんの視線が痛い。視線だけで人を殺せそうな紫の双眸が恐ろしい。なんだこの人!俺が一体何をしたって言うんだ!ただ噛んだだけじゃん。そんな睨まないで!ほんと泣きそうだから……。
「オホン」
そろそろ気絶しそうなほど緊張が高まってきたその時、上座に座る30過ぎ辺りの男が咳ばらいをし、師忠に目配せした。師忠は目礼で応じ、ふう、と息を吐く。
「さてさて、この度時間を頂いたのは他でもない。彼こそが『再臨』、この永らく続く争いに終止符を打つ者、その彼を皆さまにご覧いただこうと」
「はっ、『再臨』?だからなんというのだ。異界の民なぞ取るに足らぬ」
先ほどの派手な兄さんが師忠の言葉を遮り、心底下らないといった調子で言葉を吐いた。
――あれ?反応薄くない?
師忠の話によると、神子はこの世界での宗教的権威の一角で、それ自体が状況を動かすキーになるはず。まして「再臨」なんてどうも特定の条件を満たさないと出現しないのに、なんでこんなに軽くあしらわれてるんだ?もし仮に戦闘能力皆無なことが知れ渡っていたとしても、それを差し引いて余りあるメリットとかあるんじゃないの?
せっかく身に着けた神子としての自覚みたいなものが、いきなり根底から覆されそうになる。
――そもそも、ほんとに再臨の神子って重要人物なのか?!実は全部師忠さんの適当な創作で、朝廷の連中を混乱させるためだけのブラフとかじゃないよね!?いや、あの男ならやりかねないぞ……
そんな俺の心配をよそに、師忠は彼の言葉に興味深そうに首を傾ける。
「ほう?」
「事態はこんな腑抜けが一人いたところでどうにもならん程に拗れておるのだ。今更浄御原帝の遺志ごときで事態が動くとでも?『再臨』程度の肩書に奢る痴れ者なぞ不要。時間の無駄じゃ」
初対面なのにひどい言われようだ。まず、奢ってないし。しかし言われっぱなしも癪だ。ここは一発ガツンと言い返しておかないと舐められる。よし、
「誰だか知らんがいくら何で――」
「口を慎め愚輩。我は『彩天』、藤原師輔なるぞ!!」
「!!」
俺の意気込みは彼のなんて事のない名乗りによって完膚なきまでに叩きのめされた。
――こいつが、彩天!?――そうか、どっかで聞いた声だと思ったらさっき聞いた声じゃん!こいつこんな顔だったのかよ!性格悪そうなのにイケメンじゃねえか!クソっ!
割とどうでもいいところに腹が立ってくる。そうしていると、さっきの30過ぎの男が彩天を睨みつけた。
「師輔、些か口が過ぎる」
「兄上は師忠めの話に聞く価値があると?」
「師忠卿は官こそ参議なれど位は正三位。対してお前は従三位。分を弁えよ」
厳しい口調で男は彩天を制する。その様子を見て、一番上座に座る老人がため息をついた。
「まあまあ実頼卿よ、師輔卿のいう事にも一理ある。確かに師忠卿の人柄は皆も知っての通りだろう。それに、この期に及んで『再臨』の存在の有無で事態を打開できる筈はない」
「左大臣殿までそのような評価とは。流石の私も少々傷つきますよ?」
しれっと師忠をディスる老人。師忠は不服そうに唇を尖らせる。しかし、老人はそれを無視してそのまま続けた。
「だが、そんなことにあの師忠卿の考えが及ばないはずはあるまい。そうでしょう?」
「ええ、勿論」
人柄はアレだが、能力は疑いようがない――そんな、老人からのある種の信頼のまなざしに、師忠は自信満々に答える。老人は軽くうなずいた。
「なら、その先を申してく――」
その時である。
「取り急ぎ報告がありますッ!!」
慌てた様子の青年が、真っ青な顔に汗を浮かべながら飛び込んできた。その尋常でない様子に一同はみな彼の方を向く。
「どうした、蔵人頭」
「先ほど山城守から知らせがあり、南都軍が木津川を経由して北上中!即座に国衙軍を派兵し対応しましたが、数が多く敗走、現在巨椋池のあたりで戦線が膠着しております!」
――陽成院派の侵攻。
慌てふためく者、頭を抱える者、冷汗を流す者、表情を変えない者、そして微笑を浮かべる者。
各々の様々な感情が渦巻くまま状況は少年を置き去りにして、天慶宇治・伏見合戦の火蓋は切って落とされた。




