12話:しがない国つ神
――国つ神……!?
自らを神だと言う奇妙な男。それに、まったく見覚えのない場所、そして西洋風の家具。紅茶を片手に男は、足を組みつつ少年を見下ろしている。
少年にはまったく状況が理解できない。
「困惑しているようだねぇ。まぁそうだろう。うん、当然の帰結だ」
「ここは一体!?いや、お前は一体何をした!?」
先ほどの質問を繰り返す。古都主と名乗った男はカップをテーブルに置いた。
「まぁ、そう焦ることはないよ。君の知りたい答えは全てここにある。お茶でもしながらゆっくり話そうじゃぁないか?」
古都主が手をポンと叩くとティーカップがもう一つ現れる。彼は少年にそれを差し出すが、
「御託はいい。質問の答えは」
少年はそれを受け取らず、警戒心を最大にして古都主を睨む。その様子を見て古都主はカップをテーブルに置き、再度手を叩いた。するとカップは泡のように消える。微笑んだまま、古都主は語り掛けた。
「そんなに警戒しないでもいいじゃないか。取って食やしないし、誰にも危害は加えるつもりはない」
「……」
「さて、さっきの問だけど、君が望むとあらば答えてあげよう。うん、そうだね、ここは僕の部屋。どこでもない世界の隙間さ。誰にも見つけられない、僕だけの世界さ」
紅茶をスプーンでクルクルかき混ぜつつ、答えになっているような、なっていないような返答をする。
「お前の部屋、世界の隙間……?つまり、どこなんだ?」
「つまり、といわれてもこれ以上の説明は難しいかな。僕はネタバレはしない主義なんでね」
「奇遇だな、それは俺もだ」
よく分からないところで少年と意見が一致するが、古都主はこれ以上の説明をする気はないらしい。恐らく踏み入っても無駄だろう。
「仕方ない、次の質問だ。それでお前は何をしたんだ?」
「何をって、君の精神を僕の部屋に招待しただけさ。それ以上のことはしていない。いや、招いたというのも少し不正確か……?いや、この際それはどうでもいい。今君がここにいることに意味がある」
「何を……一体、どういう意味だ?」
正直何の心当たりもなく、いきなりこの状況に陥った少年にはその答えは見当もつかない。だが、その様子を見て古都主は大げさに意外そうな態度をとる。その古都主の動きは少年をイラつかせた。
「へぇ、まだ気付いてないんだ。思っていたより君って察しが悪いんだね。そんなの分かり切ったことじゃないか!」
「は?」
そして古都主は椅子ごと少年に向き合い、手を広げ少年を嘲笑するかのような態度をとる。
そして、酷く場違いな笑みを浮かべて言い放った。
「僕こそ君をこの世界に飛ばした直接の要因だからだよ」
――え?
呆気にとられる少年は言葉を失う。
「言っただろう?僕は神様なんだよ。その程度のことは朝飯前さ。もっとも、君を飛ばしたのは時間的に晩飯前だったけどねぇ」
古都主の戯言はもはや少年の耳には入らない。
自分を異世界に飛ばした未知の存在が目の前にいる――その事実に少年は戦慄を覚えた。
「お前が俺を、この世界に飛ばしたのか?」
「一応、そうだとも」
「何故!?」
続けざまに質問をぶつける少年に対し、何が面白いのか肩を震わせ笑いをこらえる古都主。そして少年を小馬鹿にするように言葉を放つ。
「君はさっきから質問だらけだなぁ。少しは自分で考えてごらんよ。君には心当たりは無いのかい?この世界へのゲートを用意したのは紛れもなく僕だけど、開いたのは君なんだよ。つまり、君は自分の意思で世界を渡った」
相変わらず今一つ意味の分からないことを言う古都主。
「そんなこと言ったって……あ」
――『鳥居を抜けると、そこは異世界でしたー!なんてね』――
少年がこちらへ飛ばされる直前の一言がフラッシュバックする。
「まさか、あの一言だっていうのか……!」
「そうだねぇ。間違いなくそれだよ」
半信半疑の少年の言葉を間髪入れずに肯定する。
「馬鹿な、あんなの阿呆の他愛のない独り言だぞ?」
そんな少年の言葉を受けて、相変わらず人を嘲るように古都主は笑った。少年はそんな彼に不快感を覚えるが、古都主は少年の感情など意に介さず続ける。
「君は言霊の力を過小評価しているようだね。まして、言霊の権能の種火を持つ君がそれでは先が思いやられるよ」
「言霊……?」
古都主の口から出た新たなワードを復唱する。古都主は席を立って少年に近づき、大げさなジェスチャーで自慢げに語り始めた。
「そう。言葉は単に意味を乗せる音の記号などでは決してない。それ自体に霊威が宿り、気脈に変化を齎す。かつては神であった人という種族が、後の世においても完全には失わなかった唯一の霊威だよ。そして、君の言霊は常人より大きな力を持つ。その結果、君にとっては下らない独り言でも世界に影響を与え、本来接することのない世界どうしを繋げたのさ!」
「そんな馬鹿な……言葉一つでこんなことが起こるわけ……」
「信じられずともそれが事実だからねぇ。さて、話を少し戻そうか。何故僕が君をここに招いたか。それは僕が君をこの世界に飛ばしたからだ、というのでは答えとしてあまりに不明瞭だ。まぁ、かといって大した理由があるわけでもな――」
「何が言いたい。結局、何故俺をここに招いた?」
相変わらず曖昧で要点の取りにくい話だ。痺れを切らした少年は古都主にその先を求める。彼は愉しげに頷いた。
「うんうん、君もやっとこの場になじんできたようで何よりだよ。そんな君に敬意を表して答えてあげよう。それは、飛ばしただけで放置というのはあまりに非人道的だと思ったからだよ。いや、僕は神だから非神道的というべきかな?ふふ」
「それは即ちどういう事なんだ?」
「さっきも言ったけど、少しは自分の頭で考えてごらんよ?まあ考えたところで決して答えは出ないだろうけど。だって僕の気まぐれだからねぇ。ただ、勝利条件のないゲームほど理不尽なものはない。だから君にそれだけは与えておいてあげないと、と思ったわけさ。究極的にはこれが君の求める答えかなぁ」
相変わらずふわふわして要点が掴みづらい。
だが、聞き逃せない単語が混じっていたことに気付き、思わず少年は聞き返した。
「ゲーム?勝利条件!?」
その反応に古都主は幾度か頷いた。そして手を広げ、天を仰ぐ。
「そうだとも、これはゲームなんだ。勿論ゲームマスターは僕、そしてプレイヤーは君。クリア報酬は、そうだね、君の望むものを与えよう!富だって名声だって手に入る。まぁ無欲な君にはあまり魅力的ではないかも知れないか。それなら君のいた世界とこの世界を行き来する力なんかでもいい」
しかし、少年には分からない。そう、全く分からないのだ。どうして……
「どうして……俺なんかをプレイヤーに選んだんだ?」
「君がそう望んだから、正確にはそう言ったからさ。日々の生活に飽き飽きしていたんだろう?神様の粋な計らいというわけだよ!」
「これも言霊の力……ということか?」
「まぁ、そうだね。さて、勝利条件だ。大事な話だから聞き逃しちゃぁいけないよ。条件は二つだ。まず一つ目は、君が陽成院派を滅ぼすこと。そして二つ目は、本当の名を当てること。どちらかを達成できれば君の勝ちさ。制限時間は君が死ぬまででいいかな」
「陽成院派を滅ぼす!?」
「ああ、そうさ。奴らは僕にとって邪魔だからね。どうだい?簡単だろう?」
「そんな……!?」
衝撃。それは心理的なものでもあり物理的なものでもあった。空間が再び歪曲を始め、足元が崩壊を始める。古都主は崩壊する空間の中心に、悠然と立っていた。
「さて、ホントはもう少し君とお話していたいんだけど、どうやらそうはいかないらしい。あぁ、残念。あ、そうだ!最後に一つだけアドバイスをあげよう。もし困ったことが起こったら、取りあえず最善の未来を口に出してみると良い。きっと状況が多少はマシになる。なんたって君は未熟ながらに言霊の権能を有しているからね」
「待てっ!!」
「うん、まぁこんなものか。じゃぁ、また逢う日まで!」
遠ざかる古都主の姿。ついに少年はこの空間から放り出された。
全ては神の随に。
――出来レースで、理不尽なゲームが幕を開ける――




